叶わぬ願い
前日に兄弟との再会を終えたゲイルは、目が覚めると自室でゆっくり物思いに……。
耽る暇などない。
「ゲイル様、ご報告があります」
「聞こう」
老紳士のような振舞いながらも裏方の人間であるルークが、ゲイルに頼まれていたことの結果を携えて訪れた。
「主だった神殿の者に尋ねましたが、忘れられた死の神の件について把握していませんでした。恐らく神々も同じかと」
「勇者パーティーにも聞いたが知らなかった。そうなると……経験則では大事か杞憂のどちらかだな」
「はい」
顎に手を当てたゲイルは、忘れられた死の神の件が気になっており、付き合いのある神殿に人を向かわせ、念のため勇者パーティーにも確認をしていたがなんの情報もなかった。
そのため考えられるのは、完全に杞憂でなんの陰謀も存在しない。もしくは、かなり秘密裏に進められている大事のどちらかだ。
「その死の神となんらかの関わりがある集団、もしくは個人と仮定すると……死者と話せる。会えると囁けば瞬く間に勢力を拡大できるはず。しかし、なぜかそれをしていない。できないのか、もっと別の目的があるのか。死を与えるだけの神なのかもしれんが……駄目だな。やはり仮定が多すぎる。そもそも、存在しているかも定かではない……」
(こちらに近づくなら……父と話さないか、などと言ってきそうだな)
独り言を口にしながらゲイルは、死の神に関わる者達が行いそうなことを考える。
死者を起こすのは禁忌だが、方法がない訳ではない。演算世界でも死者の軍勢がいたように、高度な死霊術や魂に関する技術を扱えば可能だった。
そして、忌み嫌われる行為でありながら死者と話したい。会いたい。復活させたいと思う人間は一定数存在しており、陰鬱な技術と結びついて大抵は碌でもない結果を引き起こしていた。
「悪いが引き続き調査をしてくれ。杞憂であればいいのだが……」
「はっ」
顔を顰めたゲイルがルークに指示を出し、国家を裏から守る専門家たちが行動を活発化させた。
一方、ゲイルの身内であるマックスは武芸者大会の場に……。
いなかった。
『続いての試合はガハリエ選手とオラース選手の試合となります!』
「飲み過ぎて起きられないとはなあ。ひっく」
「お前さんは経験してないかもしれんが、普通の人間はあれだけ飲んだら動けんわい」
闘技場の観客席で首を傾げるサザキと彼に呆れているフェアドの会話通り、唯一の心残りを解消できたマックスは酒を飲み過ぎて、宿屋のベッドから動けなくなっていた。
「頭痛なんかも経験したことがねえしなあ。はん? なあララ」
「張ってるよ」
肩を竦めたサザキが奇妙な声を漏らすと、自分の耳に指を向けてララに会話を誤魔化す結界を張っているか確認を取る。
「シュタイン。あの二人、打ち合わせしてるな」
「うむ。互いに剣を重ねる場所まで意識が一致している」
顎を擦るサザキと腕を組んだシュタインが感じたところでは、闘技場の中心にいる壮年男性の武芸者二人は、どう動くかを打ち合わせしているようだった。
「うん? 真剣勝負の場でそれはどうなんじゃ?」
「バレたら大事なのは間違いないと思うが、ここにいる連中なら気付く奴は気付くぞ。それが分からんとは思えんし、理由があるのかもな。」
疑問を覚えたフェアドがサザキに尋ねる。
リン王国が主催する大会で武芸者同士が打ち合わせ。悪い言い方をすれば八百長を行い発覚すれば、とてつもない悪評となり、武芸者として生きていけなくなるだろう。
そしてこの場にいる武芸者が問題視しなくても、リン王国の近衛兵など国家に属する達人がそれを看過することなどありえなかった。
『事前にお知らせしておきます。両選手の流派は起源が同じであり、その流れを汲む者の対決は定められた演武の後に行われる決まりが存在しております』
「なるほどね。納得した」
司会の説明に納得するサザキは演武というものをしたことがないし、教えたこともない。弟子のクローヴィス流派には存在しているものの、それはクローヴィスが剣の教えを広める一環として新たに作り出したものだ。
「見事なものじゃのう」
「ええ。本当に」
フェアドとエルリカは朗らかな顔で、始まった演武を眺める。
剣を打ち合い、ひらりと躱し、踊るような身のこなしはフェアドにはないものだが、彼の脳裏にはその真逆の存在が浮かぶ。
『ぶっ潰れろやああああ!』
つい最近も聞いた宿敵の声。
打ち合うどころか直撃すればフェアド以外は確実に粉砕する拳。全てを受け止めると言わんばかりに直進しか選ばない体。技術など欠片もない身のこなし。
(皆が持つ復活の危惧は当然じゃな……)
フェアドの思考が闘技場から逸れる。
ゲイルや青き龍、戦神ラウだけではなくほぼ全ての存在が大魔神王復活を恐れている。それは単なるトラウマだけではなく、可能性が完全にゼロではないという大問題が付属しているからだ。
そして勇者パーティーは世界を存続させたが、平和が維持されているのは大魔神王が与えたトラウマが原因なのはなんとも皮肉だろう。
(このまま何もなければいいんじゃが)
フェアドは僅かに顔を上げて青空を眺める。
その思いが通じないのはいつものことだった。
「飲み過ぎた……マジで頭がいてえ……」
二日酔いで顔を顰めながら街を歩いていたマックスも。
「あれ、こんなところに足跡?」
王都で観光していたテオ率いる冒険者達も。
「なーんか巻き込まれそうな予感……」
げんなりしているオスカーも。
全員が面倒事を断るだろうが、勝手にやってくるものだ。