悪意
悪意がリン王国王都に忍び寄る。
死者の持つ負のエネルギーに用がある者達が、物陰から墓地を見つめる。
その視線の先には、巡回している兵に加えベテランの魔法使いである中層位が数人。更には夥しい魔法的な警備機能があった。
武芸者大会の上位陣に用がある者達が彼らを慎重に観察する。
常にお供の者や弟子、リン王国の関係者が傍にいる上に、本人も油断なく周囲を警戒していた。
歴代王の遺体を利用してリン王国を混乱させようとしている者達が、龍の神殿を確認する。
ドラゴンの施した守りを突破できるわけがない。
悪意は金次第ではなんでもする組織を探す。
そんなものはリン王国王都に存在しない。
つまりは忍び寄るのとつけ入るのはまた別の問題なのだ。
そして至極当然の話なのだが、誰にだって感情はあるし立場によっては上司や部下も存在する。そして、苦労せずなんでもかんでも上手くいくなどは夢のまた夢であり……
悪党の陰謀だろうと逃れることができない定めなのである。
「警備が厳しい!」
暗がりで頭を抱える五十代後半の男、マティアスは薄い赤毛の髪を掻きむしりながら思い悩む。
いや、彼だけではなく周りにいる男女数名も似たような様子で憔悴していた。
「潜り込むことは容易かったが……」
マティアスは最後に上手くいったリン王国王都への潜入を振り返る。
武芸者大会が開催されているため、王都は多くの人間が出入りしており、潜り込むことは非常に簡単だった。しかしそれだけだ。
まずこのリン王国には、麻薬や人身売買で財を築き上げて、貴族ですら顔色を窺うようなった大悪党や組織など存在しない。ましてや王都ともなれば更に監視がきつく、金さえ払えば何でもするという組織を見つけるなど不可能だ。
「墓場の監視もあそこまでとは……」
更にマティアス達は王都の墓場を利用して負の力を集めようと企んでいたが、大戦中に死霊術で好き勝手をした者への教訓から、今現在も墓地では複数の兵に加え魔法使いが巡回している状況だ。
なお墓地でマティアス達が大規模な死霊術を行使した場合、一瞬でララに探知されるためその点では運がよかったと言えるかもしれない。
「武芸者への声掛けも不可能です」
「分かっている!」
部下の報告にマティアスは怒声を返す。
大会に参加している武芸者の中でも優勝者や準優勝者などは王城へ招待されることがある。そのため彼らを取り込めば、王族へ近寄れるチャンスが生まれるものの、そんなことはリン王国側だって承知していることだ。
王城へ招待される可能性のある武芸者は、常時王城の関係者が確認を行っているし、武芸者は同業者からの闇討ちを警戒して誰かと行動を共にしていた。
「それに龍の神殿への侵入も不可能だ」
マティアスの頭痛が酷くなる。
生者が無理ならと、死んでいる王族に接近しようとしてもその遺体は龍の神殿の最奥に安置されている。そしてこの神殿はあらゆる防御策が施されており、見るものが見れば寒気を感じるような要塞だった。
なにせ大戦期に龍の神殿を攻め落とす、もしくは侵入するとなれば大魔神王直属の臣下が選ばれるのは間違いない程であり、現代の人間が達成するのはまず不可能なのだ。
このため、歴代王の遺体の持つドラゴンの力を利用することと、リン王国を混乱させる計画も事実上頓挫した。
「くそっ!」
早い話、マティアス達は緩んでいないリン王国に歯が立たず二進も三進もいかない状況に陥っていた。
そもそも、大戦後七十年に渡って大国として力を維持し続けているリン王国を人間が出し抜けるとしたら、極々一握りの天才が運に頼ってようやくといった話になる。
勿論勇者パーティーという例外は存在するが、個人や組織が国家を上回るのは夢物語に等しい。
そして、そんなリン王国を雑魚としか思わず、事実としてそうだったからこそ大魔神王は恐れられたのだ。
「しかしやり遂げなければならん!」
それでもマティアス達は諦めない。というか、そうせざるを得ない。
リン王国が強大であることも知っていた。計画が上手くいかない可能性が高いことも予測できていた。
「主はそれをお望みだ!」
だがマティアス達を率いている者が固執しており、さりげなく計画の変更を願い出ても完全に突っぱねられてしまっていた。そのため彼らは無理難題を押し付けられたまま成果を出さねばならず、非常に焦っていた。
(確かにまたとない好機ではあるのだが……)
マティアスは心の中で、状況だけはいいと認める。
大国であるリン王国に各国の要人や武芸者が集まっている今現在は、マティアスの主にとっては色々と都合がいいのは間違いない。
尤もその都合がいい状況という点だけを考えてマティアス達が動く羽目になっているので、彼らにとっては何の救いにもなっていなかったが。
「いいか! 大魔神王復活を成し遂げ、神の座に至り永遠の命を得るには奮闘するしかないのだ!」
「おおおおおおおお!」
野望だけは大きい愚か者達の声が空しく轟いた。
死体の処理予定を考える程度には、永遠の生など碌でもないと考える者達が訪れている地で。
-リン王国? 踏み潰せ-
臣下にリン王国への対処を問われた大魔神王の簡潔な答え。
体制側に最善を尽くされて詰んでる敵がいてもいいじゃない。