1-9
「私は……構いません」
ピエリスは数秒の間だけ沈黙した後、扉を開いて部屋の中に入った。公爵に対する恐怖心や初夜に対する不安はあったが、ピエリスにはそもそも帰れる場所がないため覚悟を決めるしかなかったのだ。
「感謝します、ピエリスお嬢様」
護衛の声が後ろで響くのを聞きながら、ピエリスは部屋の中を見つめる。
視線の先には一人の男性が俯いたまま荒く吐息を漏らしながら、手を強く握り締めて震えていた。
「もしかして、この方が」
「はい、ユーラリア公爵様です」
護衛がピエリスの横に立ち小さく頷いた。
「見ての通り当主様は正常な状態ではありません。いわゆる呪いにかかっているのです」
「一体どんな呪いに?」
「それは……」
ピエリスが問いかけると、護衛は少し躊躇うように公爵へと視線を向ける。それと同時に公爵が顔を上げた。
公爵の顔はピエリスが今まで見た誰よりも整っていた。だがそれと同時に、今まで見た誰よりも険しい顔だった。
「私が、話そう。少し、待ってくれ」
息も絶え絶えの様子で公爵は懐から一本の瓶を取り出して一気に飲み干した。
「これで、少しの間はましか……。申し訳ないな、辺境伯令嬢殿。簡潔に言うと、私は強力な催淫の呪いをかけられているんだ。どうにか今は理性を保っているが……油断すれば私は獣のように人を襲うだろう」
ギリッと公爵が強く奥歯を噛んで顔を歪めた。
「そうならないために私は人々を遠ざけていた。だが、どうやらこのままでは私は死ぬらしい」
公爵は大したことのないように微笑んだ。けれど、隣で護衛が強く手を握り締めたのを見てピエリスはその話が真実なのだと察した。
「そんな……。どうにかする手段はないんですか? 聖女様とか、聖水とか……」
「聖女様は大切な用事で手が離せない。聖水は、さっき飲んだ物程度では一時的に呪いを抑えられるだけらしい。もっと良い聖水を買えれば違うかもしれないが……」
「セイフォンテイン伯爵がここぞとばかりに理由をつけて売らないのです」
護衛の口からセイフォンテインと聞き、ピエリスは眉根を寄せた。