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「お兄様が作っていた水人形も十分に戦えるみたいですから、怖いですよね。脅すような形になってしまったことは、申し訳ありませんでした」
一度歩みを止めたピエリスは護衛に向けて頭を下げた。
ピエリスにとって今大切なのは、公爵邸での生活を快適にすることだ。謝ることで下に見られることは避けたいところだが、元より仮病令嬢として知られるピエリスにとっては下に見られてでも悪い印象を払拭していく方が大切だった。
「そんな。謝罪などしないでください! 十分な歓待ができていなかったのは事実ですので!」
護衛は慌てて振り返ると、顔を青く染めながらピエリスを制止した。
「私達は非難を受けて当然のことをしていると理解しています。ですから、気にしないでください」
「そう言うのでしたら……。わかりました」
想像以上に低姿勢の護衛を見てピエリスは驚きながら小さく頷いた。
それから広い庭を歩くことしばらく。本館であろう建物から少し離れた、別館とも言うべき場所で護衛が立ち止まった。
「さて、この中が衣裳室です。ですが、この中に入る前に最終確認をさせていただきますね」
「最終確認、ですか?」
護衛の真面目な顔を見て、ピエリスは気を引き締めながら言葉を繰り返す。ただならぬ雰囲気に思わずピエリスはごくりと唾を飲みこんだ。
「これからピエリスお嬢様には当主様と結婚式をしていただき、その後初夜を過ごしてもらう予定となっています」
「今からですか? それに初夜って……」
結婚を急いでいることは条件からも理解していたが、それでも予想を遥かに超える展開の速さにピエリスは言葉を失った。
「悪い噂がある中、この身代わりとも呼ばれている縁談をお嬢様だけが承諾してくださりました」
護衛は一度言葉を区切り、深く深く頭を下げた。
「事情はこの部屋に入るまで話せませんが、私達もそしておそらく当主様も全力でお嬢様が幸せに過ごせるようにすると約束します。その約束を信じて結婚を確約していただけるのならば、この部屋に入ってください」
護衛はそこまで言い切ると、頭を下げたまままピエリスの反応を待っていた。