儀式への道すがら
「おはようございます、ビアンカ様」
「おはよう! ごめんね、朝早くから……」
「いえ、構いません! これが私の仕事なので。ビアンカ様のご用意ができることが嬉しいのです!」
「まずは、体を清めます」とお風呂に連れていかれる。
「お湯は、もぅはってあるから浸かるわね!」
「本当ですか? すみません……私が用意しないといけないのに」
「いいのよ」と言いながら、貯めたお湯にちゃぽんと浸かると、ニーアが体を洗っていってくれる。薔薇の花びらを浮かせてくれているので、とてもいい匂いがした。その匂いに包まれながら、ゆったりしていれば、隅々まで清めてくれる。
「今日は、肌のマッサージをしてはいけないのですよね?」
「そうね? 帰ってきてから、お願いしてもいいかしら?」
「はい! もちろんです。でも、今日は、こちらに戻る予定はないのですよね?」
「そうね……今日は、城に泊まることになっているわ。晩餐とかいろいろあるのよ。ドレスは、セプトの部屋に用意されているらしいから、儀式が終わったら、そちらに向かうことになるわ!」
「わかりました」と頷き、儀式用のドレスを用意してくれた。真っ白な薄い布を縫ってあるだけの簡素なもの。本来なら、儀式の間のすぐ近くで着替えるのだが、私ははるか遠い鳥籠から向かうことになった。城の中ではあるが、今日は、馬車で移動するらしい。清めたばかりで、城まで歩いて行くとなると……そこそこ遠いので、汚れてしまうだろう。
「準備は整いましたか?」
部屋で待っていたのは、カインだ。今日は、儀式であるので、正装していた。
「カイン、その正装、素敵ね! 近衛のかしら?」
「えぇ、そうです。ビアンカ様の護衛としてついて行きますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げ、元に戻ると二人でクスクスと笑ってしまう。それ程、長く一緒にいたわけではないが、カインからの信頼のおかげか、護衛対象と護衛の関係もうまく付き合えている。
「それでは、聖女様、儀式へ向かいましょう!」
「その、聖女様っていうの辞めて欲しいわ……」
「わかっていますけど、慣れておいた方がいいですよ。これから、社交界へ出れば、否応なしに『聖女様』ともてはやされることになるでしょうから」
「それなら、社交界に出ないって、こともできるかしら?」
「無理だと思いますよ。セプト様の婚約者内定は、国内外に大きく知らしめてますからね……伝説の聖女との婚約だと」
「嘘っ! そんなに大々的に?」
「はい、で、ないと、公爵家が納得いかなかったようで」
私は、セプトに初めて会った日のことを思い出した。重い腰をあげ、せっかく公爵令嬢との婚約が決まりかけたときに、私が空から降ってきたそうだ。セプト以外、私に触れることができなかったから、婚約者が自動的に決まったと言っていたような……気がする。そのころ、セプトのことをよく思っておらず、あんまり、真面目に聞いてなかったので、もうおぼろげであった。
「鳥籠の外も静かでいいところよね……」
「何百年前の聖女様が、自然を好んだそうで、王宮のはずれに隠れ家的な聖女の家を作ったそうです。今ではすっかりその役目も違うものになっていましたが、本来の使い方に戻ってよかったです!」
私は振り返り、鳥籠を見た。生活が一通りできるよう何から何まで整っているこの屋敷は住みやすい。少しだけ歩いたところに馬車が停まっていたので、カインにエスコートされ馬車に乗る。ニーアも馬車に乗ることになっているので、乗り込んできた。扉を閉め、出発! いざ、行きたくもない儀式のために、鳥籠から王宮へと出発した。
カタコトと馬車は走ること少し……。
「緊張、なさってますか?」
「うぅん。緊張なんてしないよ! ただ……嫌だなって」
「この儀式さえ終わってしまえば、殿下の婚約者として、王族に連なるようになるのですよね?」
「そうね? でも、王族になりたいわけではないんだけど。あの鳥籠で、そっとしてもらって、のんびり過ごすのもいいわよね……って、私の我儘かな?」
「はい、全女性の憧れではあると思うので……王子様の妃になるのって」
「ニーアの夢を壊すようで申し訳ないけど……そんなにいいものではないわよ? 常に見られているから、気を抜けないし、王子がダメなところは、やんわり窘めたりするとウザがられるし……令嬢からの妬みとか令嬢の親からの嫌味を一身に受けないといけないし」
「そうなのですね……でも、殿下とは、仲良さげにされているので、私は安心して後ろから見てられます」
ニーアにそんな風に見えているのかと思うと、私は苦笑いをしてしまう。私は、車窓を見ると近づいてくる王宮に懐かしさを覚えた。
「もうすぐ着きますよ! ビアンカ様」
「ありがとう、カイン」
「さっきの話、俺も仲良さそうだと思ってました。あんなふうに笑うセプト様は知らないですからね! 末永く仲良くしてあげてください! 友人からのお願いです!」
「もぅ、私にあの面倒なのを押し付けないでよ!」
私が膨れ、カインとニーアが笑うと馬車が停まる。
「何を笑っているんだ?」
「あなたとの仲がいいって、二人にからかわれたのよ!」
馬車の扉を開けてくれたカインは、まだ、クスクスと笑っている。馬車の到着するところで待っていてくれたセプトが下ろしてくれる。トンっと降り、見上げる王宮。手を翳し、太陽の反射から顔を隠した。
「そんなに薄いのか?」
「儀式用のこれ?」
「あぁ、肌が透けるようじゃないか? これを羽織っていけ。これから、回廊も歩くんだ。すれ違う文官どもに見せてやらなくてもいいだろう?」
着ていた正装用のジャケットを私の肩にかけてくれる。ほんわり、セプトの香水の匂いが鼻をくすぐってく。急に近くにいるよう感じて、どきりとした。
「……ありがとう」
「いや、いいんだけど、顔赤くないか?」
「赤くないよ! セプトの目がおかしいんじゃない?」
私はジャケットに袖を通す。ぶかぶかのジャケットを着ると、セプトが、「んっ」と手を差し出してくるので、その手を取り、歩き始める。見慣れない私を王子であるセプトがエスコートし、後ろに正装したカインとニーアが続く。
王宮では、格好の噂の的となった。それすら、今は、耳に入れないように、ただ、まっすぐ前を見据える。
さぁ、儀式だ。私は、この儀式を経て、セプトの正式な婚約者となる。
この先、何があっても、この手を離さないと誓うのかと思うと、不思議な気持ちになった。
2度目の儀式。今度こそ、その誓いが、死を二人が分かつまで果たされることを密かに願うのであった。
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