ウォドール家-5
「……え?」
リアトリスは驚きに声を漏らしてビーデンに視線を向けた。
呪いの痛みが消えたということは、リアトリスが呪いの大元と縁が切れたことを意味する。ビーデンではなく、ルシーかトランが呪いの大元だったのだ。
「それで、いつ呪いはなくなるのよ!」
「もらった聖水も残り少ないんです。まだ治らないんですか?」
ルシーとトランがビーデンを責めるような視線で見つめる。二人の呪いが消えていないことは、その言動からも明らかだった。
「驚いたな。まさかとは思っていたが、呪いにかかっていたのは私ではなかったか。だがこれはこれで一つ問題があるな」
「どうしてルシーとトランが呪いにかかっているか、ですよね」
リアトリスが言葉を引き継ぐように呟くとビーデンは小さく頷いた。
「ルシー、森の民に恨まれるようなことをしたことはないか?」
「何を……。そもそも森の民がどんなのかだって私は知らないわ! どうして私に呪いがかかってるのよ! トラン、まさかアンタが!」
「違いますお母様! そもそも私はこの家から出たことだってほとんどないんですよ!」
「その通りだ。トランがまだ幼い頃からピエリスは体調不良を訴えていた。呪いをかけるのにも条件がある。あの頃のトランに呪いをかけられる者はいないはずだ」
トランに掴みかかろうとするルシーを止めて、ビーデンは静かに威圧感を滲ませた。
「思い出せ。森の民には緑に近い髪や瞳の者が多い。他には……身体に蔓草などの植物を巻いていることも多いか。後は部族を示す植物の紋様を身体に彫っていることも」
「植物の紋様……」
ビーデンが森の民の特徴を並べる最中に、ルシーがハッとしたように言葉を繰り返した。
「憶えがあるか。その者に恨まれている可能性はあるか?」
「あの男が私を……。くそ、くそっ、くそっ!」
突然激昂したようにルシーは口汚く罵りながら机を強く叩いた。その様子を見つめてビーデンは目を鋭く細める。
「男の身体に彫られた紋様を知る、か。痴情のもつれによる嫌がらせといったところか?」
「だったら何よ! 貴方は一度だって私を愛してくれなかったじゃない! だから私は!」
「確かに私は君を愛したことはない。だが、君に不義理を働いたこともない」
怒鳴りつけるようなルシーの声に、ビーデンは静かに言葉を重ねた。
「不本意ながらも私は君を辺境伯夫人として扱ってきた。リアトリスも後継者として、息子として。そしてトランも娘として、な。義理を欠いたのは君の方だ」
「そんなの嘘よ! それならあの子は!」
「君との問答をこれ以上する気はない。その呪いは君の自業自得だ。ウォドール家に関係ないことを確認した以上、二人には早急にこの家を去ってもらう必要がある。リアトリス、二人を外まで案内してやれ」
ビーデンは静かな怒気を滲ませて執務室の扉を開けた。
「ま、待ってくださいお父様! 私は、私は悪くないはずです! なのにどうして」
「そうだな、呪いはトランのせいではない。母娘の縁で呪いが波及しているんだろう。逃れたいならルシーとの縁も切る必要があるが……」
「一人でなんて私は生きていけません!」
これまで勉学や魔術の修練に励むこともなく、ただ家の中で自堕落に生きてきたトランに世を一人で生きる術はない。加えて社交界にも出ずにいたトランは当然母以外に頼る縁もなかった。
「お前を可哀想に思う気持ちはある。だが私は王の臣下だ。署名をした以上、お前に関わる権利を私は持たない。これは、お前の選択だ」
「そんな……。そうと知っていれば私は署名なんて。お兄様なら私を助けてくれますよね?」
妹からの見上げる視線にリアトリスは胸が痛むのを感じる。その痛みには憶えがあった。ユーラリア公爵邸にピエリスを置いてきた時と同じ痛み。それは、家族を見放す罪悪感だ。
そしてリアトリスは、ピエリスの時と同じ判断を下した。
「悪いが、俺は次期当主だ。お前を大切な妹だとは思っているが、王命には背けない。さぁ、外に出るぞ」
「そんな、お兄様!」
悲痛に泣き叫ぶトランの声を頭から追い払うように、リアトリスは水人形を使って抵抗する二人を館の外へと連れ出した。
ピエリスが本当に苦しんでいたこと。妹の仮病。母の不倫。一度に多くの真実を知ったリアトリスは、呪いとは違う頭の痛みに深く溜め息を吐く。
館の外はまるでリアトリスの心中のように空が暗く曇り、土砂降りの雨が降り注いでいた。




