ウォドール家-2
「お父様、呪診師はいつ来るのでしょうか」
リアトリスが執務室に入るなり疲れた顔で問いかける。ビーデンが呪い騒動の始まった次の日の朝に呪診師に手紙を出してから、既に三日が経過していた。
「慌てるな。おそらく今日には来るはずだ」
「しかしお父様、もう既に皆限界なんです」
リアトリスはここ数日を思い出しながら苦々しく吐き捨てる。
母のルシーは痛みで動けなくなっている間はまだ平穏で、多少良くなると金切り声で文句しか言わなかった。妹のトランは頭痛や腹痛だけでなく吐き気にまで襲われているようで、リアトリスはここ数日顔も合わせていない。
そしてリアトリス自身に関しては、最初に感じでいた頭痛を遥かに超える痛みに時折襲われては仕事もほとんどできない日々を過ごしていた。
「そこまで言うのであれば、協会にも聖水や聖女の助けを借りれないか手紙を出しておこう」
「ありがとうございます。ところでお父様、呪いは辛くないのですか?」
平然とした様子で手紙を書き始めたビーデンを見て、リアトリスは訝しむように目を細める。家の誰もが活動できなくなる中で普段通りに過ごしているように見える父がリアトリスには不気味だった。
「慣れているからな。戦場に出れば殺す意思のある呪いもある。単騎でこの土地を森の民から奪った時にはあらゆる呪いがこの身に降りかかった。それで耐性もついているのだ。……それでも、聖水がなければ厳しかっただろうがな」
「慣れと耐性ですか……」
ビーデンの言葉を聞いてリアトリスは小さく頷いた。
思い返せばリアトリスは呪いに苛まれたことがない。初めてだからこそ辛いということもあるのだろうと納得すると同時に、いずれ戦場に出るのであれば呪いに耐えれるようにならねばならないと自らを戒めた。
「失礼します。当主様、客人が参りました」
「来たか。リアトリス、出迎えるぞ」
「はい、お父様」
使用人からの言葉に丁度手紙を書き終えたビーデンが机から立ち上がり、リアトリスと共に館の玄関まで向かった。
「来たか、フィクス」
「おぉ、久しぶりだのう。元気にしとったか、ビーデン」
玄関で杖を片手に立っていた老人がビーデンに顔を向けて朗らかに笑った。
「あぁ、見ての通りだ」
「それはよかったのう。ここに来るのも十数年ぶりか。なんとも大変なことになっとるのう」
「十数年ぶり? ……いや、とにかく呪いの様子を見てもらってもいいか?」
フィクスの言葉にビーデンは一瞬訝しむように目を細める。
しかし丁度その時リアトリスが強烈な頭痛に襲われて呻いたのを見て、ビーデンはフィクスを館の中へ促した。
「ふむ。呪いを診るのも久しぶりだが、まぁ任せい」
フィクスは片眼鏡越しにビーデンを見つめて笑うと、一度小さく頷いて館の中に入った。




