談笑
今日もまた日間ハイファンタジー1位ありがとうございます!毎日毎日嬉しくて嬉しくて……皆様本当に感謝しております!
「またお邪魔させてもらうぞい」
「はいよ」
(うん?)
宿を確保したフェアドとエルリカは、再びララの書店を訪れると即座に大異変に気が付いた。
(サザキが……)
(酒瓶を持っていない……)
奥にいたサザキが酒瓶を握りしめていないのだから、これ以上ない大異変としか言いようがない。
ここにサザキの弟子達がいたら、ついに今日師匠が天に召されるのかと覚悟するか、無理矢理口に酒瓶を突っ込んで正気に戻そうとするだろう。
尤も大戦中でも酒瓶を手放さず素面の時はないと断言された男だが、実は幾つかの条件下で酒瓶を持たないことを勇者パーティーのメンバーは知っている。
そのうちの一つ目。サザキの家か寝床に幼児がいるときだ。彼は自分の子供が幼いときは家で酒瓶を持たず、酒を飲むときは外で飲んでいた。
二つ目。大戦中の最後期においてサザキは酒瓶を持つ暇もなく戦い続けていた。
そして三つ目。
照れている時だ。
何十年も前にララと結ばれた直後、一時の間だがサザキは酒ではなく水を飲んでいる姿が目撃されており、パーティーメンバーはお互いの頬を抓り合ったことがある。
つまりそこから導き出される答えは決まっている。
「なんだよ」
「なにも言っておらんだろうが。のう婆さんや」
「そうですねえお爺さん」
サザキはしわくちゃ夫婦からの暖かい視線に気が付いたのか、あっちを向いてろと言わんばかりに手を振る。
「街中でオークに会ったぞい。三十歳くらいの炎の渦氏族の出身だった」
「ああ。この辺じゃあ珍しいから私も覚えがある。見聞を広めるために魔道都市に来たとかなんとか」
「お! 炎の渦氏族か! 赤き湖の戦いの後でオークの地酒を分けてもらったがあれは美味かった!」
フェアドは照れているサザキを一旦置いておいて、ララに街で出会ったオークのことを話す。するとサザキが元の酒馬鹿となり、当時飲んだ酒の味を思い返した。
エルリカも思い返していたが、それは酒ではなく当時の炎の渦氏族族長のことだ。
「初対面で聞くには不躾かと思いオークの方に聞けませんでしたが、族長のグガン殿は戦後にどのような最期を迎えられたか知っています?」
「炎の渦氏族の本拠地は遠いからな……まあ、流石に氏族長が闇討ちなんだのされたら耳に入るはずだ。ララは知ってるか?」
「又聞きの又聞き程度だけど、一族に囲まれて大往生らしいね」
「なんだ。記憶が確かなら、ドラゴンに飲み込まれた後に、中から心臓を食い破って死ぬことが理想だとか言ってた気がするぞ」
エルリカの問いに、サザキとララが記憶をひっくり返す。
勇者パーティーと若干の繋がりがある、大戦時の炎の渦氏族族長は、一族の長だけあってそこそこな高齢だった。そのため既に故人だが、どうやら理想とはほど遠い死に様だったらしい。
「あの族長、多分酒に弱かったんだよな」
「なぬ? あの豪傑が?」
「んだ。飲みに誘ったことがあるが妙に焦ってた」
「さてエルリカ。男共を台所に入れるとろくなことにならないから手伝ってくれ」
「分かりました」
「砂糖と塩だけは気を付けるんだよ」
「もうララまで。七十年前の話は止めてくださいよ」
男達が昔話で花を咲かせている横で、ララとエルリカが立ち上がり台所へ向かう。
「いやいやララ。儂も手伝うとも」
「この小さい家の台所で三人も立てないよ。包丁が必要なら呼ぶけどね」
「おっと。それならパーティーの包丁ことサザキさんの出番だな」
立ち上がろうとしたフェアドを留めたララの言葉に、サザキが冗談めかして軽口を叩く。だがこれは本当のことで、旅をしていた勇者パーティーが食事を準備する際、包丁を握っていたのはいつもサザキだった。
余談だが寒村生まれのフェアドとサザキは悪食で、完全に腐ってなければ大丈夫だろうの精神を宿している。例外はそれこそ砂糖と塩を間違えたようなものだけだ。
一方若いときのエルリカとララは、味は二の次三の次で、単に栄養価と手早く食べられることを重視していた。つまりかつての勇者パーティーの多くは食事に対する拘りがなく、作る側にとって張り合いがない連中だった。肉体を誇示するための偏食はいたが。
エルリカとララが厨房へ向かうと、フェアドがサザキに向き直って親友との会話に興じる。
「相変わらずどんな酒でも飲んでいるようだの」
「あったりめえよ。酒精があれば酒は酒だ。そこに貴賤はねえ。あ、ド素人の錬金術師が思い付きで作ったのは違うぞ。ありゃ酒職人の皆様への冒涜ってやつだ」
力説するサザキは基本的に酒なら何でも大歓迎のスタンスで、安い酒も高い酒も等しくありがたいものだと認識している。なおサザキの頭の中にある身分階級の高さは、上から酒職人、神、王くらいの認識だ。
「あらこれは」
「うん?」
一方、台所へ向かっていたエルリカも高さに関係するものを見つけた。それは柱に刻まれた幾つもの線で上にいくほど新しいものになる。
「ああ。息子の背丈さ」
「ほほほほほ。うちにもありますよ」
「どこの家も変わらんようだね」
「ほほほほほ」
それはサザキとララの息子の成長記録と呼べるもので、エルリカとフェアドの家にも存在していた。
世界を救った者たちとは思えぬ他愛のない会話だ。
しかし、友人と話ができる。それだけでも尊かった時代の生まれであり、それを勝ち取ったからこそ存在する平穏だった。
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