慣れたやり取り
「全く……いい大人が手ぶらでは話にならないというのに」
一人で大迷宮に行こうとして止められたエアハードは、渋々説得を受け入れたようだが、大迷宮には結局行くことになる。
「一人でいきなり行くな。ちょっと……底を見る必要があるかもしれんから、行くなら全員でだ」
顎を擦ったフェアドが地面を見てどうもおかしいぞと首を傾げ、大迷宮を攻略する必要性を感じた。
これに対して他の勇者パーティーは、またフェアドの勘になにかが引っかかったと思うだけだ。運命の中心が大戦において勘を外したことはなく、絶対に面倒事が引き起こされたので、彼ら全員が慣れている。
「うげ。大迷宮の底とか何層だよ。エアハード、お前どこにいたんだ?」
「二百から下は面倒になって数えてない」
「うげげげ」
心底嫌そうな顔をしたマックスがエアハードに尋ねると、常識外れな返答があった。
通常の迷宮に百層は存在しないこともそうだが、大迷宮は百層が底だと思われている。それなのに、エアハードはその倍を単身で突破し、しかも記憶するのを面倒に感じる程度にまだ下があるらしい。
「へー。どの程度だった?」
「ふむ……魔軍の部隊指揮官並みが大量に……と言ったところか。軍団の指揮官格や側近連中には遠く及ばんな。勿論、下に行けばいる可能性はあるが」
「なるほどなー」
興味をひかれたサザキが酒を飲みながらエアハードに尋ねると、過去の参考例と比べられた。
大戦において前線の部隊を指揮した者達は、命ある陣営が最も頻繁に直面する死の化身だ。単なる兵では全く歯が立たず、何かしらの特殊な技能を持つ古強者でもない限り対処不可能。
“緑隠れ”オスカーのような者が複数いてようやく、仕留めることができたらいいな。という水準である。
更にその死の化身が恐ろしいのは、魔軍にとって雑兵に組み込まれた一部に過ぎないことであり、一つの戦場に複数体存在していたことだ。
尤もその水準は、エアハードにすればまさしく雑兵でしかなく、大迷宮内で蹴散らしていた。
(鼻垂れカールに渡す武器の目途が全く立たないからちょうどいいな)
気に入っている少年に渡す武器でまだ困っていたサザキにとって、様々な武器が産出される大迷宮攻略は渡りに船である。
(虹色七刀じゃなくて百刀なら俺も苦労しなくて済んだんだが)
数多の弟子を育て上げた剣聖が、最も頭を痛めた問題の一つは弟子に渡す武器についてだ。
常人を遥かに超えた弟子集団は、人が管理して所在がはっきり分かるような武器程度ではつり合いが取れず、秘境や遺跡で眠り、伝承で語られるようなものが必要だった。
(あれは国の秘宝、あれは先祖代々の家宝。やっぱ厳しいな)
これをなんとか解決し続けたサザキの頭の中には、人類で最も詳細な伝説の武器の所在図が収められていたものの、カール少年に相応しいものは気軽に動かせないようなものばかりだった。
「以前の迷宮では、筋肉に適度な負荷を与える魔道具はなかったが、ここでなら見つかりそうな気がする」
「まだ探してたのですね」
「勿論だ。うん? 複数あればエルリカにも渡すと約束していたか?」
「結構です……」
シュタインも大迷宮の産物に期待を寄せているようだが、巻き込まれそうになったエルリカは即座に否定した。
「痩せたというより絞ったなシュタイン」
「うむ。最適な筋肉というものは年齢によって違うものだ」
エアハードがシュタインを評する。
エアハードは、大鎧にも負けない程に筋骨隆々だったシュタインが、今では枯れ木の様でありながら、実は超高密度の筋肉の塊であると見抜いていた。
「大迷宮の底なら、食料が必要ですね。ララ、買いに行きましょうか」
「そうだね……なんだいマックス?」
「旦那がなにか言いたいらしいぞ」
「放っておきな」
日帰りはまずあり得ないので、エルリカとララは食料を買いに行くようだ。
なおマックスが指をさした先には、サザキがお小遣いが欲しい子供のような素直な目でララを見ていた。
「途中で酒が切れたらどうするべきか……二日以上酒飲んでないのは、ファルケが子供の時以来だぞ」
「フェアド、ファルケとはサザキの息子か?」
「うむ。つまり、六十年前の話をしておるな」
「……昔から思っていたが本当に人間か? 正直、酒の飲み過ぎで死んでいることを覚悟していた」
「儂も死因はそうだろうなと思っておった」
ブツブツと呟きながら真剣に悩んでいるサザキの横で、エアハードとフェアドが失礼でもなんでもない当然の話をしていた。
若干感性が独特なエアハードから見ても、大戦中のサザキの飲酒量は異常で、大迷宮で勇者パーティーが全員存命だと知った時、なんだ。サザキは禁酒したのかと思っていたほどだ。
(しかし大迷宮の底か。途轍もない巨悪が眠っていなければいいのだが……)
気を取り直したエアハードは、大迷宮の最深部で眠っているフェアドの勘に引っかかった存在に、心の中で顔を顰める。
大迷宮の由来を誰も知らず、どのような恐怖が存在しているかも全くの未知。
世界最大の謎の一つに、最強達が挑もうとしていた。
その謎と最強の均衡が保たれているかはまた別の話だが。