息をするように
声の方を見ると王子セプトが入口に立っていた。
入口付近には、メイドと兵士が三人立って出入口を塞いでいたのだが、セプトが声をかけたことで、場が開けたようだ。
「これは、一体、何の騒ぎだ?」
私の囚われている鳥籠に兵士が入っていることを訝しんでいたら、兵士と目くばせしたメイドがセプトに説明をするようだ。
「あの……ビアンカ様が……その……」
先程見たことを口にするだけなのだが、メイドは目にしたことが未だに信じられないでいるようで、言葉にならず、口をパクパクとさせていた。
それを見て、「他に話せる人はいるか?」と尋ねると、兵士たちも同じような感じである。
「これに驚いたのよ!」
指をパチンと鳴らすと、今度は炎ではなく光を発生させ、セプトの前までシュッとコントロールする。その光で、セプトの顔が暗がりの中でも良く見えた。とても、驚いている。それも、面白いほどに。
「……こ……これは?」
好奇心が強いのか、セプトは小さな光に手を伸ばす。
「殿下っ! 危ないです!」
兵士がセプトの前に出て後ろに庇うが、危ないものを私が出すわけがない。
「危なくなんてないわよ! ただの光ですもの! 触っても何ともないわよ! 熱くもないし……」
「そうか、下がれ。これは、なんだ?」
手を伸ばし、セプトは手元に引き寄せた。「ほぉ」とか「へぇ」とか言いながら角度を変え、じっくり見ている。
「……魔法?」
「そうよ、魔法。今の人たちって、使えないんですって?」
「……あぁ、魔法は使えない」
興味深そうに見ているが、パチンと指を鳴らすとその光は消えてしまう。
「もう下がっていい。あとは、二人で話すから……」
何か言いたげにしていたが、「失礼しました」と兵士とメイドが下がり、部屋にはセプトと二人だけになった。いつものように席に座ろうとしているので、私も窓際からそちらに歩いて行く。
「本、面白かったわ!」
「そうか、何が良かったかわからなかったから、手っ取り早く国の起こりからのものにしたが……他に欲しいものがあるか?」
「うーん。恋愛小説とかあったらいいかな。気分転換に。もっと、古い歴史書は無いかしら?」
「もっと古いのか……わかった。合わせて持ってくるようにしよう」
「あと、ついでに、本棚が欲しいわ! 床に本を置いておくのは、気が引けるから……」
足元に置かれている本を見て、「わかった」というセプトを満足気に見ていた。
「それで?」
「ん?」
「魔法だよ! ま・ほ・う! 本当に使えるのか?」
「……えぇ、使えるわよ? 攻撃魔法や大魔法ではなくて、日常的なものであれば」
「他には?」
少年のように目を輝かせているセプトを見ると、なんだか幼い弟のようである。微笑ましく思い、セプトがワクワクとしているので見せてあげることにした。
「まず、火」
先程メイドが驚いた火の玉がパチンという音と共に現れた。「うわぁ!」と感嘆の声を出して喜ぶセプト。
「水」
「おぉー! 次は水か?」
「ふふっ、触ってもいいよ!」
「本当か?」
「えぇ、ちょっとやそっとじゃ、この水玉は壊れませんからね!」
水玉目掛けて手を翳している。私はセプトの手を取り、受けるように置いてあげると、童心に戻ったのかさらに目がキラキラと輝いた。
風の魔法で蝋燭の火を全て消す。
「わぁ……真っ暗にするなよ!」
「怖いの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「しっかり持っててね! それ」
「あぁ……」
私は水玉の中にそっと風を送りこむ。すると、今まで水だけであったのに中でクルクルと回り始めた。
「お……おい、どうなってるんだ?」
「風を入れたのよ! もう少しだけ、待って……」
「あぁ、別にいいけど……何をするつもりだ?」
「いいもの見せてあげる!」
一際大きくパチンと指を鳴らすと、水の中で小さな光の粒が回り始める。水と光が反射してキラキラと光り、さらに風で回しているため、光玉がゆっくり動いていた。
「セプト、上を見てみて!」
「……上? うぉ、なんだこれ! 天井に星があるみたいだ!」
「いいでしょ、これ! 落ち込んだときとか、こうやって星を部屋に作ると無心で見れて! 見終わった後、ちょっと元気になるの」
「それは、なんとなくわかる気がするわ! へぇー」
「じゃあ、それ返して!」
「えっ? もう、終わり?」
「いつまでも持ってたら大変でしょ? 打ちあげておくわ!」
指でひゅいっと上を指すとちょうどいいところに向かう。よく落ち込んだ日に、こうやって部屋に閉じこもって、一人で見ていたものだ。
「寝転ぶから踏まないでね!」
「あっ? え……? 床に?」
「他にないでしょ?」
ごろんと寝転がると、見下ろしていたセプトも私に倣って寝転がった。「こりゃ、楽だ」と呟く声が聞こえてくる。よっぽど、気に入ったようで、夢中で天井を見ているのを盗み見た。
出会いは最悪だったけど、意外と悪いヤツではないんだな……そんなことを考えていると、セプトはふっと笑う。
「そんなに見られても、何にもないぜ?」
「見てなんかないわよ!」
「へぇー視線感じたんだけど……違ったか」
「そうね……私は天井を見ているわよ! お父様、お母様、お兄様を思い浮かべて……」
「家族か?」
「そうね……私にも家族がいた。いたのよ……私が首を切られるようなことになって、みんなはどうなったのかなって、気が付いてからずっと考えていたの」
ごそっと動いたセプトは、こちらを見ていた。そのことには何も触れず、ただ、天井を見つめる。
「それで、首を切られたって……罪人なのか?」
「……そうね。私、王子が婚約者にしたい子を殺しちゃったことになっていたの」
「はぁ? それで、本当に?」
ふるふると首を振る。
「何もしてなくて、斬首? 調べもしてもらえなかったのか? その王子が上に立つ国は、かなり怖いな……」
「あははは……」
「んだよ、いきなり!」
「おかしくって。私、殺してないわ! 男爵令嬢アリーシャを。侯爵家の令嬢である私が、殺すはずがないもの! もし、そうなら……もっと上手に殺すわよ! 死体も何も残らないようにね! 私、あの日、王子に婚約破棄を言われるためにお城に向かったのですもの。アリーシャを殺して、私に何の得があるの?」
「確かに。それなら、そんな王子なんかより、別のもっといい縁談もあっただろう。もし、王子との結婚が叶っていら……どうするつもりだったんだ?」
「さぁ、どうするつもりだったのかしら? 牢に入れられたとき、100年の恋もすっかり冷めてしまったもの。今更、どうでもいいわ!」
「さてと……」と起き上がると、私はパチンと指を鳴らして蝋燭に火を灯し、暗い光源では寂しいので光を灯すと部屋中が明るくなった。
「まぶ……」
「立ってください」
手を差し出すと、私の手をしっかり取ったので引っ張りあげる。勢い余ってセプトは私に抱きつく形になった。
「バカな王子と結婚してなくてよかったよ」
セプトが穏やかな声で囁く。感傷的になっていたことを気付かれたのかもしれない。
「バカな王子って失礼よ! それでも、私、好きだったのに……」
腕の中で王子のことを思い出していると、「俺の腕の中で、まさか他の誰かを考えられるとは大物だな」と笑い飛ばされた。家族のことを思い出して、感傷的になっていたのだから仕方がない。
今さっき、二人で見ていたものは、そのバカ王子に子どものころ、教えてもらったこと。もっとも、王子は全属性の魔法を使えなかったから、私が補助をしていたのだが……。
「懐かしい想い出くらい、浸らせてよ!」
「ろくな想い出では、ないのだろ?」
「すべてがすべて、そうとは限らないわ! いい想い出もあるものよ!」
少し体を離すと、セプトはこちらをじっと見つめてきた。
「何か?」
「いや、恋愛小説と歴史書と本棚だったな。明日には用意させよう」
「お願いね! あっ! あと、この部屋に魔法かけるから、私に敵意や害意ある人は入れなくするけど、いいから?」
「その方がいいだろう。聖女様」
「聖女じゃないわよ!」
「魔法が使える」
「私の時代では、みなが使えたわ! だから、私は特別でもなければ、聖女でもない」
「今の時代は、魔法を使えないから……ビアンカこそが特別だ」
『特別だ』と言われたことにが胸にじんと温かいものが広がっていく。記憶の最後が『悪女』と慕っていた王子に蔑まれ辛かったからこそ、誰かの『特別』になりたかったのかもしれない。
「不思議なことだ」と呟くセプトに「そうかしら?」と微笑むと頷いた。
「そうだ! もうひとつお願いしてもいいかしら?」
「なんだ? 面倒ごとは……」
「そんなに面倒じゃないわよ!」
「聞いてからだな……願いはなんだ? たいしたことは、聞いてやれないが……」
「何か植物を育てたいわ! 薬草とかでもいいし、お花でもいいわ! 水と土は必要ないから、種か苗が欲しいの! 後は、植木鉢!」
「なんだ、そんなことか……それなら、お安い御用だ。明日、本や本棚と一緒に用意しよう」
「ありがとう」とお礼を言うと、「たいしたことではない」とセプトははにかむ。第三王子だと言っていたので、セプト自身がそれほど、何かできるわけではないのだろう。小さなお願いを言う私にできる限り応えてくれるらしい。
「おやすみ」と頬にキスをして、出ていくセプトの後姿を私は見送った。
明日届くものを考えていて呆けていたので、頬にキスをされたことすら今日は許せてしまえそうだ。
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