3-1
「起きてくれ、ピエリス」
ここ数日で聞き慣れてきた声がピエリスをまどろみから目覚めさせる。ぱちぱちと瞬きをしながら横を見れば、優しく微笑むリシンの姿があった。
「あれ……リシン様?」
初夜から特に決めたわけでもなく二人は自然と同じ寝台で寝ている。ピエリスにとって、横にリシンがいること自体は不自然なことではなかった。
ピエリスが問いかけるような声を漏らしたのには別の理由がある。ピエリスがリシンに起こされたのは初めてだったのだ。
「すまないな。普段なら好きなだけ寝かせてやりたいのだが、今日は協会に行く日だ」
「協会……。あぁ! そうでした!」
ピエリスは寝台から飛び起きると、慌てて窓の外へ視線を移す。まだ晴れ晴れとはいかない柔らかな陽光は今がまだ早朝であることを示していた。
「安心していい。まだ六の刻だ」
「よかったです。いつもは九の刻くらいまで寝てしまうので」
痛みもなく眠れるようになったおかげでピエリスは遅くまで寝ていることが増えてしまった。
大事な日でもそうなってしまうのだから、安らかな睡眠とは恐ろしい。そう思いながらピエリスは朝の支度をするためにリシンに部屋から出て行ってもらおうと扉を見つめて固まった。
普段はピエリスとリシン二人だけの寝室に、もう一人女性が扉前に加わっていたのだ。
「え、あれ? 使用人さん?」
「彼女は君の侍女だ。今日のように公爵夫人として活動することも増えるだろうと雇っておいた」
「そう、だったんですね……」
寝起きの恥ずかしい姿を見られたと、ピエリスは顔を赤らめながらシーツに一度顔を埋めた。
「お初にお目にかかります。今後ピエリス様のお世話をさせていただきます、ベロニカと申します」
恐る恐る顔を上げたピエリスに恭しくベロニカはお辞儀をして、自己紹介を済ませた。
「本日は協会へ訪問すると伺いました。身支度を手伝わせていただきますので、公爵様は退室をお願いできますか?」
「もちろんだ。……それではピエリス、外で待っている」
ベロニカに促されてリシンが部屋から退室する。
ウォドール家では使用人からさえ冷遇されていたために世話をされた経験などなかったピエリスは、気がつけばベロニカのするがままに服の着せ替えや化粧に髪の手入れまでを済ませて鏡台の前に立っていた。
服飾店で買ったドレスにブローチをつけた姿は普段と変わりない。そのはずなのに、鏡の中の自分が輝いているように見えてピエリスは驚きに目を見開いた。
「自分で準備するのとは全然違いますね」
「お褒めに預かり光栄です」
ベロニカはそれ以上何も述べることなく、ピエリスの後ろに控えた。
公爵夫人ともなれば誰かを従えることにも慣れなければならないのだろう。そう理解しながらも、ピエリスはちらちらとベロニカを気にしながら部屋から出た。
「ピエリス、支度はーー」
扉の開く音に部屋の前で待機していたリシンが振り返り、言葉の途中で固まった。
「……綺麗だ」
ポツリと、意図した様子もなくリシンの口から言葉がこぼれた。
リシンが外見の良し悪しなどを軽薄に口に出すような人ではないとピエリスは知っている。だとすれば今の言葉は不意に漏れた本音なのだろう。そう思ったピエリスは嬉しいと同時に妙に恥ずかしく感じ、頬を赤く染めながら困ったように微笑んだ。




