基本的に組ませてはいけない筋肉と大鎧。そしてどこまでも青い空
「若者達が集団で学び、鍛えている……か。いい時代になったものだ」
「うむ」
黒い全身大鎧と、一部にしか布を巻きつけていない半裸の老人という組み合わせが、煮え立つ山を下りながら話していた。
他の面々は荷物の整理などをしていたが、そういった類がほぼ必要ないエアハードとシュタインは、煮え立つ山を少し散策していたのだ。
なおこの両者、黙っているときはずっと黙る上に感性が独特過ぎるため、慣れていない人間が紛れ込むと混乱するだろう。
「しかし……ここで俺の鎧は目立つか?」
「鍛えられた筋肉は鋼に勝るというのがモンクの共通認識だから、若者達が全身鎧を見る機会などそうそうないだろう。付け加えると鎧に筋肉が付着する術がない以上は、反応が遅れてしまうので好まれないな」
「ふむ……意志ある鎧は鍛えられないのか? 可能ならば鋼を容易く上回り、モンクの動きを阻害することもない可能性がある」
「な、なんということだ……盲点だった。確かに意思とは筋肉によるもの……いけるのではないか?」
「マックスに聞いてみよう」
慣れているフェアドですら、エアハードとシュタインの論にポカンとしただろう。
同時に、意志あるマックスの武具や鎧が悪寒を感じ、何事かと少々混乱していた。
「うむ……意思なき剣と盾が負荷であれほどの筋肉になったのだから十分にあり得る。エアハード、お前なら魔法学園で論文が書ける」
「そうか。しかし……フェアドの死後に剣と盾はどうなるのだ? 俺が寝ている間になにか決まったか?」
「光に還り、必要な時に相応しい者の前に現れるのでないかと思う。そして扱いだがララもほぼ匙を投げている。あそこまで行くと、運命や因果というものに縛られていない。最低でも世界に光がある限りは不滅だし、なんなら世界が闇に呑まれてもあれが核となって基礎になることすら考えられる。と言っていた」
「お前の言葉を借りるなら……要は世界に縛られていない独自の筋肉か?」
「その通り」
感心しきったシュタインが腕を組んで頷き、賢者扱いされたエアハードは一つの論を見つけたのかと納得する。
彼らの脳裏にあるのは、人知を超えた光を宿したフェアドの剣と盾だ。
そこらで売られていた中古の道具が、地獄と表現するのも生温い戦場を潜り抜けて、あらゆる怪物を切り裂き、攻撃を受け、そして光で鍛えられ続けた結果、ついには自己修復の域まで達したのだ。
ならば意志ある武器に最適な訓練法を見つけたら、持ち主に相応しい筋肉を得ることが出来る。
というのがシュタインとエアハードの結論だった。
無茶苦茶である。
この二人、ストッパーが存在しないと斜め上にずっと突き抜けることになるだろう。
「それでどこへ?」
「黒煙と決闘した場に向かっている」
「なるほど。演算世界……だったか? そこでまた戦ったと聞いた」
「うむ」
「……そう言えば頂の園の決戦もあったらしいな。あそこには行くのか?」
「フェアドを祀ろうとする動きがまた出ては困るから避ける」
「まあ、そうだろうな。人が神に至るのは害が多すぎるのに、大魔神王を倒した光が至ったなら、最悪の場合は光が猛毒になるだろう」
「やはりそう思うか……」
エアハードがシュタインに今更尋ねた。
空気を読めない大鎧は、一人で歩いていたシュタインにくっ付いていただけで、行き先を知らなかったらしい。
そしてシュタインの目的は、つい最近も戦った黒煙との決闘場だったが、話の流れで頂の園にも言及した。
様々な神を湛えていた信仰の本拠地にして、エルリカの製造拠点だった頂の園は、大戦後に主流派の神々が没落したため大きくその力を落とした。
その結果、一部の者達はフェアドを祀って勢力を盛り返そうとしたのだが、良識ある司祭たちの手で握りつぶされることになる。
これは平穏を取り戻した勇者が穏やかに暮らせるように……という感情もない訳ではないが、安全保障に関わる大事でもあった。
ただでさえ大魔神王が休眠したことで世界は光側に傾いているのに、最高光神フェアドなんてものが誕生した暁には夜が消え、休息しない生命力だけが溢れかねない。
それ故にエアハードとシュタイン。更にはフェアド本人も人のまま死ぬことが必須だと考えており、間違っても神の座に座る訳にはいかなかった。
「ここだ。が……」
「どうした?」
「砂利が弟弟子とサイラス少年の足の形をしている。どうやら一足先に来ていたようだ」
「そうか」
決闘の場に到着したシュタインは超人的な感覚で、岩肌に付着した砂利から、重心の位置、歩幅などを確認すると、それが弟弟子のラオウルとサイラスのものであると断定した。
もしこの場にマックスがいれば白目を剝いたことだろうが、エアハードは全く気にせず淡々と受け入れるだけである。
「焦げているのが黒煙。相対しているのはお前か」
「ああ。死ぬ、勝つという発想を持つ暇もなかった」
エアハードはくっきりと残された足跡に視線を送り、シュタインはここではないどこかを見るような眼差しになる。
七十年前。史上最高のモンクに至るだろうと噂された当時のシュタインをして、単にモンクの技を習得しているのではなく極め切った溶岩の怪物が存在するのは予想外も予想外だったのだ。
「……恐らく無念を抱いたモンクの魂が協力したのだろう」
「……魂か」
ぽつりと呟いたシュタインは、黒煙がそれほどまでに強力だった理由が他に思い浮かばなかった。
普通に考えるとおかしい。
暴力の化身である大魔神王には武の技術なんて欠片もないのに、生み出した創造物がなぜモンクの技術を習得していたのだろう?
考えられる中で最もあり得る可能性は、怨念となって大魔神王の中で訴えたモンク達が協力したことである。
材料になったのか。それとも指導をしたのかまでは分からないが、シュタインの推測は黒煙を筆頭にした怪物達がモンクの技と学習能力を兼ね揃えていた理由を説明できた。
そして推測が当たっていた場合、命ある陣営が、人が、モンクが名付けたモンク殺しという名は、なんと皮肉に満ちているのだろう。
彼らは……モンクがモンクを殺そうとした結果の産物にして怪物だったのかもしれない。
「……」
無言のシュタインがゆっくりと構えを取る。
瞬発力はない。力みも捻じれもない。
自分の成長を確かめるのではなく、たった十分で全てを交わした相手に対し、どこまでも緩やかでありながら凄まじい技量を込めた拳を放つ。
かつてと違い、空はどこまでも青かった。