コミカライズ配信記念 大戦前の名もなき者達
DREコミックス様にて配信開始されました!皆様ありがとうございまああああああす!
もうあと少しで世界が終わる……そう言われた時、誰が信じるだろうか?
ひょっとすると面白おかしく囃し立てた集団のせいでパニックが起こり、ある程度まとまった人数が信じるかもしれないが、基本的には何を言っているんだと馬鹿にされて話題の方が先に終わるだろう。
世界の終わりなど、何かしらの利益が欲しい者の作り話か、はた迷惑な連中が引き起こした冗談の産物でしかないのだ。
少なくとも大戦前は。
「どうしたもんかなあ」
年若い青年が畑の雑草を引き抜きながら溜息を吐く。
「流石にずっと隅っこ暮らしは嫌だな」
青年が嫌がっているのも無理はない。
余裕がない寒村の三男坊である彼は予備の予備、というか機械のようにただ働くことだけを求められる存在で、非常に肩身が狭い立場だ。
「でも街に出てどうすんだ。一旗揚げるにしても文字だって碌に書けねえんだから、ぜってえどっかですっ転ぶぞ」
尤も嫌だと思ったところで、学など欠片も存在しない人間が村を飛び出しても、野垂れ死ぬだけだということくらいは分かる。
なおこの懸念だが、後に危うく刀身が見えない剣という詐欺に引っかかりかけたことで、正しい自己認識だと証明してしまう。
「まあ、もうちょっとしたら真剣に考えるか」
とりあえずいつまでも村にいたくはない。そんな考えしか持たない青年が青空を眺めると、再び草むしりを再開した。
◆
フラフラと彷徨う。
普段使っている言葉が時として異様な重さを持つことを実感している青年は、まるで幽鬼のように彷徨い続ける。
その目ははっきりと現実を見ていないのかどこか虚ろ。もしくは投げやり気味で、生きている意味すら見失っているかのように輝きもない。
ガチガチと煩いモノは絶対どうにかする必要があったものの、それすら億劫でやる気が起きず、ただ無意味に命が尽きる時を待っているだけだ。
残り少ない酒瓶に口を付けて飲み干した。
◆
「弟子に弟子入りしたい気分ですよ」
「ふん。言ってな」
とある年若い女性が鼻を鳴らし、師の冗談を素っ気なくあしらった。
「人類史上最高の魔女になると思いはしましたが、まさか生きている内に追い抜かされるとは」
「指の輝きだけで頭の優劣が決まるならそうなんだろうさ」
「貴方の歳でそれくらい冷静なら、やはり何も言うことはありませんね」
続けられた師の軽口にも女性……魔女は遠慮なく答える。
輝く指の数で明確な師匠越えを果たした弟子だったが、特に喜ぶことなく事実だけを淡々と受け入れる。
普通、年若い者が師匠を越えたら自らの才能に自己陶酔して我を忘れそうなものだが、そんな感性と真逆に位置する女は、史上最高の肩書に相応しいと言えるだろう。
「独り立ちしたらどうします?」
「会話を忘れない程度に魔法の研究をする」
「忘れそうですねえ……」
尋ねてきた師に、魔女は魔法使いとしてありきたりな返答をするが……人との関わりを断つどころか史上最高の馬鹿集団に所属するなど夢にも思っていなかった。
◆
「やはり第三の筋肉が存在する……」
岩の上に座る男が自らの道について思い悩む。
明るい大きな道を歩んでいた彼だが、裏の暗い道にも容易く踏み込めるという自己認識があった。しかし、そのどちらでもない隠れた前人未踏の領域にも気付いてしまったのだ。
「……」
無言で男は悩み続ける。
隠された道を歩むには、どうしても表だけではなく裏も経由せねばならず、それは師や故郷との決別を意味する。
「……過剰な筋肉でもある。あるのだが……」
もう一点懸念があるとすれば、おぼろげながら見えている第三の道が、どこで使うのかさっぱわり分からない程に過剰な破壊力。否、消滅力を持っていることだ。
物理的に破壊するのではなく、存在や概念すらもごっそりと削り取ってしまう力は、持て余すとはっきり断言出来た。
しかし、がっちりと定められた表と裏の道ではなく、自らの力で突き進むことになる道をどうしても諦めきれないらしい。
「ふう……」
戦闘において明鏡止水の境地に容易く至れるのに、人生という道は随分と遠回りすることになる男は、世界崩壊の危機で隠された力を選ぶことになる。
◆
「ああ、ここにいたか」
「父上」
穏やかな笑みを浮かべる男性が、息子である青年に声をかける。
「器用なものだ。扱えぬ武器はないのではないか?」
「振り回してるだけですよ」
「いいや、きちんと様になっていた」
父は息子の傍で転がっている様々な武器に目を細め、その才能を称賛した。
政治的な才能は乏しい息子だったが、生きることに関する能力は溢れんばかりで、どこかの森で遭難してもブツブツ嘆きながら簡単に生き延びることだろう。
「まあ、フォークとナイフの扱いはまだまだだが」
「うっ」
朗らかに父が揶揄うと、自覚のある息子は言葉に詰まってしまう。
一通りの教育をきちんと受けている息子だが、妙なところを面倒臭がるようだ。そして、父親が息子のテーブルマナーがいまいちだと知っているということは、この二人は同じ食卓を囲む親子仲を持っているらしい。
「邪魔をしたな。励みなさい」
「はい父上」
再び穏やかな笑みを浮かべる父と息子。
……だからこそ息子は父が愛した国家を守るため故郷を捨て去った。
◆
奇跡としか言いようがなかった。
「恐らく間に合う」
司祭は自分の幸運を全て使い果たしたと確信する。
偏屈、猜疑心の塊、石橋を叩くどころか爆破すると後に評される男は、来るべき脅威に対する切り札が、ギリギリ間に合いそうだと判断していた。
「間に合うが……今更か」
それは同時に司祭が罪を重ねたことを意味する。
「準備が終わりました」
「そうか」
瞳に意思の輝きなどない、人形の如き少女が司祭に無機質な視線を向ける。
徹底的に必要な要素を詰め込むということは、余分な部分を削ることと同義であり、その結果生まれてしまった殺戮兵器はまさに司祭の罪の証である。
「怖いか?」
「どういう意味ですか?」
「これから光を宿すことに対してだ」
「なぜです?」
「……」
司祭の問いを少女は首を傾げた。
これから彼女は人工的に作り出された光を宿す儀式に参加するが、それは定命の者の許容量を遥かに超えたものになる。
つまり下手をしなくても普通は死ぬというのに少女に怯えなどない……というより己の死がどういったものかも理解できていない。
「……そうか」
それでも人類存続のための短剣が必要な司祭は止まることが出来ない。
神が人を救うか非常に怪しく、それどころか神そのものが人類の脅威である以上は、対抗策が必ず必要なのだ。
それこそ人の存続のために魂すら燃やし尽くして敵将を道連れに果てた司祭は、後年の彼女を見届けられなかった。しかし、その切っ掛けを確認できたこともまた、奇跡と言っていいだろう。
◆
命を絶やすわけにはいかない。光を消させるわけにはいかない。
人の輝きを信じている。知っている。
温かさも、善意もここにある。
「……」
空を見上げる。青い、青い、どこまでも青い空を。
だが。
赤く染まった。赤く、赤く、どこまでも赤く。
命ある者達の大同盟。
大魔神王軍。
開戦。