2-13
「さて、この道を抜けた先が目的地だ。手を離さないようにな」
「はい、リシン様」
市場から離れてやや落ち着いた雰囲気の道を二人は歩く。それでも行き交う人々は多く、リシンははぐれることのないようにピエリスの手を握っていた。
「着いたぞ」
程なくして服飾店に辿り着いたリシンはピエリスの手を離して店の扉を開けた。
ピエリスは離れた手に少しの寂しさを感じながら店に入り、迎える定員の多さに息を呑んだ。
「ようこそいらっしゃいました、ユーラリア公爵様」
「遅くなったな、すまない」
「公爵様のためでしたら私達は喜んで一週間でも待ちますので謝る必要はございません。本日は奥様の服をご用意したいと伺いましたが、何かご希望はあるでしょうか」
恭しく店員はリシンにお辞儀をして問いかける。
リシンは一度ピエリスに目を向けると、悩んだように小さく唸った。
「服についてはよくわからなくてな。ピエリスは何か望みはあるか?」
「私ですか? そうですね……」
ピエリスは少し困ったように眉根を寄せて考える。
家で冷遇されてきた都合上、ピエリスには服を選ぶ機会がなかった。流行りという知識も当然なければ、好みなどが生まれる経験値すらなかったのだ。
どうしたものかとピエリスは鏡に映る自分を見つめ、そして一つだけ大切なことを思いついた。
「あっ…….。このブローチが似合う服を用意できますか?」
「こちらのブローチですね? 理解しました、それでしたら十着ほどご用意いたしますのでお待ちください」
店員が小さく頷いて店の奥へと消えていった。その様子をちらと見つめて、リシンはピエリスに振り返ると優しく微笑んだ。
「君がそのブローチを気に入ってくれているようで何よりだ」
「リシン様が似合っていると言ってくれて、本当に嬉しかったんです」
ピエリスは大切そうにブローチにそっと触れて微笑んだ。
結婚を約束した時の指輪を除けば、ブローチはピエリスがリシンから受け取った初めての贈り物となる。屋台での楽しかった時間も思い出せるようで、ピエリスはそのブローチを宝物のように愛していた。
「奥様、服をお持ちしました。これらから気に入った柄があればお教えください。その後採寸して、より奥様好みの服を作りますので」
「わかりました。えっと……」
ピエリスは目の前に運ばれた数々の服を見て、ぱちぱちと瞬きをした。ピエリスからすればどの服も悪くないように思えたのだ。
そんなピエリスの心中を察してか、リシンは一度咳払いをして立ち上がった。
「悩むことはない、全部買おう。この店が薦めるのであれば悪いということはないだろうからな」
「いいのですか?」
「構わない。金ならば余るほどに持っているからな」
大胆な決断にピエリスが慌てて問いかければ、リシンは気にした様子もなく小さく頷いた。
「ありがとうございます。こちらの他に、公爵様にもそのブローチに合わせた服がございますがいかがいたしますか」
「ならばそれも買おう。ピエリスの採寸を頼んでいいか?」
「もちろんでございます。さぁ、こちらに」
その後店員に促されてピエリスは採寸を終えると、店の中でリシンが会計を終えるまで待つことになった。
あっという間に高級な服を十着も手に入れたのだという実感も湧かずに、ピエリスは少し気圧された心地で店の服を眺める。
あまり自分が着飾る姿が思い浮かばずにふとピエリスは視線を店の扉に移すと、丁度誰かが店に入ってくるところだった。
「なんだ、お店開いてるじゃない。午前は予定があるとか言ってたのにね」
「多分誰かの予約があったんじゃないのかな。いいのかい、入ってしまって」
「いいに決まってるでしょ? 私はここのお得意様なんだから」
派手な見た目の綺麗な女性と見慣れた男がそんな会話をしながら店に入ってきた。
男と視線が合ってしまったピエリスは、隠れなかったことを後悔する。その男は、元婚約者のフィサリスだったのだ。




