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「これでおそらく最後、か」
リシンは剣を振り下ろし、地面に設置された奇妙な鉄製の円板を破り砕く。その円板は毒の霧を生み出す魔術具だった。
「おそらく使用者らしき死体は……」
未だ毒の霧が周囲に漂う中で、リシンは円板の側で倒れ伏していた亡骸の纏っていた黒装束を剥がす。
露わになったのはその体に無数に刻まれた裂傷の跡だった。
「やはり黒流教団と見て間違いないか」
黒流教団の信徒は血を儀式に用いるために自らを傷つける。黒装束と無数の裂傷跡は黒流教団の証だった。
「謎の行動も多い事は知っていたが、ここまで大規模なことをするとはな」
周囲を見渡したリシンは深く溜め息を吐き出す。
毒の霧は少し前まで王都の城下町全体を包んでいた。風の魔術で飛ばしても絶えず湧いてくる毒の霧を見たライモスが、霧の中に毒を発生させる魔術具があると想定してリシンを呼んだのだ。
「確かにこれは私にしかできないな」
頑強の特性を持つリシンは毒に対してもある程度の耐性を持つ。毒の霧の中に入るしかない状況で、唯一無事に帰還する可能性があるのはリシンだけだった。
「今日は他にも王都が騒がしいが……」
普段とは違う喧騒が周囲から響く城下町を駆けながら、リシンはライモスの待つ広場へと急ぐ。
早く仕事を終わらせてリシンはピエリスを迎えに行きたかった。
「近衛騎士団長リシン、ここに帰還した」
広場に辿り着くなりリシンはライモスへと敬礼をする。周囲を見渡せばその場には騎士やライモス以外にもキアとナプス、そしてラシーがいた。
「戻ったか、リシン。帰って早々で悪いけど、報告をお願いできるかい?」
「あぁ。殿下の予想通り毒の霧を生み出す魔術具があった。観測した物は全て破壊し、使用者であろう教団の亡骸も複数確認している」
「やはり、か。困ったことに教団以外にも貴族が騒動を起こしていてね。呪物が街中に複数配置されてしまった。そのために呪いに詳しい者を呼んだところだ」
「呪いの浄化は任せてください!」
「呪物はボクが見つけますよー」
ライモスがラシー達に視線を送ると、二人は笑顔を浮かべてそう答えた。
「僕もいるけど、まぁこの二人に比べたら実力不足かな。だから護衛くらいにはなるよ」
少し自嘲気味にキアがそう言うと、ナプスは「そんなことないです!」と首を振る。その様子を見つめてリシンは小さく頷くと、ライモスの方へ視線を戻した。
「つまり、私は用済みか?」
「そうなるね。是非とも奥様に会いに行ってくれ」
「わかった」
そうリシンが頷いた時、突然広場に馬車が駆けこんだ。
瞬時にその場にいた全員が馬車へ警戒を向ける。その中でリシンはその馬車を目視した瞬間に慌てた様子で馬車に駆け寄った。
「ベロニカ、止まれ! 何があった!」
「報告します。セイフォンテイン伯爵家が謀反を起こしました。ピエリス様はメディラ令嬢を逃すため囮になり、未だ伯爵邸にいると思われます」
馬車を止めたベロニカからの言葉にその場にいた者達の思考が一瞬真っ白になった。




