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次の予兆

 勇者パーティーはサザキやララの弟子達、エルリカの妹分など、人類の上澄み達との別れを済ませ、煮え立つ山に出発した。

 だがシュタインの弟弟子であるラオウルだけは風のように駆け、勇者パーティー。もっと言えばシュタイン帰郷の報告をするため、一足先に煮え立つ山に向かっていた。


「七十年ぶりの旅……気楽だが……」


 馬車の中で腕を組んでいる大鎧、エアハードが感慨深げに呟いた。


「ほっほっ。どこからともなく暗黒のドラゴンが垂直落下してくるわけでもなし。山が降ってくるわけでもなし。雷の束が投げつけられるわけでもなし。実に平和じゃ」


 にこやかなフェアドがとんでもないことを言ったが、この三つとも七十年前の道中に実際あったことで、彼らに心休まる時はほぼなかった。


「だが地割れに巻き込まれる程度はあるだろう?」

「ほっほっ。聞いて驚け。ない」

「なんと……」


 馬車の車輪が外れたくらいの“軽い”アクシデントを口にするエアハードは、首を振るフェアドに衝撃を受けたようだ。

 なにせ彼の感覚ではつい最近まで、それこそ山が丸ごと落ちてくるような時代で戦っていたのだから、それも仕方のない事だろう。


(平和だ……)


 改めてエアハードは平穏を感じる。


 空は赤く染まり、あらゆる神は落日を迎え衰退するどころか物理的に撲殺され、世に隠れ潜んでいた怪物達が決起した世界終末の日々。

 滅び、死に、絶える寸前。

 それがない。


(俺だけなら永遠にやっても永遠にしくじるだろう)


 エアハードが思い浮かべた最上級の怪物達は、誰も彼もが一つの時代で伝説的な化け物と評される存在だ。それらを潜り抜けて大魔神王を単身で打倒するなど、どう考えても不可能だ。

 それでも……それでもエアハードは成し遂げようとしたが、世界には奇跡、あるいは運命が存在した。尤もその中心人物、フェアドはそれらを知ったことじゃねえと蹴飛ばした側だが、とにかくエアハードは勇者パーティーと出会い、己の運命を全うすることが出来た。


(一人で背負って突っ走る。我ながら悪い癖だと思うが今更だ)


 実はこの暗黒騎士、当初は自分一人だけで全てを解決する予定だった。

 しかし、途中でどう考えても不可能だと結論し、勇者パーティーと呼ばれ始めた時期のフェアド達に合流した経緯があった。


 そしてこの最初の判断をエアハードは自嘲する。

 自覚していることだが、思い込むとそこへ一直線に進む癖がある彼は、命ある陣営が自分と共闘できるわけがないと考えていた。

 尤も客観的事実に等しく、エアハードと一騎打ちをして確実に勝利できる者など、ほぼほぼ存在しないため、この認識は仕方のないものだろう。

 そしてこの性格が、エアハードを一人うろうろさせるとどうなるか分からないと、勇者パーティーが不安になった原因でもある。


(中々衝撃的だった。常識が崩れたと言ってもいい)


 だからこそ勇者パーティーの活躍を見た時は目を疑ったし、あるいはこれならばと希望を見出し、空想や夢の類を実現することに成功した。


(さて……何事もなければいいのだが……無理か)


 シュタインの里帰りなのだから、落ち着いたやり取りになればいいと心底思っているエアハードだが、それはそれとして自分達がいてそれはあり得ないとも達観しており、溜息の一つでも吐きたくなった。


 これまた客観的事実だった。


 ◆


「お師匠様ー!」


 煮え立つ山からそれほど遠くない、モンクが修行するには浅すぎ、地元の猟師が僅かに訪れるような、どこにでもあるありふれた森で声が響く。

 十代前半だろうか。声変りが終わったばかりの、まだ少年と言っていい者は、整えていないのにツンツンとした金髪が重力に逆らい、ブラウンの丸い瞳は無邪気に輝いている。


 しかし、身長は歳相応の平均しかない少年は格好が少々おかしく、そこらに落ちていたようなぼろ布を纏っているだけで、素足なのに尖った石を気にせず河原を歩いていた。


「……」


 そんな少年に師匠と呼ばれた男は、河原に座り込んで瞑想していたが、声に反応して意識だけ向ける。


 異様に逞しい男だ。

 七十歳ほどで浅黒い皮膚には確かな皺があるものの、それ以上に目を引く筋肉が隆起し、浮き出た血管が内に秘めた戦闘力を感じさせる。

 しかしボサボサで長い白髪は世捨て人のような印象を与え、顔も巌のように角張っており、とてもではないが弟子を取るようには見えない。


「準備が出来ました! 煮え立つ山に行ってきます!」


 少年が報告すると、僅かに男が頷いた。

 少年にすれば慣れたやり取り。というより物心ついた時から師はこの有様であり、いつも通りのため宣言通り煮え立つ山に向かう。


 森の傍で捨てられていた赤子だった彼は、見るからに子育てに向いていない男に育てられ今現在に至る。

 そして生き残るための術を教えられた彼は、師から煮え立つ山で修行して来いと命じられ、経つ直前だった。


「それでは!」


 一言も話さない男の下で育って、よくぞここまで明るく育ったと感心されるような少年は、モンクの総本山煮え立つ山に向かう。


 やはりというか、騒動の中心として。

 勿論、勇者パーティーは騒動そのものだったが。

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― 新着の感想 ―
エアハード「だが異様に強い気当たりが突然衝撃を発して、弱い魔獣なんが吹き飛ばされることはあるんだろ?」 勇者パーティ「それは……ある、な」(全員、視線を逸らしつつ こうですね、実に平和だー
あの勇者パーティを不安がらせるエアハードさんの性格ぅ…(・ω・`) あのエルリカおばあちゃんですら矯正出来た(ォィ)のに、無理だったかぁ。 …強制的にでも弟子とか付けさせたら…弟子候補に悪いかやっぱり…
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