小休憩
(疲れてるのかな、俺。呪われた装備が煩いから……)
四百階層の番人が打ち倒された直後、現れた光る鎧を見たマックスは、武器じゃないなら防具っすよね! と言わんばかりの輝きを見て、次に訪れる幻聴が予想できていた。
(フェアドの光は天然の鎧みたいなもんだし、サザキは動きが阻害されるのを嫌う。シュタインが着る訳がないし、俺とエアハードはもうある。ララとエルリカは向いてない)
マックスの鎧は悪竜を見かけるとギャンギャン騒ぐ呪われた装備だが、神話にも登場する青き龍の鱗が使用されている、最上級も最上級のものだ。そしてエアハードの大鎧は戦いの中で彼の闇に染まった特別製であり、これまた明確に上回る鎧はない。
そんなことを知らない光る鎧は、さあどうぞ! 凄いっすよ! 傷なんて付きませんよ! しかも軽い! 有名になれる! と気合が入っているようだが、マックスの認識も仕方ないだろう。
名高き大迷宮。しかも四百階層から出土した防具ともなれば、鍛冶に長けていた古代のドワーフが作り出した、伝説に片足を突っ込んでいる様な物を凌駕するだろう。
単なる怪物程度では傷一つ付けられず、魔法にも強い耐性があり、出品されれば全ての高位冒険者が求め、着用するだけでも名が売れるに違いない。
なお勇者パーティーが相手をしていたのは、その程度では話にならないし、有名という点では他の追随を許さない。
「ちょっと休憩でもするかの?」
フェアドの提案を真っ先に認識したのは鎧だったのかもしれない。
マックスは、いったいあんたら何しに来たの⁉ と表現するかのように輝いてから消えた鎧に、なんとも言えない感情を抱いた。
「中々面白い場所だな。ガキの頃に知ってたら上の辺りで遊んでた」
サザキが手ごろな岩に座って貴重な酒瓶を荷物から取り出し、ニヤリと笑って大迷宮を面白い遊び場と評した。
「ここにいたお前らの関係者も、どこまで行けるか試してみるかって感じだったな。まあ、サザキの弟子は師匠に似たんだろうけどな」
「それは……確かに」
マックスの言葉にエルリカは苦笑した。
サザキの弟子達ではなくエルリカの妹分までもが、腕試し気分だったことを考えると、常人から大きくかけ離れた者達は色々と独特なのだろう。
そしてエルリカは、その独特な感性を持つ人間を知っている。
自分の息子だ。
「儂も大戦前にここの話を聞いていたら、腕試しに来てたかもしれん」
「かも、じゃねえな。絶対来てる。酒を賭けたっていい」
ただ息子は親に似たのだ。フェアドが若い頃の自分ならそうするかもと呟いた途端、サザキから太鼓判を押されていた。余談だがサザキが酒を賭ける時は、絶対に外さないことで知られている。
「俺とララの弟子がいた時期に全員を連れてきてもよかったな」
「昔の私の弟子を連れて来てみな。研究するために動かなくなるよ」
「サザキ一門、ララ一門様御一行か。エアハード、絶対起きただろ」
「ああ。叩き起こされるところだった」
顎を擦って遊び場に高評価を与え続けているサザキだが、ララの弟子は攻略よりも知識欲を優先させることが目に見えていた。
そして先頭でサザキとララが旗を振って率いているちびっこ集団を想像したマックスは、思わずエアハードに顔を向けてしまう。
「しかし……思ったよりも深いかもしれんな」
「最初期から存在する聖典にも、大迷宮に関しては理解出来ていない記載が目立つ。我が師も詳しいことは知らない筈だ」
「モンクに関わる闘神は興味を持っていなかったのか?」
「どうもそうらしい」
「ここはいったいなんだ?」
エアハードは明らかに自分がいた階層を通り過ぎても、まだまだ終わりが見えない大迷宮にある意味呆れの感情を抱く。そしてシュタインの言葉で更に、大迷宮に対する謎が深まった。
「あまり難しく考える必要はないかもしれん」
「大したものではないと?」
「うむ」
思考の海に飛び込みかけていたエアハードだが、気楽なフェアドの声を聞いて踏みとどまった。
流石は世界の存亡に対して、ぶん殴ったら解決するよな! と単純明快な回答を見つけ出した勇者だ。そしてその回答で史上最大の困難を解決したため、勇者の理論は正しいと誰もが納得するしかない。恐らく。多分。
「ふふ。マクシミリアン枢機卿とのやり取りを思い出しました」
「枢機卿に解決策を聞かれてぶん殴ると答えた奴は、後にも先にもフェアドだけだろうさ」
思わずと言った様子で微笑んだエルリカに、ララが昔のことを思い出した。
エルリカを製造したと言っていいとある枢機卿は、あらゆることを想定した人間であったため、単純すぎる勇者理論に途轍もなく振り回されたのだ。
「まあ、あの枢機卿もかなり変わり者だけどね」
「ほほほほほ」
肩を竦めたララの言葉に、エルリカは耐えきれず笑みを強めてしまった。
聖職者にとって神とは親以上の絶対的存在だ。そして神が人を作り出したという論を信じるなら、造物主に対して創造物が強すぎる疑いを持ち、反旗を翻しかける寸前だったのは異常だ。
神と繋がりを持つ存在の中で、当時最も好き勝手をしていたと断言出来る。
尤も弁護するならば、神からの指示らしい指示が途絶えていた環境だったため、その枢機卿は自分の権限を全て活用したと言い換えてもいい。
「さて、行くかとするかのう?」
少しの休憩を終えたフェアドが問うと、仲間達は全員が頷いた。僅かに会話をするだけの時間でも彼らには十分すぎるようだ。
再び、勇者パーティーの進撃が開始された。