再会
夜も更けたが、王都は時刻など関係ないと言わんばかりに人が多く歩き、酒場だって営業している。
ただ、流石に王都の中心である王城付近は、衛兵達が多く馬鹿騒ぎする者もいない。
そんな王城に最も近い神殿は、龍の神殿と呼ばれる場だ。
王国を守護する青きドラゴンや、その父である始祖龍を祀るために設けられた巨大な神殿は、やはりと言うべきか特殊な塗料で青く輝いている。そしてリン王国内では最も格式高く、王宮とも密接な関わりがあり歴代の王が眠っていた。
だがこの有名な神殿の聖職者の一部が、かなり特殊な存在であることはあまり知られていない。
「ついにこの日が来たか……」
「別件も一緒に来たぞ」
青い法衣を着た龍の神殿の最高司祭イーモが感慨深げに呟くと、高位司祭であるコンが顎を擦りながら応じる。
両者共に五十代男性。リン王国では一般的な短い金髪と鋭い碧眼。岩石を削りだしたかのような逞しく角張った骨格で、一見すると聖職者ではなく戦士だと誰もが思うだろう。
そしてこのよく似ている二人は親戚で、面倒臭い最高司祭を押し付け合い、最終的にイーモが外れくじを引き抜いてしまう程度には仲が良かった。
「あれは痛かった。寝ていて無防備だったとはいえ、ちょっと涙が出てた気がする。それか火花が出た」
「まだマシだろう。完成した後に受けたら確実に死んでいた」
「違いない。即死だ即死」
イーモは悪ガキが手に持っていたもので眉間をぶっ叩かれたことを思い出し、全く同じ経験をしたコンもどこか遠い目になる。
「それで外に出たら空が真っ赤で神々はほぼ壊滅。親戚やらなんやらが好き勝手に大暴れときた。目を疑うというのはまさにあの時に相応しい」
「はあ……本当にな……」
どこか疲れたようにイーモが天井を見上げると、コンも深々と息を吐いて同意する。
しかし奇妙だ。空が赤かったのは今から七十年ほど前の話であり、五十代ほどの二人が見ていた筈がない。人間であれば。
「よくぞまあ、世界は存続したものだ。ドラゴンの我々でも、これは死ぬなと思った戦場が幾つあったことか」
イーモの口から漏れた秘密。それはこの地の聖職者の一部が、人の姿に変身して名前もそれらしいものにしているドラゴンであることだ。
「おっと。来たようだな」
「ああ」
そんな二人は何かを感じ取ると、少しだけ背筋を伸ばして来客に備える。
客はすぐ来た。
「お久しぶりですなあ」
「ああ。久しいな」
七十年前に寝ていたイーモとコンを叩き起こした悪ガキ、フェアドとその仲間達である勇者パーティーだ。余談だが叩き起こされた際の衝撃は凄まじく、ドラゴン達は今でも偶に思い出してしまうほどである。
「しかし困った。よう! 久しぶり! って感じでイメージが固定化されてた」
「確かに」
「ほっほっほっ……まあ、あれですな。うん」
フェアドに久しいなと返したイーモだが、ドラゴンにとって七十年前はついこの前の話だ。そのためコンも、フェアドに持つイメージは当時のままであり、朗らかな老人になっているのは違和感があった。
対してフェアドも色々と自覚があるため乾いた笑いを漏らし、言葉を続けようとしたが無理だった。
そしてこれがドラゴンが今も起きている理由だ。
大魔神王の手によって寝ている間に殺されそうになった大戦もまた、つい最近の事件だと認識しているドラゴンの極一部は、大魔神王復活を警戒して念のため起きているのだ。
「さて、主賓は……」
昔話を一旦やめたイーモとコンが、この場の主役であるマックスに視線を向けるものの、彼の反応は肩を竦める僅かなものだけだ。
尤も表情は雄弁で、あー、どうしたもんかねえ。という文字が浮かび上がっているかのようだ。
マックスにしてみれば、恐らく来ることはないだろうと思っていた場所で、会うことはない筈の人物を待っているのだから仕方ない。
その待ち人もそれから程なくしてやって来た。
「まあまあ! 皆久しぶりね!」
まず最初に入ってきたのは美しい人の女の姿となっている、青きドラゴンのエリーだ。
彼女は気品さを損ねることなく笑みを浮かべ、懐かしき勇者パーティー。そしてマックスに声を掛ける。
「直接会うのは本当に久しぶり。もう会えないんじゃないかと思ってたわ。顔色もいいわね。でも健康には気を付けるのよ」
「勘弁してくれよ」
近所の世話焼きおばさんのようなエリーの言葉に、マックスはげんなりした顔になった。
(これで暗黒のドラゴンにはぶっ殺してやるって豹変するんだよな)
ニヤニヤと笑っているサザキは、エリーが敵対したドラゴンに対してかなり粗雑になることを思い出す。これはサザキの過剰な表現ではなく、エリーは本当にぶっ殺すと宣言して暗黒のドラゴン達に対抗した女傑だった。
なお以前にも述べたが、強力すぎるエリーは大戦前の神々の手によって様々な縛りが設けられ自由に力を振るうことができなかった。そのせいで大魔神王には箱入り娘と言われるわ、暗黒のドラゴン達には鳥籠にトカゲが入れられているなどと散々煽られ、色々とキテいる状態だった。
閑話休題。
主役はエリーではなく、その後ろからゆっくりやってきた老人だ。
じっと視線を合わせるマックスことギャビン・リンと……ゲイル・リン。
九十年の人生の中で共にいたのは二十年にも満たない期間だ。しかし共に育ち、兄弟として生き、そして別々の道を歩んだ半身である。
「……よう。久しぶり」
「……ああ。久しぶりだな」
ぽつりと呟くマックスとゲイル。
七十年ぶりに再会した兄弟の最初の会話はとてもとても短く、そして彼ららしかった。