一応、普通に行動していると思っている者達
(感情がない存在は恐ろしくない)
七百階層の怪物達を粉砕し続けているフェアドは、迷宮の特徴を評した。
複数の命を所持している蟷螂。
幾度も分裂するクラゲ。
無尽蔵に近い持久力を持つ猪。
一瞬で命を奪う毒蠍。
更にそれらが合わさったようなキメラもいる。
全てに意思、感情がなくただ与えられた役割を遂行するため勇者パーティーに襲い掛かる。
だがそれだけだ。
かつての大戦で死を振りまき、勇者パーティーと激闘を繰り広げた上位の存在は野心があった。悲しみがあった。忠義があった。憤怒があった。感情があった。
なにより大将だった大魔神王が定命でもないくせに激情家で、怒りのままに行動している存在だった。
しかし誰も侮れない。軽蔑できない。
まさにその感情の力こそ、大魔神王を含めた魔軍の上位陣が恐るべき力を所持していた理由の一つであり、逆を言えばそれを所持していない大迷宮のモンスター達にフェアドは脅威を感じない。
(死んだらそのままだ)
この勇者の心の呟きを普通の人間が知れば、かつての魔軍幹部は復活までしたのかと慄くだろう。
正しいは正しいが、勘違いでもある。
復活の権能を持っていた敵もいたが、フェアドが思い出している者達は違う。
確かに死んでいた。確かに命が尽きていた。確かに魔力が無くなっていた。その筈なのに、絶対に刺し違えてやると魂が存在しなくなった肉体が動き、攻撃を受けた経験がフェアド達にはあった。
それを思えば意志と自我がなく、生命と呼ぶことも出来ないような迷宮のモンスター達は、一応生物の形をしているだけの無機物に等しい。
ただ……大迷宮そのものが妙な反応を示していた。
「この大迷宮の反応の方がよっぽど生きてるな。そう思わねえかお婆さん」
「そうだねお爺さん」
サザキがどこか面白がるような声音でララに話しかける。
例えるなら、来てほしくないから慌てて明かりを消した。とでも表現しよう。
迷宮内部に先程まであった明るさはなく、指先だって見えない真の闇が覆っていた。
「グガアアアアアアアアア!」
だが怪物達には関係ないらしく、群れたまま勇者パーティーに突っ込み……。
「叫んだら意味ねえだろ」
呆れたようなサザキの刀によって首を切り落とされた。
「おいフェアド。明かり、明かり」
「必要かの?」
「お前らと違って俺は真っ暗闇で戦いたくないの」
そんな怪物達を気にすることなく、マックスが平然としているフェアドに声をかけ、周囲を明るくしてくれと頼む。
しかし明かりと言っても、そこらの王都がすっぽりと入りそうな程に広い地下空間で戦っているのに、どうやって照らすのだろうか。
「ほっ」
答えは単純。フェアドの気の抜けた声と共に、物理的な光ではなく概念としての輝きが迸り、たった一人が広大な空間を照らした。
異常の一言だが、攻撃的なものではなく単に明かりを齎す程度なら容易かった。
勿論、地上でそんなことをすれば大騒ぎになるため、フェアドがこのようなことをするのはかなり珍しい。
「眩しくはないのに明るい……やはり理屈が通じん」
「エアハード、難しく考える必要はない。それだけ柔らかく暖かい筋肉ということだ」
「つまり光には柔軟性が存在するのか?」
「うむ」
「なるほど……エルリカの見解は?」
「ほ、ほほほほほ。光は実に不思議ですね」
普通に考えるなら光の中心のフェアドは直視できない筈なのに、普段通りの好々爺の形を維持している。それを不思議に思ったエアハードが首を傾げつつシュタインの理論に一定の納得を示し、ついでにエルリカの意見を求めた。
しかし訳の分からない筋肉理論の続きなどエルリカが引き継げるはずもなく、引き攣った笑みで誤魔化した。
「ララ、助けてくれ。常識が崩れる。シュタインとエアハードが話してたら、へーそうなのかって思い始めるんだけど」
「ちなみにあんたは、とりあえずぶん殴ってから解決しようってパーティーにいるよ」
「そ、そうだった……」
筋肉とかなり天然気味な鎧の会話に、マックスはどこか遠くを見る目となりララに助けを求めたが、自分が常識外れのパーティーに所属していることを思い出し、頭を抱えそうになる。
「あん? 今度はなんだ?」
「あら? これは……」
唐突だ。
サザキ、エルリカとエルリカが疑問を感じた次の瞬間、大迷宮の地面が複雑に盛り上がって天井に到達し、次の階層への道を閉ざしてしまった。
直後に吹っ飛んだが。
「迷宮が迷路を作るなんて、笑い話にしかならないよ」
左手の五指を輝かせたララが、形成された壁に向かって一直線に伸びる滅びの光をぶち当てると、直進出来る道が生み出された。
「ひょっとして下に向けて撃てば近道が出来るかの?」
「階層ごとに次元が歪んでるから、そう単純な話じゃないね。単に下へ進んでるんじゃないのさ」
「ふーむ。なるほど……」
あまりにも単純かつ、大戦中と同じような考えを抱いたフェアドが、手っ取り早い手段を提案する。しかしララの見立てではその単純な道作りを行えないようだ。
「一つ一つ、丁寧に行きましょう」
「そうじゃのう」
微笑むエルリカに同意したフェアドが歩を進める。
(丁寧とは……いや、昔に比べたら十分そう言えるかぁ……)
なお当然の如く、マックスは心の中でエルリカの言葉にツッコミを入れていたが、大戦中の大雑把に比べたら、一つ一つの階層を攻略しているのは丁寧の範疇に入るかと思わず納得した。
勇者パーティーが、一応ながらも大迷宮のルール通りに行動しているのは奇跡に近いのだ。その被害を受けている大迷宮が言葉を発せるなら、ふざけるなと罵るだろうが。