5-8
「ちょっとフィサリス! メディラ令嬢に逃げられちゃったじゃないの!」
カルミアがフィサリスを怒鳴りつける声が伯爵邸に響く。黒装束達に連れられて戻ってきたピエリスはその声に顔をしかめた。
「まぁ、いいじゃないか。僕達にはピエリスがいる。彼女がいれば、国の盾であるユーラリア公爵も一騎当千のウォドール辺境伯も手が出せない。その二人さえ抑えられれば、この国にもう恐れる相手はいないんだから」
「それは……そうかもしれないわね。でも、私を馬鹿にしたメディラ令嬢にはやり返してやりたかったのに」
フィサリスの言葉に少し拗ねたようにカルミアは呟くと、思い出したようにピエリスへ視線を向けた。
「まぁ、でも公爵夫人は捕まえたんだものね?」
こつこつとカルミアはピエリスに歩み寄り、にんまりと笑みを浮かべる。そしてカルミアは突然ピエリスの頬を叩いた。
痛みに小さく呻き声を漏らしたピエリスを見つめてカルミアはくすくすと笑う。
「あはは! いいわね!」
「カルミア、殺しちゃ駄目だよ? 人質にならなくなるから」
「それくらいわかってるわよ」
「ならいいけどさ。それじゃあピエリスは地下牢に運んでおいてよ。僕は公爵様のご到着を待ってるからさ」
ひらひらと黒装束に手を振って、フィサリスは近くの椅子へと優雅に座る。その顔は笑顔だったが目は笑っていなかった。
「野心家達は寝てる。危険な二人を止める手段も手に入れた。予想外だったけど、森の子も結局森の民だから聖水で一時的にはなんとかなるはず。後はアレさえ見つければ……」
ぶつぶつとフィサリスの呟く声を遠くに聞きながらピエリスは地下へと連れて行かれる。その横でカルミアは上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていた。
「何見てるのよ?」
ピエリスの視線に気がついたカルミアはそう言って目を細める。けれどそれも一瞬のこと、「まぁ、いいわ」と呟くとカルミアは満面の笑みを浮かべた。
「あと少しで全てが私の思うままになるんだもの」
ニヤリと口を歪めてカルミアは興奮したように頬を赤く染める。
その様子からカルミアもまた正常ではないのだとピエリスは認識して、辿り着いた地下の扉を見つめた。
「この先が地下牢よ。アンタの母親と妹もそこに閉じこめてるの」
「どうしてその二人を?」
「聖水が欲しいって来たからよ。いざとなったらアンタを脅すのに使うつもりだったけど、その必要もなくなったわね」
カルミアは嘲笑を浮かべると、扉を開けてピエリスを蹴り入れる。
「ほら、そこの牢に入りなさい。痛い目にあいたくなければね」
「わかりました」
蹴り飛ばされた体勢から立ち上がったピエリスは素直に頷き、牢の中へと入る。その様子を見つめたカルミアは高々に声を響かせて笑った。
「最高ね。でもまだこれからよ。私をこの前馬鹿にした奴は後悔させてやるんだから」
「一体何をするつもりなんですか」
「そうね……。聖女とか聖水を作れる人は邪魔だから全員殺すのよ。この前の平民は今頃黒流教団に殺されてるわ。メディラ令嬢も後で必ず殺すの。そしてアンタは……」
そこで言葉を止めてカルミアはうっとりとした表情を浮かべる。
「アンタは身代わりよ。私とお父様とフィサリスの身代わり。お父様が王になったらリシンは私の愛人にしてあげるから、安心していいわよ」
うわごとのようにそう呟いてカルミアはぶるりと身体を震わせる。その様子はまるで幸せな夢を見ているかのようだった。
「そんなの……馬鹿げてます。王になったって誰も貴方達になんか従いませんよ」
「従うわよ。だって、呪いを解けるのはセイフォンテインだけになるんだもの。森の子を殺せば大きな戦争になるでしょ? そしたら呪いが国に降りかかる。逆らう奴らは聖水も貰えずに死んじゃうのよ!」
狂気の宿る瞳を煌めかせてカルミアは愉快そうに笑う。自分にとっての輝かしい未来を見つめるその目には、もはや話しかけているはずのピエリスの姿など映ってはいなかった。
「それにフィサリスが言ってたの。強力な魔術具が私の領地にあるんですって。それが見つかったら森の民でさえ私達に逆らえなくなるのよ。そしてセイフォンテイン王国が誕生するの! あぁ、素敵だわ!」
ピエリスに語りかけるでもなく天井に向かってそう叫んでカルミアは恍惚の表情のまましばらく身体を震わせた。
「それじゃあ、アンタはここでリシンが来るのを待ってるといいわ。まぁ、その後でリシンは私の物になるけれどね」
ふと我に帰ったようにピエリスに振り向いたカルミアはそう言い残して黒装束と共に地下牢から去っていった。




