ウォドール家-1
「ちょっと、早く何とかしなさいよ!」
キンキンとした金切り声がウォドール家に響く。その声はリアトリスの母、ルシーが使用人を怒鳴りつけた物だ。
ピエリスがユーラリア家に向かった日の深夜、ウォドール家は未曾有の騒ぎに包まれていた。
「お待ちください奥様! ただいまトラン様も体調不良を訴えておりまして! 私含めて使用人も急に……」
「そんなの知らないわよ! どうでもいいから、早くこの痛みをどうにかしてちょうだい!」
使用人とルシーが言い合う様子をリアトリスは見つめながら、割れそうな頭の痛みに眉根を寄せた。
眠っていたところを急な頭痛によって起こされたのがつい数分前のこと。館が騒がしいとリアトリスは廊下に出てきたところだった。
「お母様も頭痛ですか?」
意味もなく怒鳴られる使用人を庇うようにリアトリスは言葉を挟んでルシーの前に立った。
「リアトリス! そうよ、頭が痛いのよ! 貴方の魔術で何とかしなさい!」
ルシーが今まで見せたことのない険しい表情でリアトリスに詰め寄る。そのまま掴みかかる勢いのルシーから一歩引いて、リアトリスは自らの頭に手を当てながら首を横に振った。
「申し訳ありませんが、痛みをどうにかできるような魔術はありません。たとえあっても、この痛みでは魔術を使うのも……」
「----! 役立たずが!」
声にならない叫び声を響かせてからルシーは吐き捨てるようにリアトリスを怒鳴って地団駄を踏んだ。
あまりの痛みのせいか取り繕うことすらできていない母の醜態を見て、今は話しても意味はないだろうとリアトリスは察した。
「どうやら家全体の様子がおかしいようですので、お父様の様子を見てきますね」
「待ちなさい、リアトリス!」
背後で怒鳴り散らしながら何か話し続ける母の声を無視して、リアトリスは頭を抱えながらビーデンのいるであろう執務室まで向かった。
「入りなさい」
執務室の扉を叩けば、普段と変わらないビーデンの声がリアトリスを出迎える。少なくとも父は母のように乱心しているわけではないと安心して、リアトリスは部屋へと入った。
「失礼します、お父様。実は今、館に住む者達が体調不良を……お父様?」
父に館で起きている異常を伝えようとしていたリアトリスが、訝しむような声を漏らす。その理由は、執務室に居たビーデンの表情だった。
「笑っているのですか?」
常に厳格な表情を崩さないビーデンが、リアトリスの知る限りでは初めて僅かではあるが笑っていた。
「笑っていたか。だとすれば、それはこの左手の痛みのせいだろうな」
「痛いのに、笑ったのですか?」
「あぁ。久しぶりに呪いの痛みが戻ってきたんだ。懐かしくてな」
確かめるようにビーデンは自らの左手に触れて小さく頷く。ビーデンの表情がふと優しく緩むのを不思議に思いながら、痛む頭でリアトリスはどうにか話を理解しようとした。
「呪い……。もしや、館の者達の体調不良は」
「呪いだろうな。この頭痛や気分の悪さには憶えがある。戦場ではよく味わう感覚だ。かなり強烈な部類だがな」
「それが急にどうして……。いえ、それよりも呪いの対処法は?」
「そうだな……。これほどの呪いとなると根本的な解決は呪診師を呼んでから考えるとして、一時的には家にある聖水を配れば何とかなるだろう」
「わかりました。では、使用人に伝えてきます」
「任せよう。私は古馴染みの呪診師に手紙を書いておく」
ビーデンが机から紙と筆を取り出すのを見て、リアトリスは執務室から出ると聖水の配布を急いだ。




