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「申し訳ありません、ユーラリア公爵様! 公爵夫人はこれを貴方に渡すよう言って、囮になってくれたんです」
馬車から飛び出したメディラ令嬢が、リシンに青のブローチを手渡す。ブローチを受け取ったリシンはそれが自分の持つブローチと綺麗に噛み合うことを確認すると、強く拳を握りしめた。
「悪いが、ここは任せてピエリスを助けに行ってもいいか」
そう問いかけるリシンに一度視線を向けて、ライモスは小さく首を振る。
「少し待ってくれ。それでメディラ令嬢、謀反とはどういうことだ?」
「は、はいライモス殿下。伯爵家のパーティーで、フィサリスが杯に睡眠薬を入れて伯爵家以外の貴族達を眠らせました。そこでフィサリスは黒の流れに帰すと言って謀反を表明したんです」
「黒流教団か……。ということは王都の惨状も奴らの? 待て、それなら私達は」
メディラ令嬢の話を聞いてハッと顔を上げたライモスは周囲を見渡す。謀反を起こしたとなれば、王族であるライモスを殺害又は捕縛しようとするはずだ。
王都での騒ぎも伯爵達の計画であるならば、敵はすぐ近くにいると考えて間違いなかった。
「僕が探知しよう」
キアがそう言って手を振り上げる。その瞬間にキア達を中心に突風が吹き広がった。
「北と南に武器を持った集団が複数いるね。それも、かなり近いよ」
「呪物を配置していたことも考えると、私だけでなく聖女も狙っている可能性が高いか」
「ナプスは僕が守るから心配しなくていいよ。けどライモス殿下は……」
「それならボクに任せればいいですよー。これでも、森の民最強の呪術師ですからー」
キアがナプスを背に広場の北側へ、ラシーがライモスを背に南側へと視線を向けて構える。その様子を確認したライモスは一つ頷くと、リシンの肩を軽く叩いた。
「とのことだ。お前は夫人を助けに行くといい。できれば敵を減らしながらで頼むぞ」
「助かる。南側は私が蹴散らして行こう」
リシンは頷くなり即座に馬に乗って広場を南側に駆け始める。それが合図となって、広場に黒装束の集団が現れた。
「皆殺しだ! 全ては黒の流れに帰るために!」
「黒の流れに帰すために!」
北と南の両側で黒装束達が無数の矢を撃ち放つ。
しかし北はキアが生み出した風に、南ではリシンが払った剣の一振りに呼応した水流で矢が散らされた。
「悪いが通させてもらうぞ!」
飛んでくる矢に貫かれ、剣や槍で切りつけられるのも気にせずにリシンは黒装束の集団に突っこみ剣を振るう。傷ついているのはリシンのはずであるのに、倒れ伏したのは黒装束達の方だった。
「くそっ、公爵を攻撃しても意味がない! とにかく王子を殺せ!」
切られ撃ち抜かれてもリシンについた傷は瞬時に塞がる。その状況を見て、黒装束達は通り抜けようとするリシンを見逃すと標的を王子へ変えた。
「残念ですが、もう遅いですよー。『息を殺しなさい』」
ラシーがそう言って黒装束達に手を向けると、ぎゅっと握りしめる。その瞬間木々の騒めきのようにラシーの声が広がり、南側の黒装束達は顔を真っ青に染めて倒れ伏した。
「窒息の呪いだね。あんな凄まじいことは僕じゃできないな」
キアがちらと後ろを振り返って苦笑いを浮かべる。するとナプスがキアの手を握って小さく首を横に振った。
「キア先生なら何でもできます!」
「そうかい? 君が言うなら、そうなのかもね。じゃあまぁ、僕に任せてよ!」
気合を入れた声に合わせてキアが手を振ると、突風が再び黒装束達に駆け抜けた。その風は黒装束達の肺の中にまで吹き抜ける。そして一瞬の内に黒装束達の肺が破れ散った。
「まだ来るでしょうし、貴方達はこのまま養分にしますねー?」
握り締めた手をラシーが開くと、倒れた黒装束の口から蔓草が伸び始めて広場の床全体を覆い始める。
そうして見る間に草木で編まれた砦が広場にできあがった。
「このまま籠城と行きましょうかー」
ラシーは周囲に複数の草木を生やしつつ、広場に次々と現れる黒装束達を見て花の開くような笑みを浮かべた。




