決闘の痕跡
すいません前回分かり難い表現しました。
シュタインとアルベールの喧嘩、師弟喧嘩より親密な表現になるなと思い親子喧嘩と書きましたが血縁はないです
老人が七十年ぶりの帰郷を実現した一方、初めて煮え立つ山に足を踏み入れ、人生を新たに紡いでいる若者もいる。
「よろしくお願いします!」
元気いっぱいに挨拶をしているのは、煮え立つ山に迎えられたサイラス少年だ。
通常、煮え立つ山に弟子入りした若者は基礎的な訓練を施されつつ、流派や戦い方の適性を見極められることになるのだが、このサイラスは最初からかなり特別待遇だった。
「はいよろしくお願いします」
穏やかな笑みを浮かべている二十代後半の男性は、外見通りの年齢ではない。
実年齢は八十歳後半のエルフで、最前線にこそいなかったがかつての大戦を直接見ているし、なんなら陥落寸前に陥った煮え立つ山の決戦にもいた。
名をラオウル。大迷宮でジジババ達とエアハードの再会にも立ち会ったエルフのモンクで、新入りの少年を案内するような立場では決してない。
「まず最初に、君は少々……かなり特殊ですから、入門したばかりの者達とは別の修行場になる可能性が高いです」
「分かりました!」
人に比べ寿命が長く体感する時間も独特なエルフのラオウルは、遥かに年下なサイラスに丁寧な口調で話しかける。
この特徴はリン王国の王都に住む怪鳥、“緑隠れ”オスカーも同じなのだが、あちらは砕けすぎていた。
(この年頃の少年が複数の流派をきちんと習得している……か。兄弟子を思い出す)
サイラスを引率するラオウルは、脳裏に遥か昔の光景が浮かび上がった。
(開祖アルベール師がこれ以上ないと断言した、煮え立つ山始まって以来。否、モンクの歴史上最高の大天才、シュタイン)
シュタインから少々遅れて入門したラオウルは、当時の騒ぎの直撃世代ではないが、それでも驚愕は常に燻り続けていた。
まさにシュタインは特別だった。そして大問題児だったからこそ、待遇も別格だった。
例えば自分が何十年も捧げている技術の一部を若者に教えるとしよう。その若者は教えた日に習得して、次の日には更なる技術に昇華している光景は、当事者にすれば悪夢に等しい。
実際、八十年前以上にシュタインという名の若者がその悪夢を起こしかけ、アルベールが直接指導することになった過去がある。
(アルベール師がここまで気にされるのは、その兄弟子以来だな)
アルベールから、勇者パーティーと話しているので、その間に若者を出来るだけ見極めてくれと頼まれているラオウルは思考に耽る。
七十年ぶりに帰って来たシュタインが、弟子ではないものの当時を思いださせるようなサイラスを連れて来たのだから、興味を持つには十分すぎる理由だ。
「あれ? この足跡みたいなのはなんですか?」
「ああ、それですか」
案内を受けていたサイラスが首を傾げると、簡素な柵で囲まれている岩肌の地面に視線を向けた。
そこにはくっきりと足跡のような物が四つ残っており、向かい合うような位置から超至近距離で対面していた二人を想像できる。
「七十年前の話です。煮え立つ山の決戦時、勇者パーティーのシュタインと、敵の最高指揮官・黒煙がここで決闘を行いました」
山を登るのではなく寧ろ降りていたラオウルが案内したのは、ギリギリながらも煮え立つ山の麓と言っていい場所で行われた決闘。
モンクの誰もが戦慄した戦いの場だった。
「えっ⁉ 七十年前の足跡なんですか⁉」
「はい。十分間も睨み合った両者の気で足跡が残り、それが今もこの通りです」
サイラスは自分の人生の三倍以上も足跡が残っていることに驚愕し、ラオウルは当時を思い出して僅かに身震いする。
(溶岩の怪物がモンクの技術を習得して、兄弟子と十分も睨み合える? 大戦前なら馬鹿な。あり得ないと断言したが)
ラオウルは当時の感情も思い出した。
シュタインを知るモンクに、大魔神王を除いて最も恐ろしい存在は誰だったかを問うと、かなりの人数が煮え立つ山侵攻軍に混ざっていた化け物。黒煙の名を挙げるだろう。
演算世界でもシュタインの手によって敗れている黒き溶岩だが、ラオウル達からすればシュタインと十分も睨み合っていた怪物の中の怪物だ。
その衝撃は想像を絶するもので、最前線で奮戦していた開祖アルベールが、シュタインと十分も睨み合っている化け物がいると報告を受けた際は、聞き間違いかと思ったほどだ。
しかもシュタインは、無波の力を行使していいものかと高慢に悩んでいたのではなく、黒煙の技量が高すぎて純粋に拮抗していたのだから、モンクにすれば黒煙は恐怖の怪物そのものだった。
「えーっと、踏み込む間合いが殆どない超至近距離……ならこうかな?」
唐突だった。
足跡の位置から黒煙とシュタインの間合いが重なり過ぎていると思ったサイラスは、僅かに腰を落として上半身を捻じり、胴から拳の先へエネルギーを伝え拳を突き出した。
「……」
無言のラオウルは七十年前の記憶が一瞬蘇る。
永遠に続くかと思えた睨み合いの果て。同時に動いた天才と怪物の決着は、渾身の力と無波を込めたシュタインが勝利する形で幕を閉じた。
そして劣るとはいえサイラスの正拳突きは、名高い煮え立つ山の決闘で行われたものに酷似しており、この少年はシュタインの血族ではないかと疑ってしまう。
「では寝泊まりする場所に案内しましょう」
「お願いします!」
内心を表に出さないラオウルが、再びサイラスを引率する。
この決闘の痕跡を見て、若き青年がどう反応するかを見届けたラオウルは、自分の手に余るかもしれないと結論して、師のアルベールに丸投げすることにした。