もえないぬいぐるみ
おじさんの家に遊びに行った時のことでした。
私はおじさんの書斎で、ぬいぐるみを見つけました。
黒い顔をした、ヒツジのぬいぐるみです。
鼻と口は無く、大きな目がどこかを見つめているようでした。
そのぬいぐるみは、別段、目立つものではありません。
ただ、おじさんの家は、家具や電化製品は最低限しかなく、絵画や花や、掛け軸などなく、全く飾り気のない部屋です。
そんな中で机の上に置いてある、ぬいぐるみだけが、異質であり、目立っていたのです。
「おじさん、ぬいぐるみなんか持ってるんだ?」
「ああ、それか。それはあげないぞ」
「ふふ、そんなにこのヒツジのぬいぐるみが好きなのね」
欲しいと思われたのだろうか、と思い、私はぬいぐるみを差し出しました。
おじさんは、ぬいぐるみを受け取ると、机の上に戻します。
「好きというか、これは人に渡したら大変なことになる」
「どういうこと?」
おじさんは、私を椅子に座らせると、自らも座って話を始めました。
それは、おじさんが弁護士をしていた頃の話でした。
おじさんはある事件の弁護を引き受けました。
放火殺人事件の容疑者です。
容疑者の名前は、仮名で『紗英』と呼びます。
紗英は、姉がいました。こちらも仮名で紀子と呼びます。
妹の紗英が、姉の紀子の住まいごと焼き殺したという事件です。
紗英は殺そうとして火をつけたことを否定していました。
おじさんは、事件を受け持った直後、その現場を見に行ったそうです。
その時、焼け跡となった現場にこのぬいぐるみを見かけたのです。
「ぬいぐるみが証拠品とは思わなかったし、ああ、誰かが供養のためにぬいぐるみを置いて帰ったのだろう。そう思ったんだ」
しかし、おじさんが現場から帰ろうとすると、どこから飛んできたのか、おじさんの目の前にそのぬいぐるみがありました。
おじさんは、誰かが拾ってくれるだろうと考え、そのぬいぐるみをそばのお家の塀の上に置き直し、立ち去りました。
しかし、しばらく歩くと、また目の前に『ぬいぐるみ』がいたのです。
「気持ち悪い」
「そういうなよ。だからもって帰ることにしたんだ」
おじさんは、弁護の為、紗江に面会に行った時、このぬいぐるみを持って行きました。
「君に見せたいものがあって」
カバンから取り出したぬいぐるみを見せると、紗英は立ち上がり叫び始めます。
「ど、どうした、落ち着け」
叫び声は止まらず、そのまま面会は強制的に終了させられました。
これは何かある。
おじさんはそう思って、次の面会の時にはぬいぐるみを置いていきました。
「この前のぬいぐるみのことについて話してくれるかな」
紗英は、うなずくと小さい声で話し始めました。
紗英と紀子は二人きりの姉妹でした。
父親は早くになくなり、紗英は父の顔を覚えていないそうです。
母親一人で育てられましたが、父の残した遺産があり、二人とも大学まで進んでいました。
大学を出ると就職し、二人は母親の下を離れ、それぞれ一人で暮らすようになりました。
紗英は恋愛ののち結婚し、子供が産まれました。
夫の仕事も順調で、裕福な暮らしをしていたそうです。
姉はずっと独り身で、小さなアパートに暮らしていました。
二人の母が、病気でなくなると、母の暮らしていた家と、父から相続した預金などを姉と妹で相続することになりました。
妹は夫が建てた家があるので預金などの金融資産を、姉は老後の収入が不安だったので不動産である家をもらい、住んでいたアパートを離れて引っ越ししました。
それらの相続とは別に、母の形見として、姉は日記を、妹は『ヒツジのぬいぐるみ』をもらいました。
紗英はぬいぐるみを大切にしていました。
紗英の子供たちも、そのぬいぐるみと遊び、幸せに暮らしていました。
しかし、紗英の子供たちが成長し、部屋を片付ける必要ができた時、ぬいぐるみを手放すことにしました。
大切にしてたぬいぐるみなので、きちんと供養をしてから『お焚き上げ』として燃やす。
紗英はぬいぐるみをそうやって処分しました。
しかし、ぬいぐるみが家に戻っていたのです。
確かに自分の手でお寺に持っていき、供養をして、燃やしたはずでした。
供養はしていたので、紗英は家の庭で焚き火をする際、ぬいぐるみにオイルを掛け、焼きました。
今度こそ、確実に、灰になったはずでした。
しかし、ぬいぐるみは、何事もなかったように部屋の中で発見されました。
紗英は、怖くなりました。
ぬいぐるみに何か怨念が込められているのかもしれない。
そう思ったからです。
紗英は姉の紀子に相談しました。
「焼いても戻ってくるなんて、変ね」
「お母さん、そんなにこのぬいぐるみが好きだったのかしら」
「分からないわ。たまにお母さんの日記を読んでいるのだけれど、このぬいぐるみの事は見たことはないわね」
紗英は、ぬいぐるみを姉の紀子に預けました。
それからしばらく、紗英はぬいぐるみのことを忘れていました。
夫の仕事も順調で、子供たちも健康で、幸せな暮らしを続けていました。
紗英は、亡くなった母の法事の為、今は姉の家である実家に行きました。
法事が終わり、気持ちが落ち着いた頃、周りを見渡すと実家の様子が以前と変わっていることに気がつきました。
母と暮らしていた時の、油ぎった台所が、綺麗なシステムキッチンに変わっていました。
トイレも、古臭い和式のものではなく、新しいものに置き換わっています。
気になって覗いてみると、お風呂場も、姉の寝室までリフォームされ、家具も新しくなっていました。
姉の紀子は仕事をしていますが、派遣社員であり、高額な給料をもらっている訳ではありません。
父や母が残した遺産と言っても、預金類の殆どは紗英が相続して、姉には殆どお金はなかったはずです。
「どうしたの、この家」
「どうしたって、何が?」
「台所やおトイレ、お風呂場も新しくなってるじゃない。そんなお金、どうしたの?」
姉は露骨に動揺していました。
「どうもしないわよ」
「変なところからお金借りてないわよね? お金返せないと、土地ごと取られてしまうのよ」
紗英は、姉が世間知らずなところがあることを知っていました。
悪質なリフォーム業者に騙されて、家を改造したのではないかと思ったのです。
借金の際、家を担保にしていたら家ごと失いかねません。
「大丈夫、お金は借りてないから」
「けど、派遣のお仕事じゃ、そんなにお金貯まらないでしょう」
「……とにかく心配はいらないから」
二人は、お互いに思うところがありましたが、その時は、そんな話で終わりました。
紗英は翌年のお正月、姉の様子を見るため家を訪ねました。
家は、周りに足場が出来て、家全体がシートで覆われていました。
年始の挨拶を済ませると、姉に尋ねました。
「家の外に足場が組まれているけど」
「修繕しないと、雨漏りが起きるって言われたの」
「法事の時にも聞いたけど、一体いくらかかったの? 担保もなしにお金貸してくれるところなんてないでしょ?」
姉の紀子は否定するように手を振って言います。
「大丈夫、お金は借りてはいないから。本当よ」
「けどお金がどこからか出てくる訳じゃないでしょう」
「……言いたくなかったけど、説明するわ」
姉は困った顔をして部屋を出ていくと、以前、紗英が持っていた『ヒツジのぬいぐるみ』と裁縫箱を持って戻ってきました。
「よくみたら、母の日記に書いてあったの。私も、小さい頃、ぼんやり記憶があったの」
姉はそう言うとヒツジのぬいぐるみの縫い目に、鋏を入れました。
手なれた様子で糸を抜くと、ヒツジのぬいぐるみの中が見えてきます。
綿の中に袋状になった布が入っていました。
袋は、まるで何かをそこに隠しておくためのもののようです。
姉は、そこを静かに指で開くと、中からお金を取り出しました。
「えっ?」
「ここにお金が入っていたの」
姉が取り出したお金は、ちょっとやそっとではない。
束になっている。
紗英はびっくりして、手渡されたぬいぐるみを見回した。
「リフォームができるほどお金が入っていた、と言うこと?」
「ええ」
紗英はぬいぐるみを姉に返しました。
紗英が持っていた時からぬいぐるみにお金が入っていたのなら、もっと重かったはずです。
それに、ぬいぐるみにお金が入っていたとしたら、紗英はそれを『燃やして』しまったことになります。
姉の言葉は、一つも信じることができない。そう感じました。
「ねぇ、からかってるでしょ?」
姉は微笑みながら、ぬいぐるみに綿を詰め、縫い直しています。
「どうしてそう思うの」
「だって、私はこのぬいぐるみ、燃やしてしまったのよ」
「けれど、今見せたでしょう?」
姉は紗英が心配しないように、嘘をついているのだ、とそう思いました。
「わかった。もうこれ以上お金を借りちゃダメよ」
「……」
その後、紗英と紀子は、しばらく世間話をしました。
妹が帰ると言うので、姉は先ほどぬいぐるみから取り出したお金を封筒に入れ、手渡しました。
「お年玉よ。私が紗英にあげるのは、産まれて初めてだったかしら」
「えっ、これって、さっきぬいぐるみから取り出したお金?」
「ええ。気にしないでいいわよ。お母さんが残してくれたものなのだから」
紗英は姉がどこかで借金したお金を、あたかも母がぬいぐるみに入れておいたお金のように言っているに違いないと思いました。
これを受け取ったら、姉の借金が大きくなる。紗英はそう思いました。
「こんなの受け取れないわ。そんな無駄遣いしないで、借金を返すのよ」
姉は自分の言うことを信じない妹に、返す言葉が見つからず、妹から封筒を受けとってしまいました。
「……」
それから半年が過ぎました。
夏の暑い時期、姉から画像と共に、LINKメッセージがきました。
紗英はスマフォでそのメッセージをみると、水着で映る姉の姿がついていました。
背景にはプライベートプールと宿泊するだろうヴィラが見えます。
以前、テレビで見た、一泊何十万もする高級リゾートです。間違いありません。
『奮発して海外で休暇中』
メッセージはそれだけでした。
借金はしていない。
姉はそう言っていました。
ぬいぐるみから、次々にお金が出てくるわけがありません。
だとすると姉は、何か悪いことをして、大金を手に入れたのではないか。
紗英は姉の行動が怖くなって、メッセージに返信できませんでした。
次に姉からメッセージが来た時は、帰国して家に着いたという内容でした。
紗英は、急いで姉の家に向かいます。
「ちょっと、あんなホテルに泊まって、どこからそんなお金が出てくるのよ」
「それなら話したじゃない。ヒツジのぬいぐるみよ」
「嘘を言わないで。私には本当のことを話して」
姉はまた部屋を出ていくと、ヒツジのぬいぐるみを持って戻ってきました。
「もう一度見せるわよ。ちゃんと見ていて」
姉は、慣れた手つきでぬいぐるみの縫い目に挟みを入れ、糸を切って開いていきます。
「ほら、ここに」
ぬいぐるみの中にある袋状の部分から、お金が出てきました。
あの時と同じです。
「……」
手品ではない。
姉がそんな器用でないことは知っていました。
姉の最近の派手な生活は、このぬいぐるみから、沸くように出てくるお金を使っていたのです。
「うそ……」
だとしたら、私にも権利がある。紗英はそう思いました。
紗英は言いました。
「そのぬいぐるみ、私のよ。私が相続したの」
「そ、そうね」
母の形見わけの際、ぬいぐるみは紗英のものとなりました。ぬいぐるみが焼いても戻ってくるので、怖いからということで、姉が預かっていただけです。
「お金の出し方を教えてよ」
紗英はやり方を覚える為、スマフォで動画を撮り始めました。
姉は、ぬいぐるみから飛び出した綿をしっかりと詰め直すと、針と糸でとじました。
そして、先ほどと同じようにヒツジのぬいぐるみにハサミを入れると、糸をほどきます。
ぬいぐるみの中を開くと、中の袋状の部分からお金が出てきました。
「すごい」
また、丁寧に針と糸でとじました。
「詳しいことはお母さんの日記に書いてあるわ」
姉は、ぬいぐるみと、日記を渡します。
しかし、紗英はぬいぐるみのみを受け取ったため、母の日記は二人の間に落ちました。
「大丈夫、今教えてもらったから」
「……」
姉は母の日記を見つめて、それを手に取りました。
「私はこのぬいぐるみからお金が出て来るたび、母の日記を読み返しているわ」
「そう」
ぬいぐるみからは、一回で束になったお金が出てくるのです。
これさえあれば子供の学費や壊れかけた洗濯機と、小さくて使い勝手の悪い冷蔵庫を買い替えらえる。それも今すぐに。
紗英はそんなことを考えていました。
紗英は自宅に戻ると、自分の部屋で裁縫道具を用意しました。
最近はあまり縫い物はしませんでしたが、小さい頃は母から教わり姉よりよく裁縫をしていたものでした。
紗英はぬいぐるみを見つめてから、姉がしていた通りに、ハサミをいれ、糸を抜いていきます。
いよいよ、ぬいぐるみの中を開きました。
「……」
袋状の布がありましたが、何も入っていません。
確かにこのやり方で良かったはずです。
スマフォを側に置き、姉がやってみせたやり方をもう一度確認します。
多少省略していたところがあったか、紗英はそう思うと、姉のやり方の通り、丁寧にぬいぐるみをとじました。
大きく深呼吸してから、もう一度、ぬいぐるみを開きます。
そして、ぬいぐるみを開きます。
「ないじゃない!」
ぬいぐるみを叩きつけそうになる感情を抑え、もう一度丁寧にとじました。
スマフォの動画を、しっかりと見て、必要な部分は一時停止したり、拡大したりしながら、完全に姉のやり方でぬいぐるみを開き、とじ、と繰り返しました。
紗英はぬいぐるみを脇に置くと、手のひらを机に叩きつけました。
「ニセモノを渡したんだわ!」
紗英は再び、姉の家に向かいます。
お金が出てくるぬいぐるみは、別にあるに違いない。
家から姉が出てくると、紗英は何も言わずに中に入り、家中を探し回りました。
けれど、ぬいぐるみは出てきません。
「ねぇ、何をしているかぐらい教えて」
姉の声に、紗英はイラついた声で答えます。
「ホンモノのぬいぐるみを出してよ」
「ホンモノは渡したじゃない」
「これが本物だっていうの?」
紗英は、自分のバッグからヒツジのぬいぐるみを取り出しました。
「そうよ」
紗英は、糸を切って抜き、ぬいぐるみを開きます。
姉がやっていたように、正確に、です。
糸を抜いたら、今度はぬいぐるみを開きました。
お金は出てきません。
針と糸で、ぬいぐるみをとじました。
「ほら、なぜ出てこないの?」
と紗英は言いました。
ぬいぐるみを、姉に押し付けました。
姉は渡されたぬいぐるみと裁縫道具で、同じように開いてみますが、お金は出てきません。
「これがニセモノでなくてなんなのよ。やっぱり、本物を隠しているんでしょう?」
「……」
姉は返す言葉がありませんでした。
「出しなさいよ」
紗英は、姉からぬいぐるみを取り返すと、ライターを取り出し、ぬいぐるみの足に近づけました。
「な、何するの」
「ニセモノなら燃やしてもいいでしょう? お母さんの形見でもなんでもないんだから」
「それが本物よ。それ以外ないわ」
姉の顔を睨むと、紗英はぬいぐるみに火を付けました。
「やめて!」
ぬいぐるみから、大きな炎が上がっていきます。
黒い煙を撒き散らしながら、ぬいぐるみは燃えていきます。
紗英は台所へ行くと、フライパンの上にぬいぐるみを置きました。
「本物を渡して」
「ないわよ、それが本物なの」
「大っ嫌い」
紗英は姉の頬を、手のひらで叩きました。
そして、そのまま家を出て行ってしまいました。
紗英と姉の紀子は、それから絶交状態になっていました。
姉は紗英にLINKメッセージを送りましたが、気付いても『既読』をつけることはありませんでした。
そんな関係がしばらく続いた後、紗英はたまたま用事があって姉の家の近くを通りました。
姉に声をかける気もありませんでしたが、通りすがりに、窓から家の中をのぞいてしまいます。
紗英の目に、姉がぬいぐるみに話しかけている様子が映りました。
「!」
やっぱり。
やっぱり、姉さんはぬいぐるみを隠していた。
くれるふりをして、ニセモノぬいぐるみを渡したのだ。そう思いました。
だってそれ以外に考えようがありません。
本物を渡されたのだとしたら、あの時、ライターで火をつけ、燃やしていますから、今、姉の手元にあるわけがないのです。
手は怒りに震えていましたが、紗英はそのまま帰りました。
紗英が、姉の家を覗き見た日から一週間が経っていました。
紗英は深夜、姉の家の近くに車を停めました。
ポリ容器を持って、家に近づいていきます。
家に着くと、辺りに人がいないことを確認してから、ガソリンをかけて回りました。
姉の家を焼くつもりです。
紗英は、強欲な姉を憎んでいました。
姉は自分だけ贅沢な暮らしをしようとして、本物のぬいぐるみを渡さなかったからです。
少なくとも、紗英はそう思っていました。
そして、火をつけた紙を放りました。
ガソリンは勢いよく燃え上がっていきました。
暗い夜空の雲が、真っ赤に照らされています。
紗英は、走って車に戻ると、逃げていきました。
姉の家、つまり紗英の実家は燃え、姉は焼死しました。
不思議なことに、その家以外に被害はありませんでした。
唯一の身内として、火災現場に呼ばれた紗英は、焼け跡を見て目を見張りました。
全てが真っ黒で、炭になっている中、全く無傷で残っているものを見つけたのです。
「なんで、あんたが……」
紗英が見たのは、ヒツジのぬいぐるみでした。
お金が出てくるヒツジのぬいぐるみ。
紗英は思い出しました。
「供養して燃やしたはずなのに、戻ってきていた」
このぬいぐるみは、初めから変でした。
紗英が人形供養に出して『お焚き上げ』の炎の中に入ったはずでした。
けれど、ぬいぐるみは、燃えずに戻っていました。
供養はしたからと、庭で焚き火をしたついでに焼いた時もそうでした。
燃えたはずなのに、いつのまにか部屋の中にいるのです。
紗英は、ヒツジのぬいぐるみを睨みました。
鼻や口はなく、大きな目だけがどこかを見ているヒツジのぬいぐるみ。
すると、ヒツジの瞳が紗英を見つめ返しました。
「何よ!」
立ち入りできない火災現場に、紗英が入っていこうとします。
周りにいた消防関係者や、警察が、慌てて紗英を止めました。
「どうなさったんですか」
「落ち着いて」
「ぬいぐるみのくせに!」
家の火災が、不審火によるものだと周囲にいた関係者は全員認識していました。
その中で、突然、ぬいぐるみに激昂する妹は、自ら犯人であると言っているようでした。
事実、その後の調べで、紗英は放火殺人の容疑をかけられました。
街の防犯カメラや、近所の家の防犯カメラの映像に、紗英の乗った車や、紗英がポリタンクを持って歩く姿が映っていたからです。
「そして事件の弁護を担当したというわけだ」
「警察や消防が調べたのにぬいぐるみはなぜおじさんのところに来たのかしら?」
「わからないよ。警察や消防にこのぬいぐるみが見えていたのかはっきりしないしね」
私はゾッとしました。
「おじさん、私、このぬいぐるみ見えてるんだけど」
「安心して、僕も見えているよ」
二人は机の上のぬいぐるみを見ています。
「お金が出てくる秘密は、母の日記にヒントがあったんじゃない?」
「そうかもしれないけど、もう日記は灰になってしまったから、確かめようがない」
「……」
なんの努力もなく、無限にお金が出てきたら、その人間の人生は狂ってしまうんじゃないだろうか。
妹は妬みの感情が強すぎて、自ら不幸になってしまったが、もしかしたら、紗英が火をつけなくても、姉はバチを受けたのかもしれない。
私はそう考えました。
おじさんは、私の方に視線を戻すと、言いました。
「試しに燃やそうとか、中を開けてみようとか、思っちゃダメだよ。酷い目にあうから」
「ま、まさか、やってみたんじゃないですよね?」
おじさんは立ち上がり、ぬいぐるみを手に取ると、やさしく撫でています。
「こんな話をすると、興味を持つ人がいてさ…… いや、このことは忘れてくれ」
おじさんは、ぬいぐるみをそっと机に戻しました。
後で考えると、その発言は、おじさんはぬいぐるみを誰かに渡したことがある、あるいは、おじさんからぬいぐるみを奪った人がいた、ということではないでしょうか。
そして、おじさんは、その人がどうなったか、知っている。
それどころか、おじさんは自分が殺したいと思う人に、ぬいぐるみを渡して……
……かも、しれない。
私は時折、そんなことを考えては、寒気がするのでした。
おしまい