書籍発売記念外伝 大戦前後の資料
書籍が本日発売された記念に、ちょっと違う作風で書いてみたくなりました。
恐らくここ数年のうちに、大魔神王が地上へ介入する予兆があるようだ。
神々は大魔神王に対して楽観的で、地上への攻撃に対してどれほど本気で対処してくれるかは疑問が残る。
下手をすれば我々があと一歩まで追い込まれて、ようやく助けの使者を送ってくるかもしれない。なにせ時間感覚が違う上に、戦争での被害を書類で確認している王と同じ感覚の持ち主が多いのだ。
そうなれば我々にとって致命傷。神々にとってはまあなんとかなるだろう。という被害が発生するかもしれない。
心配し過ぎと言われるかもしれないが、文献や情報が極端に少ない大魔神王の力が神々に匹敵することだって考えられる。
そうなる前に大魔神王へ対抗できる人間を育成しなければならない。
この計画を聖女計画と命名しよう。
-マクシミリアン枢機卿の日記-
一部から心配し過ぎだと言われているようだ。
しかし、枢機卿だからこそ分かるが神々を盲目的に信じるのは危険すぎる。面白いことを優先し、面倒なことは後回しにする、ありきたりな感情を持っている存在に対し、きっと助けてくれると思い込むことはできない。
ただまあ、計画によって私が少なくない金額を消費しているのは事実だ。
無駄になれば責められるが、必要にならない事態の方が好ましいのも間違いないだろう。
思った以上に聖女計画が順調に進んでいる。これなら大魔神王がなにかしらの行動を起こす前に完成するかもしれない。もしくは、突貫工事になるが、先手を打たれたとしても耐えている間にいけるだろう。
それと念のため、ドワーフやエルフとの接触を続けておこう。
馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め!
大魔神王の力が神々に匹敵する!?
史上最高の間抜けめ!
なぜ神々の力を凌駕するのではないかと考えなかった!
大魔神王の攻勢で天界が陥落した! 神々は失墜した!
一刻も早く命ある全てが力を合わせなければ世界が滅ぶ! 聖女計画も完遂せねばならんが、果たして聖女が大魔神王に対抗できるのか!?
終わったかもしれん。
大魔神王の力は明らかに聖女より遥か上だ。
なんとかエルフやドワーフ、オークを含めた大同盟を結成しなければ……。
大同盟はなんとかなった。あちこちへ走り回ったのは無駄ではなかった。
しかしそれでも大魔神王の軍勢の進撃が止まらない。
全ての種族が集まった会議で、なぜ大魔神王が直接出てこないかという意見が出たが決まってる。態々自分が出るまでもないと思って面倒臭がっている。もしくは単に……事実を認識しているだけだ。
駄目だ。大同盟でも足りない。
ドラゴンの眠っている地を暴くかどうかで教会勢力が揉めている!
最早そんな悠長なことを言っている場合か! ドラゴンを起こすという私の意見が通らないなら、破門されようが叩き起こす!
ドラゴン達が飛び立った。幾人かが私が行動に移したのではないかと疑っているが、まだ行動に移していなかった。伝手を使って探っているが、全く見当がつかない。いったい誰がドラゴン達を起こした?
ドラゴンの件で二人の青年が引っかかった。大魔神王が派遣した工作員を打ち倒し、ドラゴンを起こしたというのだ。
噂の段階で多くの者が信じていないし、私も無理があるように思える。
ドラゴンの眠る地の結界は若者がどうこうできるものではないし、どうやってその工作員を倒したのだ?
煮え立つ山とリン王国で戦いが起こったが、撃退することに成功した。
その際、例の青年二人が活躍したらしい。英雄として本物か見極める必要がある。もし本物なのだとしたら……聖女を託すことも選択肢の一つとしてある。
彼と会って話した。エルリカを託す。
-マクシミリアン枢機卿最後の日記-
マクシミリアン枢機卿。頂の園の決戦に参加し敵将一人を道連れに戦死。享年六十五歳。
◆◆◆◆
教会勢力の一部から頻繁に接触があるらしい。なんでも大魔神王の地上侵攻に備えているのだとか。
彼らが行動を起こしているということは、なにかしらの情報があってのことだろう。
しかし大森林の奥にある我らの王家はあまり気にしていないようだ。森を守る結界は創世期のものだし、古代の恐るべきドワーフの侵攻だって防ぎ切ったのだから無理もない。
まさかとは思うが……増えすぎている人種が数を減らして丁度良くなると思っているエルフが少ないことを願う。
-辺境エルフの里長、セザールの日記。
やはり王家の動き、というより大森林のエルフ全体の動きが鈍い。
歴史を紐解けば迷宮の紛い物ではない、真なるドラゴンがやって来た時も結界が防いでいるから、大森林にいれば安全だと思っているようだ。
私の方にも、面倒があれば大森林へ逃げ込めという連絡がやって来た。
そうは言うが住み慣れた土地を離れるのはそれなりに覚悟がいるし、なにより大森林だけが安全でも意味が無いとは思うのだが……。
だが一応、里の者達に準備だけはさせておくことにしよう。
どうもドワーフを含めた大同盟の構想が教会勢力にあるらしいが、それは無理だと言わざるを得ないだろう。
神代の頃からいがみ合っている上に、寿命が長いから大昔の因縁を色濃く引き継いでいる者が多いのが我らだ。
人間の寿命で考えて、過去の因縁もどうにかなるだろうと思ったのだろう。しかし、やはり無理なものは無理だ。
それにドワーフの方も、天界の門を参考にして作られたと言われる、山の奥深くにある特殊な門を閉じれば、隔離されて地下で生活できるのだ。それほど危機感を持っているとは思えない。
恐らくその大同盟は結成されないだろう。
全ての……全ての前提が崩れた。
天界が陥落したということは、創世記に張られた結界もドワーフの門も意味をなさないということだ。
王家も危機感を持ったらしく、教会勢力の招きに応じたようだ。
我々エルフは一刻も早く大森林に集結し、戦いに備えなければならない。
勝てないかもしれない。
暗黒のドラゴン達が大魔神王の陣営に参戦していることが確認されたらしい。
特に強力な個体は戦神と真っ向から殺し合える存在だ。こちらにも戦神はいるにはいるが、主力を形成するには数が足りていない。
駄目だ勝てない。青の森が陥落した。生存者はいない。皆殺しだ。
こちら側の陣営にもドラゴン達が付いた!
とある若者達が活躍しているようだが、聞いたこともない名前だ。戦時宣伝にしてももう少し抑えて欲しい。
敵陣を切り裂いて中央突破した。敵軍を魔法で殲滅した。溶岩の兵に拳を突っ込んで無事。ドラゴンを墜落させた。人類史上最大の光とか色々言われているが、誰も信じないような戦時宣伝は寧ろ害悪だ。
世間知らずな一部のエルフでも嘘だと断言しているくらいだ。そんな戦時宣伝をしなければならない程に追い詰められているのだろう。
忙しくて暫く日記を書けなかった。
煮え立つ山やリン王国での戦い、頂の園での決戦。それら全てに勝利した。
勇者パーティー。
そう言われている者達が大魔神王の戦力を次々と削り、我々に勝利を齎している。
そう、奇跡的に我々は勝っているのだ。
次の戦場は大森林が確実視されているが、勇者パーティーの参戦も決まっている。きっと次の戦いでも勝利することができるだろう。
勇者がエルフ王家の一人を蹴飛ばす寸前だったなどという噂が流れた。
無責任な噂が流れたものだ。
伝え聞く勇者は命ある全てのために戦っている聖人なのだから、我らエルフ王家の一員を蹴飛ばそうとする筈がない。
それよりも戦いに備えなければ。やはり次の戦場は大森林になる。
空より分裂した毒龍の方が多く見える戦場などもう二度とごめんだ。
ついでに言うと勇者パーティーと毒龍の戦いの余波で死ぬかと思った。
-辺境エルフの里長、セザール。現在も存命-
◆◆◆◆
生きた証を残したいと思って日記を書く。
空が赤くなった日。神々が空から落ちてきた日に全てが終わった。
よく知らねえが、なんちゃら……魔王? とかいう奴が全部をぶっ壊すために行動を起こしたとかなんとか。
そのせいであらゆることが滅茶苦茶だ。
どっかのどこどこが滅んだ。あそこが燃え落ちた。向こうは死体も残ってない。逃げないと。そんな話ばっかだ。
俺ら末端の兵士に詳細な情報はこねえが、それでも今がヤバすぎるってことだけは分かる。
でも逃げたとして、その先で生活できるのか?
少なくとも今は給金がある……でもどうしたらいいのかさっぱり分からねえ。
辛気臭い話がもっと増えた。きっと世界は滅ぶに違いないとかなんとか。
俺もそう思い始めた。よくなるなんていう奴は誰もいないのに、滅ぶと断言する奴だけいるんだ。それならきっと世界は滅ぶんだろう。
でも滅ぶとしてどうしたらいいんだ? 全く分からないからこのまま兵を続けよう。
戦況が好転してるらしい。
なんでも神に選ばれた戦士である勇者が、伝説に語られる神話の武器を握ってなんちゃら魔王の軍勢を倒してるらしい。
それだけじゃねえ。勇者を支える心優しい聖女が光の力で悪を浄化したり、勇者と無二の親友で誠実な剣聖が敵を切り裂いてるとか。
それに神の教えのために奮闘して、分かりやすい説法もしてくれるモンク。超深層とかいう一番凄い魔法を使える魔女。嘘をつかない清廉潔白な騎士が空中で戦い……最後の一人はなんだっけ?
まあいいか。
とにかくすごい連中が頑張ってるらしい。
そいつらが頑張ってくれたら戦争も終わるかな。
すげえ話を聞いちまった。
なんでも勇者の男親は神で、人間の女との間で生まれた半神半人らしい。
それで死んじまった男親の神に、世界を救えと託されて魔王と戦ってるみたいだ。
おとぎ話みたいな実話ってあるんだな。
神の血統でその親から世界を救えって使命を与えられた上に、伝説の武器に選ばれて魔王と戦ってるんだ。
きっと戦争が終わったらどっかの姫か聖女と結婚して、側室も各国から送られるんだろうな。
俺も親が神だったら活躍して、戦争が終わったら美人な女に囲まれた生活ができたかなあ。
分かってるさ。現実逃避だ。明日は死なない程度に頑張ろう。
-戦場から回収された日記。持ち主不明-
-大戦から五十年後に病死した人物が持ち主と判明。どうやら生きていたらしい。孫が日記を持ち帰る-
◆◆◆◆
勇者フェアドについて書き記す。
勇者フェアド。言わずと知れた救世主。赤子から年寄りまで知らない者はいないだろう。
父は戦神ウォルフ。母はカーン王国の第三王女の末裔という説が有力視されている。
カーン王国王家が緊急避難先として作った隠れ里に生を受け、第三王女の末裔である母と護衛兼父親役の、カーン王国騎士団長の子息である男。そして同じ戦神の血を継ぐ長男、次男と共に暮らす。
幼少期から父役の男に才能を見抜かれた三兄弟は、共に切磋琢磨して剣術の腕を磨いた。
腕前はそのまま長男、次男、勇者フェアドの順で、勇者フェアドは兄達の方が自分より遥かに強かったと周囲に言っていたようだ。
しかしこれは謙遜だろう。ご存じの通り勇者フェアドは大魔神王を討伐しているため、流石に勇者フェアドより強い人物がまだ二人もいるとは考えにくい。
実際、大魔神王が戦神の血を継ぐ子供を抹殺するため送り込んだ軍勢の襲撃において、長男と次男は戦死している。
一説ではまだ才能を眠らせていた、単なるフェアドだった三男こそが大魔神王を討伐すると考えた長男と次男が、彼を逃がすために奮闘したと伝えられている。
これが事実なら長男と次男に感謝するしかない。まさにその考え通り、単なるフェアドだった男は勇者フェアドとなり、暗黒を切り裂いて世界を救ったのだから。
欲を言うならば、大成した三兄弟が共闘するところを見てみたかったが、先述した通り長男と次男。そして父役だった男と母は襲撃されて戦死しており、勇者フェアドは天涯孤独の身になった。と思っていた。
母の最期を看取った際、自分の真の父がいることを知らされた勇者フェアドは、歴史に姿を現すまでの空白期に戦神ウォルフの神殿を訪ね、そこで大魔神王の天界襲撃において重傷を負った父と対面した。
自分の出生の証拠である父と話したフェアドは驚愕と共に納得する。そうでなければ徐々に強まる光の力と、身から湧き出るような使命感の説明ができないからだ。
しかし世に暗黒が齎され、全ての命が危機に瀕したことで、栄光ある戦神の血を継ぐ者として、巨悪を打ち破る者こそが自分であると確信した。
この際に二人の親子がなにを語ったかは分からないが、勇者フェアドが戦神ウォルフの愛剣である天空白夜剣を譲り受け、大魔神王討伐を宣言したのは間違いないだろう。
勇者フェアドの剣について異説は途轍もなく数多いが、戦神の剣でなければ戦い抜けられないはずである。
残念ながらその直後に戦神ウォルフは消滅してしまうが、父から託されて自分の胸に抱いた使命のため、勇者フェアドは神殿を後にする。
全ては青き空を取り戻すため。世界に平和を齎すため。そして、大魔神王を打ち倒すために。
これこそが勇者フェアドの伝説の序章であった。
-ダニエル著。勇者の伝説を紐解く。より一部抜粋-
-ええ……この勇者フェアドって誰じゃこれ……マックス、このダニエルって作者、お前の偽名の一つとか言わないよな? 違うのか……おいそんなに笑うな!-
あまり支持されていない歴史書を読まされたとある老人。