夫婦
今日の朝も日間ハイファン一位にさせて頂いて本当にありがとうございますううううう!。
「変わらんのう。懐かしいと言うべきか変わっておけと言うべきか……」
「そうですねえお爺さん……」
魔道都市マルガードに足を踏み入れたフェアドとエルリカは、記憶にある通りの光景にある意味ほっとする。ただし、その光景はローブを着てフードを被った怪しげな集団がそこら中にいるというもので、普通とは程遠かった。
そんな光景にフェアドは若き日の思い出が刺激された。
「……そういえば大昔この街に来た時、刀身が透明な剣だと宣伝してたくせに、実は持ち手の部分だけしかない物を詐欺師に売りつけられそうになったの」
「ぶはははははは! 懐かしいなおい! 俺が止めてなきゃ買ってただろうな!」
「ありましたねえ」
「流石は魔道都市。そんな物も売ってるのかと感動したのにあんまりじゃ。田舎から出てきた若者の純情を弄びよってからに」
皴だらけの顔を歪めたフェアドとは対照的に、サザキは酒瓶から口を離して爆笑し始め、エルリカは昔を振り返る。
田舎者丸出しだった青年フェアドは、マルガードの詐欺師に騙される寸前だったことがあり、都会の厳しさを教え込まれたのだ。
「欲しがった儂が言うのもあれじゃが、透明な刀身とか暗殺者が重宝するもんではないか。詐欺であったことも含めよく堂々と売っておったの」
「古き良き時代と言うべきかは悩みますね」
「ま、大戦中が色々ガバガバ過ぎたのは間違いない」
しかめっ面のままのフェアドが自分の生きた時代の大らかさに呆れると、エルリカとサザキも同意して苦笑する。
大戦中の倫理観はかなり怪しく、危険な物があちこちに溢れていた。それに比べると現代は規制が進み、過去の危険物や犯罪は“そこそこ”減っていた。
「そのうち酒を外で飲んではいけませんとか言い出し始めるんだろうな。ああやだやだ」
「お前さんはそれくらいの方がいいわい」
「そんなことはないでござ」
「ふむ」
「るるうううううぅぅぅ……」
サザキがフェアドと軽口を叩きながら、冗談めかした語尾を口にしようとした時だ。彼の耳に飛び込んできた僅かな声が原因で、舌が誤作動を起こしてしまった。
「ルルだって? 飲み過ぎて私の名前まで忘れちまったようだね」
人混みの向こうから現れた、背筋がまっすぐな老婆。“消却”の魔女ララが、天を仰いでいる飲んだくれ亭主を見ながらニヤリと頬を上げていた。
「おおララ! 久しぶりだのう!」
「お久しぶりですね」
「相変わらず元気そうじゃないかフェアド、エルリカ」
フェアドとエルリカは皴を深めて笑みとなり、戦友ララとの久しぶりの再会を喜び合う。
だがその後ろで天を仰いだままのサザキは酒瓶に口を付けて、残りを全部飲み干そうとしているものの、瓶が空のため全く意味のない行いだ。
「おおおお久しぶりですねララさん」
「ああ、そうだね。サザキさん」
進退窮まったサザキは瞬きを繰り返しながら妻であるララと言葉を交わすが、呂律は怪しいままである。
(サザキの奴、本当にどんな手紙を送ったんだ?)
皮肉屋で飄々としているサザキが目に見えて狼狽えているのだから、フェアドは思わずエルリカと視線を合わせてしまう。
特にサザキ最後の弟子と言える少年カールがここにいれば、今すぐサザキの口に酒瓶を突っ込んで正気に戻そうとするだろう。
ただ、遠方にいるサザキとララの息子はよくこういった光景を目撃しており、男という生き物は外と家では姿が全く違うのかもしれない。
「店に寄ってきな。酒も買ってある」
「いやっほう! 感謝感激!」
そんなサザキだが、ララから酒があると聞かされた途端元に戻り、弾む足取りで彼女に近づいた。まさにいいように転がされていると言えるだろう。
「それではお言葉に甘えさせてもらおうかの」
「お邪魔しますねララ」
「ああ。ただベッドが足りないから宿屋を借りるんだね。私はこっちの亭主を借りるけれど」
フェアドとエルリカ、ララが話している横で、サザキの歩調が乱れてしまった。
◆
「それで、知り合いの顔を見にあちこちをうろつくのかい?」
「うむ。最後の挨拶をしようと思っての」
ララは自分の書店に場所を移すと、手紙に記されていた事柄をフェアドに確認した。
「まあ、大戦当時に生きてた連中は殆ど死んでる今ならそう騒ぎにはならんだろうね」
「そうじゃろうそうじゃろう」
ララが過去の騒ぎを思い返しながら頷くフェアドを見る。
神々の信徒は常にフェアドを祭り上げようとしたし、酷いときはその消えかけている神が複数、死後はうちの領域に来ないかと勧誘してくる始末だ。
しかし、フェアドとエルリカが田舎に引っ込んでいたのは、騒ぎや政治的なことが理由ではなくまた別のことが原因だ。
「それで最終的には隣の大陸に行くと」
「ひ孫の顔は見ておきませんと。ねえお爺さん」
「そうだのう婆さんや」
そんなかつての騒ぎの原因は、現在ひ孫の顔を見に行こうとしている老夫婦であり、楽しみで楽しみで仕方ないとニコニコしている。
「俺はその付き合いだな。ひっく。酒が美味い」
「ああそうかい」
(昔から妙なところで付き合いがいい奴だね)
酒を飲んで上機嫌なサザキをララはあしらいながら、若い頃から単に友達との付き合いで行動する夫に肩を竦める。
「それなら……そうだね。私も付き合うとしよう。戦友くらいには最後に会っておかないと」
「おお! それは嬉しい!」
「まあまあ」
最近、かつての仲間たちの絵を見て懐かしい気持になっていたララもまた、最後に彼らの顔を見てやるとしようかと思い、フェアド達の旅への同行を申し出た。
それにフェアドとエルリカは、ひ孫を思っての笑顔とはまた別の笑みを向けて歓迎する。
「それでは一旦宿を決めて、またお邪魔しようかの」
「ああ。店は開けておくよ」
旅の予定などで少し話が長くなると判断したフェアドとエルリカは、一旦宿泊先を確保するため書店を後にした。
サザキを置いて。
「一度しか言わないけどその耳はやられてないだろうね?」
「う、うん?」
フェアドとエルリカに置いて行かれ、酒瓶に口を付けようとしたまま固まっていたサザキは、ララの言葉で再起動した。
「私もだよ」
ぽつりとしたララの言葉は意味をなしていない。
だがサザキは、フェアドとエルリカがいない状況に加え、自分が手紙に書いた最後の一文を思い出して答えを導き出す。
「あ、ああ。おう。うん」
サザキはそう返すのが精一杯だった。
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