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「奥様が呼ばれたみたいだね、リシン」
「あぁ、そうだな」
ライモスの立つ演壇から少し離れた場所で、ようやく騎士団との話を終えたばかりのキアとリシンが小さく言葉を交わした。
「私がいない間にピエリスに何かあったようだが……どうにかしたらしいな」
「あはは、それはそうだよ。この二週間でそれはもう奥様は成長したんだから」
普段通りの笑みを浮かべていたキアがそこで表情を真剣な物に変えた。
「勉学や修練とかへの努力を苦ともしないんだよね、彼女。ずっと苦しんできたからだと思うと心苦しくはあるけどさ」
「私は、彼女が何をせずとも幸せに暮らしてくれればそれでいいのだがな」
リシンは穏やかに目を細めて、皆の注目を浴びて緊張するピエリスを眺める。その表情は、キアが知る中でも最高と言っていいほどに優しかった。
「お互いに愛し合ってるねぇ。リシンは自由に生きて欲しいと言うし、奥様はリシン様のためになんでも頑張るって言うんだから」
「愛し合っている、か。彼女にとっては、私は嫁がされただけの相手だ。愛してくれる理由は無いだろう」
リシンが苦笑いを浮かべてそっとキアから視線を逸らす。その視線を追いかけるようにキアは移動すると、呆れたような目でリシンを見返した。
「忘れられてたから拗ねてるの?」
「拗ねてなどいない。そもそもお互いまだ幼かった時の話だ。屋台に来たのすら初めてだと言っていたのだから、憶えていなくて当然だ。こちらは平民の振りをしていたしな」
「まぁ確かにリシンの方が年上だし、奥様はあの目立つ髪だからね。リシンが一方的に憶えていても不思議じゃないよ」
にやにやと笑いながらキアはリシンを見上げる。その表情にうんざりしながらも、リシンは小さく首を横に振った。
「そもそも、昔のことは関係ない。私が彼女を好ましく思ったのは、彼女と共に過ごしてからだ」
まだ最近のことながら、リシンは懐かしむようにピエリスと出会ってからの二週間を思い出して微笑んだ。
「……そう思えるのに、相手がそう思ってくれてるとは思わないんだもんなぁ」
微笑むリシンを諦めたような視線で見つめながら、キアは小さく溜め息を吐いた。
「まぁ浮ついた話はここまでにするとして、さっきの話は気にしておかないとね」
「そうだな。黒流教団と思わしき者達がウォート国内で散見される、か」
騎士団からリシンが聞いたのは、教団が何かを企んでいる可能性についてだった。リシンとキアにその話が届いたのには理由がある。それは、リシンの近衛騎士団長という役職とキアの出自に関係していた。
「それだけじゃないよ。王子殿下が……あぁ、今がその話みたいだね」
聖女の紹介が終わり、ピエリスとナプスが演壇から降りる。そしてライモスが何か言葉を発する前に、綺麗な緑の長髪を揺らした少女がゆったりと演壇の上に上がった。




