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「わっ、凄い喧騒ですね」
防音性に優れた馬車から出た途端にピエリスの耳へがやがやとした売り子の声や雑踏の話し声が降りかかる。
頭痛に苛まれていた頃ならば苦痛だったろうその騒めきも、元気になったピエリスにとっては活気ある市場の象徴のようで不快には感じなかった。
「朝から昼までが市場の最も賑わう時間だからな。魔術で音を遮るか?」
「いえ、やめときます。せっかくの売り文句が聞けなくなってしまいますからね」
「売り文句が聞けないか。ははっ、違いない」
ピエリスの言葉を繰り返してリシンが声を出して笑う。怖く見えるほど整ったリシンの顔は、笑うと少年のように眩しかった。
初めて見るその表情にピエリスは「あっ」と小さく驚きの声を漏らす。するとリシンの笑顔は心配の表情へと変わった。
「どうした?」
「いえ、その……」
もう少し笑顔を見ていたかった。そう思いながらも口に出すには恥ずかしく、ピエリスは少し視線をさまよわせる。
けれどリシンの瞳があまりに真剣に見つめていたので、ピエリスは観念したように小さく息を吐き出して口を開いた。
「リシン様の笑顔を見るのは初めてだったので、少し驚いたんです」
「初めて? ……そうか、確かに呪いや君の力についてと真面目な話ばかりであまり笑う余裕もなかったな」
リシンは考えるように顎に手を当てて、小さく苦笑いを浮かべた。
「無愛想だとは前から言われるんだ。怖くなかったか?」
「何を考えているのか気になることはありましたが、怖くはありませんでしたよ。悪意があるわけではないとわかってますから」
リシンが怖く見えると言う人達の意見もピエリスには理解できる。
整った顔立ちには迫力があり、国の盾と言われるだけあってリシンは体格もいいため威圧感が強いのだ。見た目だけなら脅威と感じて恐れるのも仕方ない。
そう思うと同時に、少しでも話せばリシンの人の良さがわかるはずなのにとピエリスは口惜しくもあった。
「君が怖くないのであれば、それでいい」
リシンはピエリスの顔にそっと手を当てて微笑む。その表情を見れば、怖いなどと思えるわけがなかった。
意識していなければ気がつけないが、リシンは頻繁に微笑みや小さな笑顔を見せてくれている。その表情に気がつけた自分は幸運だったのかもしれないとピエリスは思った。
だいぶ細切れで申し訳ないです。可能なら本日中に続きを投稿します。
次回更新時にこの後書きは消します。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




