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8.テオさんとのふれあい。

 王宮の医務室勤務は基本的に非常にひま。

 9割お姉様達とお話ししているだけだ。はい給料泥棒です。てへ。

 お姉様達とのお話は恋バナが多い。


「レイド様を落とすためにはどうしたらいいのでしょうか?」

「え~~? ノアちゃんならそのままで大丈夫よぉ?」

「そうそう!」

「それにしても本当にノアちゃんは変わってるわよねえ」

「不細工好きだもんね」


 お姉様達に生温かい目で見られる。


「誰とも被らないので超幸せです。独り占めできて申し訳ないです!」


 お姉様達は私の話がツボのようで「本当、変わってるわ~」とみんな心から楽しそうにくすくす笑う。 

 でも、そんなお姉様達は私が1人の所を見計らってそれぞれアドバイスに来てくれる。


「(ノアちゃん! 殿方を落とすにはホメるといいらしいわ! 皆には内緒ね?)」とか。


「(百戦錬磨な叔母から聞いたんだけど……、『ベタな言葉はベタなほどよく効く』らしいわ! 皆には絶対に内緒よ? 絶対よ?)」とか。


「(あのね、ノアちゃん。―――殿方はギャップにグッとくるらしいわ!)」

「(ギャップ?)」

「(大人しそうな子が黒いランジェリー着てたりとか?)」

「(らんじぇりー)」

「(ノアちゃんが赤とか黒とか着てたらギャップにイチコロよ!)」

「(あかとかくろ)」

「(皆には内緒ね?)」


 とか、ひそひそ話でこっそり教えてくれる。

 可愛い。お姉様達が可愛い。

 たまにちょっとポンコツな感じがするときもあるけど、そこがたまらなく可愛い。

 この世界はネットも雑誌もないからモテテクとかはとっても貴重なのだ。だからみんなとっても優しくて親切。

 それにしても10歳に赤と黒の下着って……お貴族様はすごいなあ。

 そういう需要もあるのかな?

 ――いや、待て。

 すでに下着を見せ合う関係性に至っている時点でそれはもう勝ち組だ。

 落とし終わっているじゃないか。

 私が知りたいのはそこへ至るまでのプロセスなんだよ、おねえさまー!


 


 そんな会話をしつつ、(ミニトロール)は今日も今日とて黒騎士団に来ている。


 レイド様は私を迎えに来るために抜けるから、いつも到着するとすぐに訓練に行ってしまうので、私は怪我をした団員さん達を治療しながら雑談をする。

 あらかた治療を終えたぐらいにテオさんがこちらへ向かってきた。


「あ、テオさん! 昨日はありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ。おかげで面白いものが見れたしね」


 うふふ、あははと共犯者(わたし)達は笑いあう。

 うん、昨日の団長は可愛かった。全てはテオさんのおかげである。

  

「そういえばノアちゃん、今日はケーキがあるよ」


「え! やったぁ!! ……でもなんで?」


「団長がさ、ノアちゃんが小さいから心配して食べさせようとしてるんだよ。子供だったら普通だって言ってるのに」


 いつも通り優しくて穏やかな声で話しているのに、うぷぷ馬鹿だよねえ、という副音声が聞こえる気がする。


「昨日からさ、何がいいかなってうるさいんだよね。悪いけど明日以降のおやつに関してはノアちゃんから団長にリクエストしておいてくれる?」


 おかしい。いつも通りの爽やかな笑顔なのにちょっとぞくぞくする。


「あはは、わかりました。ははっ」


 乾いた笑いが出てきた。


「あっちに用意してあるから一緒に行こうか?」


「はい!」


 抱き上げてもらうとすぐ近くでテオさんの綺麗な顔が拝めてキュンってする。

 ああ、幼女ってお得。こんなにも気軽にイケメンと触れ合えるなんて。


 一見スマートに見えるテオさんの意外とついてる筋肉に私は結構萌えるんだよね。

 首から背筋にかけての筋肉とか胸筋とかしっかりついてて、カットソー姿になると緩やかな逆三角形の逞しい姿がよくわかる。甘い顔の王子様系イケメンのテオさんが脱いだら凄いって……ごちそうさまです貴方は乙女の救世主です。


 着いた場所は騎士団の事務所だった。 


「なにも無いところでごめんね。さ、どうぞ? 座って?」


 簡易な応接室の椅子に腰を掛けるとテオさんがケーキを持ってきてくれる。


「……っ、ありがとうございます……っ!!!」


 もう本当色んな意味でありがとう。ギャルソン風のテオさんも素敵です。何ここ、騎士団カフェ? いくら払えばいいの? 体で払ってもいいですか? トロールですけどね!

 紅茶まで出してくれる徹底ぶりに私は心の中で涙を流し、神に感謝を捧げた。


「おいし……」


 絶景(イケメン)を眺めながら食べるケーキの罪深いほどの美味しさにまた泣きそうになる。


「そ? よかった」


 テオさんが向かいの席の椅子を引いて長い足をゆったりと組んで座った。

 頬杖をついて軽く首を傾げるとサラサラと前髪が流れる。すてき。モデルみたい。


「昨日の団長は面白かったなあ」


 くすくすとテオさんが笑う。


「可愛かったですねえ」


「ふふっ。本当ノアちゃんって変わってるよね?」


「へへっ。そうですかね?」


 テオさんの爽やかな笑顔を見てると自然と私も笑顔になる。 


「――ねえ、俺にも可愛いこと言ってみて?」


「え」


 そうだ、テオさんは近くから昨日の私の幼女ぶりっ子を見ていたんだ……。

 ぶりっこを他人から冷静に見られるとか恥ずかしすぎる!! 死にたい!! いっそ殺してくれ!


「む、無理です!!」


「なんで? 団長だけ羨ましいなあ~」


 ニコニコと楽しそうに、それは楽しそうに私の事を眺めている。

 いやああああ!!

 いたたまれなさ過ぎて顔を両手で隠す。


「わ、忘れてください……」


「え~やだなあ。可愛かったしね」


 くすくすと嗤うテオさん。

 そうだテオさんは腹黒っぽいって思ってたんだった。

 どうして昨日の私は忘れてたんだああ!


「ほんと、ノアちゃんは可愛いね」


 つん、と私の頬を押すテオさん。


「あう……」


 顔を覆っていた手をどかすと微笑んでいるテオさんがいた。


「ふふっ。本当にすぐ赤くなるよね? 可愛い」


 にこっと優しく微笑まれる。


「うう……」


 く、悔しい!! テオさんを赤くしたい。


 ここに来て私の負けず嫌いな性格がひょっこりと顔をだす。


 赤くなったテオさんとか絶対可愛い。

 あ、見てみたい。すごーく見てみたい。

 ほら、テオさんもああ言っていたし。

 よし、ご希望に沿ってあげようじゃないか!


「ごめんね、赤くなったノアちゃんを見たかっただけだからケーキ食べて?」


 ぶりっこがバレている人に対してぶりっこする羞恥プレイ。まさにドMの所業。

 でも、私の(イケメン好き)の精神を舐めてもらっては困る!

 今日、百戦錬磨な叔母さん(お姉様談)からの情報を得たし、やってやるう!




 ベタな言葉ベタな言葉……脳内で検索をかける――


 しっ 見ちゃいけません


 お母さんとお父さんどっちについていくの?


 お母さんには内緒だぞ


 PTAに報告しますから!


 バナナはおやつに入りますか?


 じゃ、先生が死ねって言ったら死ぬのかよ


 この豚野郎!


 寝るな、寝たら死ぬぞ



 ――だめだ。一度も使ったことないけど確かにどこかでよく見たようなベタなセリフしかこのポンコツな頭からは出てこねぇ。




「ノアちゃん?どうかした?」


 深く思考の海に潜っている最中に唐突に声をかけられた私は――


「しっ 見ちゃいけません」


 完璧だ。――完璧に私はオカンだった。


「え?」


 きょとん、とするテオさん。


 べ、ベタなセリフ―――!!

 あほー! 私のあほー!

 どうしよう。これ、どうやって収拾しよう。 


「て、テオさんに見られると……」


 ぽぽぽ……と頬に熱が集まる。


「ドキドキするから……」


 真顔になるテオさん。


 うあっ! やっちゃったー。

 お、終わった……腹黒の前で更なる恥の上塗りを……っ!


「あ……っと、お茶のお替り持ってくるね」


 真顔のまま気まずそうにスッと部屋を出て行くテオさん。

 私は机に突っ伏した。最悪だ。

 うああああああ!

 なんだよ、「しっ 見ちゃいけません」って!

 さすがにそれは違うよ。そんなことくらい分かってたよお。



 *



 部屋を出てゆっくりと扉を閉める。

 努めて冷静にいつも通りの歩みでここまで来た。


 閉まり切った瞬間に扉に背を付けてずるずるとずり落ちていく。

 その場にしゃがみ込んで片手で頭を抑えた。

 胸にある感情を押しとどめるのが大変で上半身がふるふると小さく震える。

 顔は熱いし、心臓は痛いくらいドキドキしている。


「俺はバカだ……」


 その一言に尽きる。


 可愛い子だと思っていた。

 性格も非常に好ましかった。

 流石に10歳の女の子に恋愛感情なんて抱けないけど、レイドがいなければ俺が囲って大切に大切に育てて手に入れるのもいいな、と思っていた。


 そんな子がいつも自分をちゃんと見てくれることが嬉しくてつい構っていた。

 俺を見る綺麗な瞳は瞳孔が開いていて、それだけで演技ではなく本当に好意的に見てくれているのが分かった。少し接すれば赤くなるところも。潤んだ瞳も。笑顔も。全てが好意を告げてくれる。

 ……そんな反応の全てに救われているなんて本人は思ってもみないんだろうけど。


 普通の人として扱われる。それがどんなに嬉しいか。


 大抵の人間は俺を見ると顔が青くなったり、不快そうな表情になったり、紳士的な人間ですら目を逸らす。だから、まっすぐに自分を見つめてくれる可憐な少女の赤くなった顔を見るのがとても好きだった。

  

「ねえ、俺にも可愛いこと言ってみて?」


「え」


 とたんに顔が真っ赤になる。

 恥ずかしいのか涙目になって震える。

 可愛いなあ……なんて思って反応を楽しんでしまう。


「む、無理です!!」


「なんで? 団長だけ羨ましいなあ~」


「わ、忘れてください……」


「え~やだなあ。可愛かったしね」


 真っ赤になった顔を両手で隠す。


「ほんと、ノアちゃんは可愛いね」


 隠されるとちょっとつまらないんだよね。

 つん、とあどけない柔らかな頬を押す。


「あう……」


 思った通り手をどかしてくれる。可愛い。


「ふふっ。本当にすぐ赤くなるよね?可愛い」


「うう……」


 ノアちゃんが少し眉をひそめた。

 やりすぎちゃったか。


「ごめんね、赤くなったノアちゃんを見たかっただけだからケーキ食べて?」


 ――あれ? 反応がない。


「ノアちゃん?どうかした?」


「しっ 見ちゃいけません」


「え?」


 さすがにじろじろ見過ぎたかな。 


「て、テオさんに見られると……」


 紫紺の瞳が上目遣いで一途(いちず)に俺を見つめ、真っ白な頬がじわじわと薔薇色に染まっていく。

 潤んだ瞳が恥ずかし気に伏せられると、薄く張った氷のように恥じらいがほんのりと浮かんだ。


「……ドキドキするから」


 胸を撃たれたような痛みが走る。

 胸を締め付ける激しい感情が突き抜けて、すぐにそれは激しい波のように全身に広がった。


 ――あ、やばい。

 

「あ……っと、お茶のお替り持ってくるね」


 本能的に逃げた。

 抑えがきかなくなる前に。


 ――そして今扉の前で情けなく蹲っている。


「やばい……っ」


 苦しい。胸が痛い。完全に自分から罠にかかりに行ってしまった。

 俺はロリコンじゃない。断じて違う。だけど――


「可愛い……っ」


 俺に見られるとドキドキするとか、それを恥ずかしげに言うとか――可愛い。可愛すぎる。

 可愛いと思う気持ちが胸の中で溢れすぎて行き場をなくし、体が小さくふるふると震える。こういうのを悶えるって言うんだろうな、と頭の片隅に思った。


 落ち着かせるために、深く深くため息をつく。――とりあえず、お茶作りに行こう。


 *


 テオさんが気まずげに部屋に戻ってきた。

 目を合わしてくれない。

 机に突っ伏していた私は恨めし気にテオさんを見上げる。


「ひどいです、ておさん」


「え?」


「テオさんが可愛い事言ってとか言うから、言ってみたのに……」


 羞恥心でぷるぷる震えて涙目になる。

 この行き場のない羞恥心。八つ当たりさせてください。


「笑うか……馬鹿にしてくれたらいいのに……っ!」


 ああ……泣きたい。視界がじんわりと涙で滲む。


「放置プレイなんてあんまりです……っ!」


「ごめん、ごめんねっ!」


 焦ったテオさんがギュッと私を抱きしめてくれる。

 きゅーん!

 抱きしめながらあやすように何度も何度も背中を撫でてくれる。

 ゲンキンな私はそれだけで機嫌が直ってしまった。

 デレデレと顔が緩む。ばれないようにしっかりと俯いた。


「……やだ……」


 ちょっと意地悪したくなっちゃう。


「赤くなるノアちゃんが可愛いからつい調子乗っちゃった。ごめん」


 苦しげな声でまたさっきよりも強くぎゅっとされる。テオさんはちょいSっ気があるけど基本優しいもんね。えへへ。


「もう…テオさん…きらい……」


 スン、と鼻を鳴らす。


「ごめんね、ごめんね、お願い、嫌わないで?すごく可愛かったよ?可愛い過ぎてちょっとどうしていいか分からなかったからクールダウンしてただけで…。ね?ごめん」


 あれ? 予想以上に必死……?

 いつもみたく食えない感じで来るかと思ってたけど……。顔を上げたらニコニコ笑ってるテオさん居たりして。のっそりと顔を上げると、苦しそうな表情をしたテオさんがいた。


 き、きゅぅぅぅん!!!!!!


「え……やだ……」


 な、なにこれ!? 超超超カッコいい。

 美形の苦しげな顔ってなんでこんなエロいの!? ああん、すてき!


 テオさんが悲しげに目を伏せると睫毛が儚げに震えた。


「ごめん。もう苛めたりしないから……。嫌わないで……」


 む、胸が痛い。キュンキュンし過ぎて。

 いつものにこにこと余裕のある感じとのギャップに私の胸の内は荒ぶっている。

 しかし、イケメン愛好家はイケメンを甘やかしたいのであって、こんな悲しそうな顔をさせたいわけじゃない。この表情もたまらなく好きだけども。ずっと見ていたい気もするけども。やっぱり笑顔がいいよね!


「……うそ。嫌いじゃないよ」


 テオさんの顔を覗くとヘーゼル色の瞳がウサギみたいに不安に震えていた。


「ほんと……?」

 

「うん、ほんと。嫌いになんてならないよ」


 テオさんはおでことおでこをコツン、と合わせて深いため息と一緒に瞳を閉じた。


「よかった……」


 私に嫌われたかと思っただけでそんなに焦ってくれたのかと思うと、すごく可愛い。

 可愛すぎてテオさんのすべすべの頬をなでなですると、テオさんが目を開ける。

 すごく至近距離にあるヘーゼル色の瞳が甘く切なそうに細まる。


「ノアちゃん……」


「ん?」


「いや……何でもない」


「……うん」


 テオさんにまたギュッとされた。

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