9.団長とのふれあい。
テオさんと別れて、団長にケーキのお礼と明日以降のおやつのリクエストに来た。
「だんちょー!」
「ノア、どうかしたか?」
「ケーキありがとうございました!」
「口にあったか?」
「はい、とっても美味しかったです!」
「そうか」
そう言って少し目元を和らげる団長。素敵。
しかし、団長は2メートルぐらいあるから子供の私は首が痛い。
私は美幼女、私は美幼女。よし頑張れトロ……私!
団長の服の裾をつんつんと引っ張ると団長が「ん?」とこちらを見る。
「だんちょ、しゃがんで?」
上目遣いであざとく小首を傾げると、団長が口許を大きな手で隠して照れたように目を伏せる。
きゃわいいー!
ああんもう! どうして貴方はそんなに私を煽るのが上手なの?(※煽っていない)
団長がスッとしゃがんでくれた。優しい。
「えへへ……目線が一緒になりましたねっ」
団長が目をぱちぱちとさせた後少し考えて「……目線が一緒の方がいいのか?」と不思議そうに聞く。
「はい! うれしいです」
「そうか」
面白いものを見るように凛々しい目を細めた。
ああ本当優しいなあ。
私は嬉しくて満面の笑みで団長の頬をツン、と人差し指で押してみた。
少し硬くて張りのある頬だった。
「は?」
団長の目が面白いぐらい高速で泳いでいる。本当可愛い人だ。
「えへへ」
もう一回ツン、と押してみる。
「……何してんだ」
どこか呆れたような顔で団長が呟く。
「すきんしっぷ?」
こてん、と首を傾げると、団長が軽く下唇を噛んだ。
まるでニヤけるのを我慢するような仕草に私の胸はキュンキュンだ。
制止もしなければ避けもしない団長の頬を私はツンツンし続ける。
団長は自分の膝に頬杖をついてそんな私を観察していた。
そんな、まるで大きなワンコが小さなネコにじゃれつかれてもいいようにさせてあげているかのような優しさに私の頬は緩みっぱなし。
「……楽しいか?」
「うんっ」
団長の口角が少し上にあがる。早く子どもに慣れて欲しい私は更に貪欲に責めていく。だって、団長可愛いんだもん。うふふ。
「だんちょーも手だして?」
「手?」
団長が大きな手を差し出してくれたので、自分の手でつかんでゆっくりと自分の頬に持っていく。
団長は目を少し見開いて固まっていた。
ぷに
「う、わ……」
団長の頬がうっすらと朱に染まる。
「団長もツンツンして?」
にししっと笑ってみる。
「は?」
心底意味が分からないって顔をされるとちょっと凹みます。
「ヤ……?」
少しシュンとして聞く。
「~~っ」
団長が深くうなだれた後、力なく顔をあげた。
顔を上げた団長は頬が更に朱に染まっていて、また漆黒の瞳が頼りなげにゆらり、ゆらり、と揺れていた。そして、本当に軽~く、触ったか分からないくらいでツン、と私の頬を触る。
ああんもうじれったいんだから! もっとぐいっと押していいのですよ?
「――温かい」
「へへっ。おかわりください」
団長が非常に優しくピトピトと私の頬を触れる。
ん~、惜しいこれはツンツンじゃないんだよなあ。
えい、と自分の頬から団長の大きくてごつごつした指を迎えにいってみた。
ぶにゅっと自分の頬がくぼむ。
「う、わ……っ。おい大丈夫か!?」
目を見開いて焦ったように私の頬を確認する。念入りに確認して無事なのを確認するとホッと息を吐き出した。そんな簡単に人間は壊れませんよ?
「もう少し強く押してほしくて迎えにいってみました」
「ゆ、指が突き抜けるかと……」
団長が自分の心臓を抑えて、目を伏せる。
かわいい――!!!
なんて可愛い人なんだ。私の中で母性が荒れ狂っている。
そして、なんて素晴らしいギャップなんだ。
危険な男の色気たっぷりのくせに。女なんて食い散らかしていそうな見た目のくせに。雄っぱいが素敵すぎるくせに。初心すぎて、可愛いが過ぎる。
自分の頬を指でぺちぺちとして催促すると、団長がまたツンツンしてくれる。
「――柔らかいな」
そうでしょそうでしょ私の頬は一級品なんですよ!
団長は何かを確認するように硬い皮のごつごつした指で私の頬を繰り返し押す。
せっかくなので口の中に空気を入れて膨らませてみる。
「ぷきゅ」
安定の間抜けな音がした。
団長が喉の奥でククッと笑う。
ああん! そのちょっと悪い大人の感じがする笑い方がご褒美です! しゅてき!
団長はようやく感覚を掴んだようで私の頬を突っついたり、摘んだり、引っ張ったり、と優しげな目で遊んでいる。
ああああ!! 可愛いっ!! なんだこのきゃわいい人はっ!!! あまりにも可愛すぎて頭が爆発して星になりそうです。――そして私は全て未使用のまま星になった。ジーザス。
……とはいえこの煩悩の申し子である私がそう簡単に星になる事は無かった。人は百八つも煩悩があるのである。まだイケる。おかわりタイムだ。
「だんちょー、抱っこして……?」
「は?」
またしてもピタリと固まる団長。
うふふ。かわいいひと!
ぎゅっと眉間に皺を寄せて低く甘い声で唸るように呟く。
「~~っそういうのはテオにしてもらえ」
一見凄く怖いけど、怯えるノラ猫だという事は私には見え見えですよ!
「ノア、だんちょーにしてほしいの」
上目遣いで小首を傾げる。
ここに来てワンショットワンキルの自爆技である幼女ぶりっ子を投入。
ぬおおおおっ! あのトロールがやっているかと思うと死にたいっ!
「~~っ!!」
団長は顔を片手で覆って俯いてしまった。
自爆までしたのにどんな表情をしてるか分からないのは少しつまらない。私が手を伸ばして団長の手をそっと引っ張ると、抵抗なく腕が外された。
手がどかされると危険な男の色気と甘さを煮詰めたような男前が薄っすら目元を赤く染めながら、眉根を寄せて何かを堪えるような切なそうな表情を浮かべていた。獣のような鋭さをもった潤んだ漆黒の瞳と目が合うと、はあ、と小さく掠れた甘い溜め息をついた。
え、エロ…っ
低く艶めいた声が耳と脳を犯す。
私を一途に見つめる整った顔が目を犯す。
五感の全てで快楽に堕とされていく。
眉根を寄せて何かに堪えるような切なそうな表情を浮かべる男は、自分のその表情がどれだけ女に悦びを齎せているのか知らないのだろう。潤んだ漆黒の瞳と目が合うと、はあ、とまたしても小さく掠れた甘い溜め息をついた。
「おい、ノア」
「――はぇ?」
―――――は!?
えっ? えっ? ええええ!?
なに今の!?
脳内に一瞬ピンクの妄想が!!
人生の走馬灯のように一瞬でなんかすごい妄想が流れてきましたけどぉ!?
まさか照れた表情だけで10歳の幼女の脳内にピンクな妄想を叩き込めるだなんて! 恐ろしい!! ヤバイ!! 団長の男の色気がやばい!!
人を殺せるような視線という表現は聞いたことあるけど、人を孕ませるような視線なんて初めてよ!! 自分でも自分の脳内がだいぶエロくて残念な女の子だという認識はあるけど、こんな体験初めて。
え、エロい。孕む。確実に孕む。やばい存在がR-18。今こそぼーっと生きている日本国民に対して言いたい、異世界の団長はエロいぞ、と。
いや、私何言ってんだ。
あまりの破壊力に私は真っ赤になって慄く。
団長はまた眉根を寄せて不思議そうに首を傾げた。可愛い。
「……抱っこ、やめとくか?」
「いえっ!! 是非!! 是非お願いしまふ!!!」
ほとばしる情熱で最後噛みました。
はあ、びっくりした。
団長がサッと手を広げる。あ、私がいく形式ですね。では、失礼して、よいしょっと。
団長が大切な宝物を扱うようにそっと触れる。
こんなふうに扱われて嬉しくない乙女はいない。もうデレデレだ。団長大好き。
団長が目を見開いた。
「柔らか……っ」
あん! 発言には気をつけてください。貴方のバリトンボイスは破壊力がありすぎて、脳内がまたピンクに侵されます。もはや団長がヤバイのか私がヤバイのか分からないけど、もういいや。
私はえへへ、と微笑む。団長がスッと腰を上げると、視界が一気に高くなった。
「軽っ」
団長が真顔で呆然としている。ほんと可愛いなぁ。なのにしっかりとした首の太さとか逞しい胸筋から立ち上る男の色気が半端無い。けしからん。実にけしからん。鼻血でそう。
ツン、と団長の頬を押すと目線をこっちに向けてくれた。
「だんちょ、ありがと」
にっこりと微笑む。本当に優しい人だ。きっといいパパになるだろうに。
「……ああ」
そう言って目を細めて柔らかな笑みをみせてくれる。潤んだ瞳は気づかないふりをした。
私はしばらく黙って、団長の腕の中で高い視点からの景色を楽しんでいた。
いかにも初夏の澄みわたる空も、いつもよりも高い所を吹く風も爽やかで気持ちがよかった。
そよ風が私の髪と白い治癒師のローブをさらさらとなびかせるのに任せて、皆が一生懸命に訓練に励む姿をぼんやりと見つめていた。
「なあ、ノア……」
団長が私をじっと見つめる。
私は続きを促すようにコテン、と首を少し傾げた。
「……黒騎士団専属にならねーか?」
「えっ?」
「黒騎士団専属の治癒師になってくんねーか?」
そう言って、風で乱れた私の髪の毛を優しく耳にかけてくれた。
「えっ、う、嬉しい! あ、でも、私にそんな決裁権限は無くて……」
「いや、ノアがOKくれれば後は俺が進めとく」
「だんちょーが?」
「ああ」
団長が不敵な笑みを浮かべた。
悪そうな顔だけど、心強くてキュンとする。
「じゃあ、じゃあ、これからはずっとここに居れますね!」
団長が眩しいものを見るように目を細めて「ああ、そうだな」と呟いた。
私は嬉しくて満面の笑みで笑った。
「……お菓子は日持ちする焼き菓子がいいです。個人的には素朴な感じの味のものが好きです」
団長が喉を鳴らして笑った。
「ああ分かった。たっぷり用意しておいてやる」
今日も今日とて私はレイド様によって医務室まで運ばれている。毎日毎日ほんと優しいなあ。
「レイド様、もしかしたらもう送り迎え要らなくなるかも……」
「えっ!?」
驚いたように大きな美しい目を見開いた後、ぎゅっと眉根を寄せて不安気に瞳を少し揺す。
「――もしかしたら、黒騎士団に正式に配属になるかも。団長がそう進めてくれるって、さっき言ってくれたの」
えへへ、と笑うと、レイド様もホッとしたように表情を緩めて「そっか。よかった」と笑った。「うん、そう。本当よかった」と私もニマニマと笑う。
「嬉しいの?」
「それはもちろん!」
「そっか」
レイド様の瞳がトロリ、と甘く細まる。
「でも、この時間も好きだったからさみしいなあ……」
「~~っ!!」
レイド様はかあっと目元を赤く染めると、パッと視線を逸らした。
口元が何か言いたげにもにょもにょと少し動いたけど結局言葉にならず、代わりに
「(ばか)」
と、ほとんど吐息のような声で甘く呟き、私を抱き上げてる腕に少しだけギュッと力が籠った。
そんなレイド様があまりにも可愛くて嬉しくって、甘えるようにスリスリと胸元におでこを擦りつけると心臓が凄くドキドキしているのが分かった。
「ノア……」
「ん?」
見上げると苦し気にギュッと眉根を寄せているレイド様がいた。
「それやめて、……可愛すぎるから」
かあっと自分の頬が熱くなるのが分かった。
「え、と……それって?」
レイド様が可愛すぎて心臓が壊れる。やめて、それ以上可愛いの禁止したい。
可愛すぎて心臓が痛いの。
レイド様の潤んだ瞳が子供のようにせわしなく動きまわった後、頬を染めて、恥ずかし気に目を逸らしながらどこか苦し気に小さく呟いた。
「その……すりすりするやつ……」
言い終わると羞恥心に悶えるようにレイド様の喉の奥が小さく「ぅぐっ」と鳴った。
私も心臓を抑えてギュッと瞼をとじた。
殺 す 気 か !
死ぬ。レイド様が可愛いすぎて死ぬ。
息ができない。今、息したら絶対叫んでしまう。
可愛すぎて悶える。
私が自分の息を整えていると、はあ……とレイド様が苦し気にため息を吐いて、ぽそりと呟いた。
「騎士団に配属になったらノアの家まで送っていっていい?」
「ぅ、えっ?」
何そのご褒美! というかレイド様面倒見よすぎません?
「だめか?「だめじゃない!」食い気味に答える。
レイド様がふわっと笑った。
「配属、楽しみだな」
「うんっ!!!」