禁煙地域
「ここから先がさっきの店で聞いた街になるのかな」
男はそう言って、一本のタバコを吸い、空を見上げた。
「ほんとに、ここから先で吸えないのか?」
男は無類の愛煙家だった。
先刻お昼に立ち寄った定食屋で、従業員に言われた言葉を思い出す。
「○○街にはいるんですか?あそこは条例が厳しいから他からの人間は通過するのすら大変らしいよ。」
男が食事を済ませ、いつもの一服を嗜んでいる時に、皿を下げにきた女性が話しかけてきた。
「まぁ、あたしは吸わないからそれは問題ないけどね」
ははは、と屈託の無い笑顔で言いながら食べ終わった定食の乗ったトレイを持って行った。
「吸わない?え?タバコ吸えないの?」
男は食後に出されたコーヒーを啜りながら尋ねた。
「あの街は禁煙地域なんだよ。住人はもちろん、滞在者や通行者も喫煙が禁止された街なんだよ?お兄さん、知らないで来たのかい?」
男はあてもなくドライブをしていた。仕事休みに好きな車をあてもなくプラプラと走らす。
好きなタバコを咥えながら、窓を開けて風を感じ、時折缶コーヒーを飲みながら、ただただ、車を走らす。
今回はたまたま、海沿いの道を走ってきてこの街にやってきただけだった。
「禁煙地域?何それ」
ふふ、と鼻で笑うと男はコーヒーを飲み干し、勘定を払いにレジへ向かう。
「笑事じゃないよ。ほんとタバコ一本吸っただけで、大変な目に遭うらしいよ。お兄さんも通るなら気をつけた方がいいよ。唐揚げ定食、700円ね。ありがとうございました。」
財布から1000円取り出し、釣りをもらう。
「ご馳走様でした。美味しかったですよ。」
男はそう言って店を出て、自分の車へ向かった。
「禁煙地域って、どう言う事だろ?」
そう呟くと、男は車のキーを押しエンジンをかけた。
「そもそもどうやって禁煙地域としてるんだろうな。喫煙場所以外で吸えない?とかなのかな??」
そんな事を思いつつ、静かに車を走り出す。
走りながら、どうするかと男は考えていた。
「わざわざ、そんな街を通らなくてもいいけど、どんな街なのか気にはなるし、車の中なら吸っていても問題ないだろうしな。」そう思いながら車はその街方面へ走りだしていた。空は快晴、窓を開けると風が冷たいが寒いほどではない。程なくして、街の手前のコンビニまでやってきた。ふと、一本吸いたくなり、男はコンビニ駐車場へ入っていく。車を停め、タバコを咥えながら男は先の道へ目をやった。
「あの橋を渡るとさっき聞いた街になるな。」
引き返そうと思えば、引き返す事はできた。
だが、そうはしなった。男は喫煙地域の街に少なからず興味を持った。
「ほんとに、ここから先で吸えないのか?」
男は吸っていたタバコを車の灰皿に入れると、街に向かって走らせた。