大迷宮の勝利
「今更だが誰の武器を見繕っているんだ? 身内か?」
「そこそこ住んでた街の鼻垂れ小僧さ」
階層の主をまたしても処理したエアハードは、武器を見繕い続けているサザキに尋ねる。時間間隔がかなり怪しい暗黒騎士だったが、それでもサザキが弟子を取るには老い過ぎていると思ったのだ。
しかし、答えはかなり珍しいものである。
「鼻垂れ小僧?」
「詳しく調べたが親族に名のある武人は一人もいなかった。それなら単なる鼻垂れ小僧さ」
「つまり突然変異の天才か。弟子に?」
「いんや、俺の寿命が足りねえから、それこそ弟子に任せた。ま、五十年もすりゃ俺の脛くらいには辿り着いてるかもな」
疑問を覚えたエアハードに、サザキが答える。
神速の剣聖が気にしているカール少年はまさに突然変異の天才と称する他なく、サザキは決して口にしないが、才能という点では弟子達の中でも上位に位置するのだ。
「なに? そこまでか?」
「だから脛くらいだって」
「……凄まじいな」
「おいフェアド。こいつ人の話を聞かない辺りが変わってねえぞ」
「そりゃお前さんが素直じゃないからだ」
人の話をあまり聞かない上で勝手に納得するエアハードが、サザキの抗議を無視する。
フェアドの言う通り素直に人を褒めないサザキが、自分の脛くらいに至れると言ったなら、それは胸くらいには迫れるという意味だ。少なくともエアハードはそう解釈して、顔も知らない鼻垂れ小僧とやらに少なくない衝撃を受けていた。
「だけどまあ、こことあんまり相性がよくねえみたいだ」
肩を竦めるサザキは、カール少年と大迷宮産武器の相性が悪いとみなしかけており、階層の主である双頭のドラゴンが消え去った後に現れる筈の武器にも期待していなかった。
だが、である。
(あっ……)
マックスは現れた迷宮産の武器が、殆ど不貞腐れた状態であると認識していた。
『もう訳が分からないよ』
『この迷惑客、帰ってくれないかなあ……』
『はいはい。今回も駄目なんでしょ。分かってます。分かってますよ』
『はああああああ……』
言葉にするなら、このような文言が並ぶだろう。
折角現れた武具の数々は、吟味を重ねた末に泣く泣く断念されたのではなく、ほぼ見向きもされなかったため当然だ。
その結果気が抜けた、もしくは手抜きになったのか。現れた武器は特殊な現象を引き起こしたり、理不尽な権能に爪先を突っ込んでいるモノではなく、扱いやすさと頑丈さを追求したロングソードだった。
(これサザキが好きな奴だぞ)
つまりマックスの考え通り、不貞腐れた迷宮産武器は奇しくもサザキがかなり好む方向性に舵を切ったのだ。
とは言え百人いれば百人が雷を宿したような武器に価値があると考えただろうが、その百人に含まれるはずがない、頂に到達した男がニヤリと笑う。
「いいじゃねえか。来たかいがあったってもんだ」
神速の剣聖サザキに少しは硬いと思わせた直剣は、彼の手に握られて所有権が移された。
(ついに……ついにやり遂げたんだな大迷宮……)
やったああああああああ! いえええええええええい! と、幻聴を聞いてしまったマックスは、思わずほろりと涙を流しそうにる。
様々な苦難に直面した大迷宮は、ついにサザキを満足させる武器を提供することが出来たのだ。
「サザキがついでに満足出来たようじゃな」
「そうですねえお爺さん」
よかったよかったと頷くフェアドとエルリカの言葉に、直剣は付属した鞘へ納められる直前、え? と、困惑したように僅かな光を漏らした。
そう、勇者パーティーが大迷宮に突入した理由は、底を確認するためである。
サザキが剣を手に入れたのはあくまでついで。おまけ。寄り道。
「この際、大迷宮で二刀流でも目指してみるか。どう思うララ?」
「折角手に入れたのが折れないならね」
「ふうむ。それもそうか」
「案ずるなサザキ。お前の筋肉なら手刀での二刀流を編み出せるはずだ。つまりは筋肉無刀二刀流の誕生だ。いや、足を合わせれば四刀流も夢ではないな」
「そりゃお前に任せる」
ニヤリと笑うサザキ。常識的なことを述べるララ。非常識なことを口にするシュタイン。
「どんどん力が濃くなっていますね」
「なら底に近づいてるってことだな」
更にエルリカ、マックスも後ろではなく前へ進む。
「さて、この調子で行こうかのう」
フェアドの呟きを聞く能力が大迷宮にあれば、絶望して崩れ落ちたことだろう。
『は? マジっすか?』
『何を考えてんだこのジジババ』
『ちょっと待って。山頂に行きたいからってだけで山登るタイプ?』
『必要なもんを提供したんだから帰れよ!』
『迷惑客ー! 迷惑客だー!』
実際、キンキン煩い自分の武器に慣れているマックスは、サザキの手に納まった直剣の最後の輝きから、このような幻聴を聞いてしまった。
(フェアドに興味を持たれた。つまり運の尽き。昔の魔軍連中も似たようなものだったのかねえ)
何度目か分からない感情だが、思わずマックスは大迷宮に手を合わせたくなった。
大迷宮が世界最大の謎。完全なる未知と評されようが、勇者パーティーは敗れる筈がなかった世界最強の怪物、大魔神王を打倒しているのだ。
底なしの深淵と評された大迷宮は、半ばを突破されても世界最大の理不尽を止める術が存在しなかった。