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「起きたか、ピエリス」
謀反が起きた日からおよそ二週間が経った日の朝、ピエリスはリシンの優しい声で目を覚ます。微睡む目をぱちぱちと瞬かせながら開くと、筋肉質な体を朝日にさらすリシンの姿があった。
「あれ、今日は……」
ここ一週間ほどで慣れてきていたその光景に、ピエリスは少し胸をドキドキと高鳴らせながら体を起こす。そこで自分も肌着しか着ていないことに気がついて、ピエリスは毛布を引き寄せて体を隠した。
「今日は殿下の結婚式だ。準備はしっかりしておきたいと昨晩言っていただろう」
「……そうでした。えっと、服は」
ピエリスは小さく頷くと、ようやくはっきりとしてきた目で周囲を見渡す。するとリシンが寝台から起き上がり、横の棚に置かれた服をピエリスに手渡した。
「ひとまずこれを着るといい」
「ありがとうございます」
「構わない。体の調子はどうだ?」
棚から自分の服を取って羽織ったリシンはそのまま寝台に座り、ピエリスに視線を向けた。
「今日は……調子が良さそうです」
少し考えこむように上を見てからそう言うと、ピエリスの腹がぐぅと鳴る。するとリシンは小さく笑って、ピエリスの頬を優しく撫でた。
「そのようだ。では、食事を済ませて結婚式に向かうとしよう」
「そ、そうですね!」
少し恥ずかしそうに笑いながらピエリスは誤魔化すように元気よく返事をすると、二人で食事室へ向かった。
「では、互いの名の宣言を」
ナプスの声が式場へ厳かに響く。
結婚式では今後の呪いを取り払えるようにと協会の者が立会人となることが多い。その中でも聖女であるナプスがこのウォート国と森の民を繋ぐ重要な結婚式の立会人となっていた。
「ラシー・インカナ・フォーチャ」
「ライモス・クリン・ジャープ・ウォート」
穏やかに間伸びした声と凛とした声音が重なって式場に広がる。式に呼ばれた者達は皆、静寂の中で歴史に残るであろうその瞬間を待っていた。
「誓いを」
二人の名を聞き届けたナプスが厳かに頷いて、ラシーとライモスに順に視線を送った。
「ボクは森の子としてライモスを生涯愛すると森の木々に誓います」
「ラシーを生涯愛するとこの名にかけて誓おう」
各々の言葉で誓いを述べて二人は顔を近づける。そして二人は口づけを交わした。
「祝福を」
ナプスが手を合わせて呟く。その瞬間、式場に歓声が轟いた。
「いい結婚式でしたね」
「そうだな」
幸せそうに微笑むラシーとライモスを見つめてピエリスとリシンはそっと手を繋ぐ。ふとそこでピエリスは気になったようにリシンに顔を寄せた。
「その、先ほど口づけの時にラシー様が殿下に呪いをかけたように見えたのですが大丈夫でしょうか」
「……あぁ、そのことか。問題はないのだろう。なにせ、ラシーからの呪いだけは私が身代わりしないように調整までしたのだからな」
ひそひそとリシンがピエリスに囁く。その言葉を聞いてピエリスは小さく頷くと、ライモス達へと再び視線を向けた。
「殿下はラシー様を信頼しているのですね」
「そうだな。とはいえ、実際に呪いをかけられているとなると心配ではあるが……」
そう言って小さくリシンが唸った丁度その時、コツコツと人の歩み寄る音がピエリスの耳に聞こえた。
「心配する必要はない。森の子殿がかけた呪いはおそらく、誓いの呪いだ」
「お父様……!」
背後から響いた声にリシンと共に振り返り、ピエリスは驚きの声を漏らす。そこには懐かしくも感じる父の姿があった。




