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1-4

「聞いたよお姉ちゃん。公爵家に売られたんだってね」

「売られたなんて、あんまりな言い方だわ。嫁ぐようにお父様に言われただけよ」

「そうなの? お母様からはそう聞いてたんだけどな」

 ピエリスに向けた顔をこくりと傾げて、トランは寝台から起き上がる。露わになったトランの寝衣はピエリスが普段着る服とは比べようもないほどに高価だ。

「あっ、この寝巻もう古いんだよね。そんなに見られると恥ずかしいかも」

 ピエリスの視線に気がついたトランが、シーツで体を隠す。そのシーツさえも高価だ。

 使われている金が違うのだと嫌でもピエリスは理解してしまう。注がれる愛もそれだけ違うのだと突きつけられているようで、少しピエリスは悲しかった。

「トラン、体調は大丈夫なの?」

 ピエリスは悲しさを誤魔化すようにトランへの心配を口にする。

 トランは普段から体調不良によって部屋の中で療養していた。医師からも体が弱いと告げられていたトランは、ピエリスとは違って家族達から心配と愛を注がれているのだ。

 それでも自身が昔から体調不良に苦しめられていた分、ピエリスはトランに対して優しくあろうと心に決めていた。

「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃんこそ大丈夫? 公爵様は恐ろしい人だって噂みたいだけど」

「それは……。でも、仕方ないのよ。お父様が決めたことだから」

 大丈夫かと問われれば、ピエリスは何も言うことができなかった。呪いによって人を襲ったという公爵は恐い。その上、今まで話したこともない相手の家に嫁ぐのだからピエリスには不安しかないというのが正直なところだった。

「まぁ、そうだよね。あーあ、可哀想なお姉ちゃん」

「トラン?」

 トランはわざとらしく悲しそうに顔を歪める。その姿に異様さを感じて、ピエリスはトランに呼びかけた。

「あのお父様にまで追い出されるなんてね。仮病も下手で髪までそんな色、愛されるわけないもんね? ふふっ、これでこの家がわたしだけのものになると思うと笑っちゃうな」

「……何を」

 初めて見る妹の歪んだ嘲りの笑みにピエリスはただ茫然と声を漏らす。

 その様子を見て、トランの嘲笑はより深まった。

「ははっ、お姉ちゃんってば本当に頭が悪いよね。お医者様に健康だって言われても仮病を続けるし、わたしが本当に体調悪いと思ってるし。まぁその分、わたしは良い思いさせてもらったけどね」

 平然と寝台から立ち上がったトランは擦り寄るようにピエリスを抱きしめる。

 今までならばその仕草も小動物の様に可愛いと思っていたが、トランの変貌を見たピエリスには蛇に巻きつかれたような気持ちの悪さを感じさせた。

「トラン、今まで私を騙してたの? だとしたら、どうして今更……」

「だってわたし、お姉ちゃんのこと嫌いなんだもん。どうせ最後なんだし、可愛い妹として送り出すよりもこうした方が面白いかなって」

 人懐っこい笑みでトランは微笑む。その表情はピエリスのよく知る妹の姿と同じだ。ただ、その口から吐く言葉だけが普段と違う。だからこそピエリスには妹の姿が余計に異様に見えた。

「ふふっ、驚き過ぎて何も言えないのかな? ならもういいや。面白い表情は見れたし、後は公爵家で精々頑張ってよ」

 トランはピエリスから手を離して、興味を失ったように寝台に寝転がる。するりと離れるトランに一瞬だけ手を伸ばして、ピエリスは小さく首を横に振った。

 妹の本性を知って驚きはしても、すぐにトランを嫌いになれるほどピエリスは器用ではなかった。

「公爵様に襲われちゃうのかな、それとも殺されちゃったりして。あはっ、面白い噂を楽しみにしてるね?」

「……さよなら、トラン」

 これ以上話しても辛いだけだと、ピエリスは別れの言葉だけを告げて扉に振り返る。その背後では、トランの楽しそうな笑い声がずっと響いていた。

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こちら最近出した短編となります
生贄の少女と森の狼様
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