知らない方がよかったかもしれない最深部
「あーっと……」
迷惑客扱いされたフェアドは、最奥にあった物体の発言に戸惑う。
城もすっぽりと収容できそうな広大な空間の中心に浮かんでいるのは、一軒家ほどの大きさがある水晶玉のようなもので、大迷宮最深部に存在するものとしては少々味気ない。
だが、明らかに意思を宿しているとなれば話は違う。
「迷惑客……ですかのう」
『なにすっとぼけてんだコラ! こんな到達速度叩き出してるんだから、途中で簡単だなー。とか、歯応えがないなー。とか絶対思ってただろ! 普通に考えろよ普通に! どう考えてもお前らと釣り合ってねえんだから、そもそも来るのが間違ってんだよ!』
「は、はあ……」
『しかも記録を確認したら、景品だって一つしか取ってねえし! あれか? ちょっと遊具で遊んで昔を懐かしむ気分になった感じか⁉ まあ、それが一回だけなら許してやらんこともねえけど、子供に俺は凄いんだぜ。こんなに早く攻略できるんだぜって言うためにやって来たんならダサすぎるぞ!』
「は、はあ……」
大迷宮の中心、コアと呼称しよう。
そのコアが男性的な声で、訪れたジジババ達に常識や良識を説くと、フェアドは呆然とした言葉しか返せなかった。
(ガキの頃に知ってたら、遊んでたとは言ったがまさかなあ。そういやグスタフとティバルトも、行けるところまで行ってみるかってノリだったな。ある意味、それくらいの気持ちが正しかったわけだ)
ついでに言うとコアは、酒が尽きている状況のサザキすら苦笑させた。
どうも大迷宮は、異様な視点を持つ存在が生み出した子供用の遊び場で、容易く攻略してしまった自分達は、空気を読めない馬鹿である。というのが、コアの言葉から想像できる。
しかし、世界最大の謎の一つがコレでは、謎は謎のままにしておいた方がよかったのかもしれない。
(最も古い存在が親切心で作った遊び場……予想が当たっても嬉しくないね。ただし、時代を考えると想定してるのは人間じゃなく最上位の神だ。つまりここから出る武器は当時、本当に子供への景品程度の価値しかなかった)
溜息を吐きそうなララは、自分の予測が当たったのに肩を竦めた。
迷宮の外に溢れず補充されるモンスター。ご親切に区切られている各階層の守護者の間。齎される武具。
欲に目が眩んだ人を殺す為に悪神が作ったのだとか、定命の存在を鍛えるために善なる神が作ったものだと言い伝えてきた。
しかしほぼ全ての謎が解き明かされてしまった。
現存する神も大迷宮の由来を知らないということは、最も古いナニカが関与している。そしてナニカはちょこちょこと動いている存在。今は亡き神々を認識すると、砂場を作るような感覚で子供用の大迷宮を生み出した……という真相が。
『という訳でてめえらは出禁! 全く……いい大人が……世も末だぞ……』
そのためブツブツ文句を言っているコアにすれば、想定外を軽く超える速度でここまで到達し、道中の景品をほぼ取らず、追い出そうとする大迷宮の対処を無理矢理押しのけた勇者パーティーは、何の裏もなく言葉通りの迷惑客なのだ。
『はあ……客じゃねえからちょっと愚痴を聞け。ぶっちゃけるけど上の連中、作ったのはここが最初だったから加減が分かってねえんだよな。作ってる最中に、深くしすぎると子供が飽きるんじゃね? まあまあ、とりあえず試しにやってみよう。みたいな感じだったんだよ。だから後発のはすっげえ浅くして、しかも区切った場所に転移できる完成版になった。客も多いから、俺も普段はそっちの管理してるし』
「と言うと、ここにいる貴方は本体ではない?」
『世界各地にある遊び場全部が俺だな。今輝いてるのも、あくまでここを管理してる中心ってだけ。そこから、珍しくばーっと情報が送られてきたら、どう考えても場所間違ってる奴が来てるって結論した。そんで、ほんっとうっに久しぶりに、お喋り機能まで使う羽目になってんだわ』
「それは……申し訳ありません」
『おう。でも出禁な』
暗く昏い奥底にいるのではなく、思ったよりも浅い場所で各地にある迷宮を管理している、言葉通りのダンジョンコアは、知らない方がよかった世界の真実を吐き出し、勇者を謝罪させる偉業を成し遂げた。
なお、それはそれとして出禁である。
『やっぱここ、不便かつ飽きられやすいんだよなあ。区切った転送装置があるならもうちょい攻略しやすいんだけど……俺ってば機能が壊れた時の修正とか、そんなのしか出来ねえから今更の話だけど』
なおなおこのダンジョンコアだが、大迷宮最大の難点も認識しているらしい。
実際、各階層の転移装置があるなら、サザキやララの弟子が集まれば何とか攻略は可能で、コアは言わなかったが欠陥品の部類である。
「お尋ねしたいのですが」
『あん?』
フェアドは、大迷宮の奥底に来た意味はここにあると判断する。
似ているのだ。
コアの砕けた口調と、妙なところで面倒見の良すぎる性格が。
「原初混沌の欠片と、貴方を作り出した者はなにか関わりがありますか?」
つまりは大魔神王と。
『まんま上の連中のことだよ。俺の材料の一部もそれだし。なんか用? 世界が終わっても爆睡してるだろうから、連絡取ろうとしても無駄だぞ』
「なるほど。ちなみに何柱いらっしゃいます?」
『三柱。なんだ? 話くらいは聞いてやるよ。聞くだけな』
「いえ、昔戦った者がそう名乗っていましてなあ」
『はははは! そりゃ嘘嘘!三柱全員が寝てるのはしっかり感じ取れるし、そもそも原初混沌の欠片と戦うっていう言葉は不適切だって! 大人と子供って話じゃねえし、その前に世界が滅ぶわ! はははは!』
「ほっほっほっほっ」
これでフェアドの要件は終わった。
元々単なる引っ掛かりでしかなく念のための確認であり、コアと大魔神王が僅かに所縁がある別物なら、わざわざ手出しをする必要がない。それに、原初混沌の切れ端が途轍もない爆睡をかましているという、得難い情報も入手することが出来た。
『さて、迷惑客だろうが最後までたどり着いたなら仕事をするとしようか! かかって来なさい! 笑わせてくれたお礼に多少は手加減してあげよう! わはは! わーっはっはっはっ! あ、別に本体でもなんでもないから、壊しても全く問題ないぞ。出来るならな!』
コアの笑い声と共に巨大な水晶玉が消え、代わりに見上げるような光の巨人が現れた。
偉業だ。
勇者パーティーが今まで経験したことがないタイプの敵だ。ダンジョンコアは高笑いを浮かべ、世界を救った者達に手加減をしてあげようと宣ったのである。
勿論、ダンジョンコアが生み出された経緯を考えると、それは正しい発言なのだろう。
普通ならば。
『勝とうが負けようが追い出して出禁だけどな!』
ついでに言うと各地のダンジョンは、その産物と経済活動が密接に絡んでおり、勇者パーティーの方もコアを解析して完全に破壊する必要がない。
彼らは珍しく、それこそ遊びの延長のような戦いに身を投じたのだ。
『えっ⁉ ちょっと待って反則だろ⁉』
勿論、コアから見ても勇者パーティーは理不尽で……やはり迷惑客だったが。