変わるものと変わらないもの
今日もまたハイファン1位ありがとうございまあああああす!
投稿して一週間、皆様のおかげで夢のようです!
赤、赤、赤い空。真っ赤な真っ赤な空。血のような、ひょっとしたら血そのもの。
そこから湧き出た黒き染み。大魔神王の眷属達。
甲殻類、魚類、軟体生物、蝙蝠、巨大な昆虫に悪夢と悪意を加えてこねくり回し、ただ生きとし生けるもの全てを殺すためだけに作られた意思なき殺戮兵器が、雲霞の如くオーク達の聖地、赤き湖に進軍する。
対するは緑と赤の軍勢。
緑の肌に塗りたくった赤き血潮の戦化粧、額や腕にこれでもかと浮き出た筋、静謐な怒りを宿し血走った目、逞しすぎる腕には剣と斧。
なにより意思なき殺戮兵器を容易く上回る殺意の塊。
聖地絶対死守のために、大魔神王の予想を遥かに超えて世界各地から集結した全オーク氏族の連合軍が待ち構える。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ!』
オークが吠えた。世界を揺るがす声は前へ前へと。天へ天へと突き進む。
だが戦意を持つ者はオークだけではない。
オークと轡を並べる人間、エルフ、ドワーフ、妖精。様々な多種族もまた連合軍となり、命を奪いし者達と相対する。
そして。
「オークの地酒美味かったあ」
血を求め勝手に揺れる妖刀。
「墓碑には酒馬鹿の酔っぱらい、ここに死すって書いておいてやるよ」
十指で光り輝く輪。
「敵軍が接近中ですよ」
輝く杖。
「よっし、行くか!」
剣と盾が掲げられた。
かつての話である。
◆
◆
◆
「昔を思い出しましたか?」
「うん? うん。そうだの。懐かしい場所の名を聞いて、随分昔のことを思い出した」
「そうですねえ。私も赤き湖という地名を久しぶりに聞きました」
エルリカの呼びかけに、少しぼうっと昔を思い出していたフェアドが我に返る。
それは七十年前という大昔。まだ皮膚に皴もシミもなく、ただひたすらに駆け続けた若き日々。戦って戦って戦い続け、生を勝ち取った青春の時代だった。
しかし、当時はなにもかもが血生臭すぎるため、思い出話には向いておらず口にすることは少なかった。
「もう当時のオークも殆ど残っておらんだろうなあ」
「ええ。オークの寿命は人間とそれほど変わらないようですから」
フェアドが僅かに寂寥を漂わせる。彼とオークはそれほど深い関係ではないが、戦友が殆ど残っていないことは単純に寂しいことだ。
「ふむ。この宿にしようかの」
「そうしましょうか」
フェアドは寂しさを振り払いながら宿屋を決めたが、ここもまたフードを被った人間が出入りしており非常に怪しかった。
「お邪魔しますぞ」
「お邪魔します」
「はいいらっしゃい」
(よかった。従業員はフード姿じゃないし、邪教の館でもない)
宿屋に足を踏み入れた老夫婦は、従業員が普通の服を着ていたことと、普通の内装であることに安堵した。
「お客さん、この街は初めてかい? 流石に宿屋の親父はフード姿じゃありませんぜ」
「ほっほっほっ」
「ほほほ」
ごく普通の中年男性である宿屋の店主は、宿泊客が自分の見た目に注視することが慣れっこのようで、ニヤリと笑いながら手を広げる。これにはフェアドとエルリカも苦笑するしかない。
「名前の方をお願いします」
「ほいほい」
促されたフェアドとエルリカは本名を記載する。
「はいありがとうございます」
それを店主は注視しない。
元々フェアドとエルリカという名前はありきたりな物で、しかも戦後七十年が経過した現在、よぼよぼな老夫婦を伝説の人物と結びつけるのは不可能だ。
戦後の人間がイメージする勇者は、例え年老いたとしても筋骨隆々で獅子のような髪を持ち、鷹の如き鋭い目を持っている偉人である。
一方実際の勇者は背が縮んで小柄になり、顔の皴と目尻で笑みを形作っているご老体である。これではイメージの乖離が甚だしい。
(食事に硬いもんは避けた方がいいな)
しかも店主から歯の心配までされる始末だ。
老いとは残酷である。若い時は一度も心配されたことがなかったとしても、老いたならば弱っている前提で考えられることになる。
「ほっほっ。なんと言うか、少し申し訳ない気持になるの。まだまだ元気なんじゃが」
「ほほほほ。私もです」
宿泊する部屋に足を踏み入れたフェアドが苦笑すると、エルリカが口に手を当てて上品に笑う。
フェアドはどうも歯の心配をされているぞと気が付いただけではなく、馬車に乗り降りした時もこの爺さん婆さん大丈夫かと視線を向けられていたことにも気が付いていた。
「若い時は心配する側でしたが、いつかはされる側になるんですね。気が付きませんでした」
「ほっほっほっほっ。確かに若い時は想像したことがなかったわい」
誰もが老人となり、心配される側になる。至極当たり前のことに気が付いたエルリカがしみじみと呟き、フェアドも同意して頷く。
本来なら成人した子が老いた父母を心配し始めて、自覚が芽生えるのだろう。だがフェアドもエルリカも体調を崩したことがなく、彼らの子も両親は超人だと知っていたし、年寄扱いしたら怒られるからと余計な気を遣わなかった。
「ただ」
「ただ?」
一旦区切ったエルリカの言葉をフェアドが繰り返す。
「フェアドは昔から変わらず、優しくてやんちゃな人ですよ」
「エルリカも優しくておてんばなままじゃな」
「まあ。おてんばなんて歳じゃありませんよ」
「それなら儂もやんちゃは卒業しとるの」
「ほほほほほほ」
「ほっほっほっ」
時代、老いと共に変わるものもある。
だが、変わらないものも確かにあるようだ。
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