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7.レイド様とのふれあい。

 団長との初の触れ合いタイムが終わって、ふと見るとレイド様が訓練を終えて立っていた。

 じっと私を見ているので、なんとなく駆け寄る。

 私が走っていくとフッと表情が緩んだ。


 うっ、不意打ちで胸を撃たれた。その表情好きです。誰か今すぐ私にカメラを!


 意志の強そうな涼やかな瞳にすっと通った鼻梁、厚すぎず薄すぎない形のいい口…王子様というよりはどちらかといえば皇帝っぽい雰囲気。超タイプです。神様ありがとう。

 

 少年が大人になっていく今だけのカッコよさと可愛さとを併せ持つ儚い感じがたまらない。もはや奇跡の生き物だ。尊すぎる。しかも騎士様なんだよ? はああん! 好き! 本当にカメラが欲しい。そんでもって少しずつ成長していく姿の全てを写真に収めたい。何でカメラが無いんだあああ!! もはや走ってるからハアハアしてるのかレイド様の美しさにハアハアしてるのか自分でも分からない。やばい。完全に絵面がやばい。捕まりそう。

 

「レイド様! おつかれさまです」


「ん」


 レイド様はよくこういう短くて小さな返事をする。

 少し気怠げに鼻を通してもらすこの短い返事の仕方がすごく甘く聞こえて私は大好き。


「――ノアは団長の事が好きなのか?」


「へ?」


「……なんでもない」


「好きですよ? テオさんもみんな好きですよ?」


 黒騎士団の人たちみんな好き。みんな優しくて結束力強くて筋肉が尊いの。いつか一緒に飲みに行ったらすごく楽しいと思う。


「そういう好き……?」


「はい」


「ふうん」


 レイド様はいつもみたく色々話してはくれなくてぼんやりと皆の訓練風景を眺めていた。たまに話しかけても、今日は気の無い返事が返ってくる。ちょっとさみしいなぁ。


 この1ヶ月レイド様との進展はない……。スキンシップは治癒する時と医務室までの移動の時だけなんだよね。レイド様の中では私って妹ポジションだったりするのかなぁ。

 幼い時の1年2年の差って大きいもんね。非常にあり得る。

 ――嫌だ。絶対イヤ。妹ポジションで満足できるほど私は謙虚じゃない。彼女っていうか、本命になりたいのです! そんでもってきゃっきゃウフフしたい!


 とはいえ……どうしよう。私の恋愛テクニックなんて『上目遣い』『ボディタッチ』という日本人女性なら小3までに覚える小技しかないというのに。ボディタッチ……かぁ。


 治癒するとかの理由もないのに触れるのってすごくハードル高い。

 どうしようかなぁ、と横目でチラチラとレイド様を確認すると長い指が視界に入る。レイドの様の長い指好きなんだよね。手、繋ぎたいなぁ。繋ぎたい。繋ぎたいでござる。

 世間的には私は美少女(笑)。そしてレイド様は超不細工。ちょっとくらい積極的でも大丈夫だよね。頑張れ私! いけるぞ私! 勇気を出すんだ!


 恐る恐る手を伸ばし、レイド様の人差し指にそっと自分の人差し指を当ててみる。



 ちょん


 

 レイド様はスッと少し手を引いた。


 えっ。


 めきょ、と心臓が潰れた気がした。

 同時に頭からさあっと血の気が引く。

 え、嫌がられた? やっちゃった?

 

 半泣きになりながら、そっとレイド様を見るとその表情に変化は無かった。

 うう……がんばれ私!私はトロー……美少女。危ない。トロールだったら完全に事故だ。そう、私は美少女!多少暴れても大丈夫……だと信じたい! 信じる! よしっ!



 ちょん



 恥ずかし……っ! 顔は熱いし、心臓がうるさい。

 レイド様が驚いたようにこちらを見て――バッチリと黒い瞳と目が合う。

 一瞬見つめあった後、レイド様がバッと前を向いた。



 えっ……無視……?



 ――モウダメ。死ぬ。いっそ殺してくれ。

 そう思った時、レイド様の人差し指が曲がって――キュッと私の指を優しく捕まえた。

 ドキンとひときわ強く心臓が跳ねる。

 思わず顔をあげると、レイド様は横を向いていた。

 でも、ちらりと見える横顔は真っ赤に染まっているし、耳の先まで赤く色づいていて、顔を見なくてもレイド様が照れているのがよくわかった。



  ぴゅあ。

 


 きゅぅぅぅん! 天使だ! 天使が横にいる!

 はあん! 可愛い! イケメンなのにぴゅあぴゅあなその反応に超キュンとします!


 そういう私もドキドキと自分の心臓がうるさいし、じわじわ顔に熱が集まっていく。でもそれ以上に胸に甘くてふわふわとした感情が広がっていく。


 ただ黙って2人で人差し指同士を絡ませたまま時間が過ぎていく。

 さっきまで話しかけても構ってもらえなかったのが寂しかったのに、今はこの静かな時間がすごく愛しい。

 

 指から伝わる温もりが甘くて、意識がどんどん指に集中していく。


 不意にレイド様の親指が私に触れてドキッとする。親指はそのまま動いて、くにくにと私の人差し指をなぞった。

  頬が勝手に緩む。レイド様から触れてもらえる事がまるで私を求められているように感じて胸がキュンキュンとする。

 私もそっと中指を動かしてレイド様の指を優しく撫でた。


 コクっと自分の喉が鳴る。


 今までも抱き上げてもらったり、頭を撫でてもらったりした。治癒の時に色々ベタベタ触ったりもした。でも、それはきちんとした言い訳があった。だけど、これは――意味もなく繋いだ手は、明らかに今までの全てと違う。好きだと伝えるための行動で。恋人たちの遊びの行為だ。



 触れ合ってるところから甘い温もりが伝わってくるのが嬉しくて、子猫が甘えるようにお互いに指をすりすりと優しく擦り付け合う。レイド様も同じように返してくれるのが嬉しくて、頬がだらしなくにやけてしまうのを止められない。そんな顔を隠すように深く俯いた。

 レイド様の指がまたゆっくりと動いて私の中指をそっとレイド様の掌の方へ握りこむ。嬉しくてまたキュンと胸が高鳴る。

 階段を上るかのように

 薬指も

 小指も

 そっと握りしめられた。



 自分よりも大きな手にすっぽりと包まれて、温もりがとても気持ちよくて甘い。触れ合っているところからレイド様の熱が伝わってくるみたいで空気がどんどんと甘さを孕んでいく。もっとレイド様と触れ合いたくて、そっと指を開いて恋人繋ぎにした。触れ合う面積が一気に増えてまた鼓動が大きくなる。


 2人とも黙って、1本1本の指がどんなかたちをしているか何がどこにあるかをひとつずつ確かめるように10本の指を絡めて撫で合った。


 剣を握る長い指は少しかさついていて、手のひらにはところどころ剣ダコがあった。男の子の手なんだなあと実感する。


 レイド様は私の手を指でくすぐるように触り、摘み、軽く押しつぶした。ときどき全体をやわやわと握られて、たまにギュッと握りしめたりする。

  

 そんな愛撫されるみたいな触り方に、なんとなく頭の芯が甘くぼんやりとしびれてきてしまって、ただただフニャフニャと蕩けそうな甘い幸福感に溺れていた。

 レイド様のいい匂いがしてまたうっとりと陶酔してしまう。


 私は匂いフェチ。

 香水の香りも好きだけど、その人の家の香りというか、その人の肌の匂いが好き。

 レイド様は高級ホテルのラウンジのようなとてもいい香りがする。

 甘さと爽やかさの駆け引きされた香りの上にレイド様のお日様のような香りが混ざって、思わず触れたくなるようないい匂い。


 スンスン、と小さく鼻を鳴らしていると、いいお酒に酔ったみたいにますますフワフワとした夢見心地になる。



「何してるの?」



 ――はっ!!!


 気が付いたら視界いっぱいにレイド様の引き締まった二の腕があった。

 サアッと顔から血の気が引く。

 恐る恐る上を見上げる。ニヤニヤと捕食者の顔で笑うレイド様がいた。


「ねえ? もしかして匂い嗅いでた?」


 ば、ばれた…っ!!

 真っ赤になって涙目になる。

 ――終わった。私の変態行動がばれてしまった。

 泣きたい。恥ずかしい。色んな意味で泣きたい。嫌われたらどうしよう。

 ごめんなさい…と消え入りそうな声で小さく呟く。


「別にいいけどさ。どんな匂いだった?」

 

 うえええ!?

 それ聞く? 熱く語れちゃうけど!

 言えるわけない!


「ねえ、どんな匂いだった?」


 優し気に微笑みながら、同じ言葉を圧を強くして繰り返す。


「ねえ、ノア教えて?」


 優しげな表情なのに瞳はしっかり嗜虐的な色が浮かんでいた。

 だめだ。これは逃してもらえないやつだ……。

 私は羞恥心で真っ赤になって震えた。


「……いい匂いだった……」


 そう言うとレイド様が口を覆ってブフッと噴き出す。


「う――! いい匂いをさせるレイド様がいけないと思います! こんな誘惑に勝てるわけがないっ!」

 

「いや、どう考えても汗臭いだろ」


 レイド様がくつくつと笑いながら私の頭を撫でる。


「レイド様の汗は匂いません。イケメンだからでしょうか?」


「いけめん? というか匂いが無いとかないからな?」


 呆れたような顔で諭すように首を傾げる。可愛い。


「いえっ! あります!」


 開き直った私はふんす!と拳を握りしめてレイド様の胸に顔を埋めた。


「ちょ……っ」


 スンスンと鼻を鳴らす。

 胸の奥まで甘くて爽やかな香りが広がって頭がトロンとする。 


「ほら、いい匂いしかしない」


 そう言うとレイド様が少し赤くなって固まった。迷うように少し瞳を動かした後、繋いだままだった私の手を優しく引っ張って、私の首筋にその端整な顔を埋めた。

 スン、と匂いを嗅がれたのが分かった。

 全身が湯だったように熱くなる。

 は、恥ずかしい!

 レイド様の美貌が私の首元にあるのも、匂いを嗅がれるのも全部恥ずかしい!


「……ノアの方がいい匂いがする」


 もう1度スン、と鼻を鳴らす。

 い、いやああああああ!

 バクバクと胸を鳴らしていると


 ペロッ――と温かくて湿ったなにかが触れた。


「ふ、ぁ…っ!」 


 えっちぃ声が出た。


「う、わっ!!ごめん!! ごめんノア!!!」


 レイド様がガバっと顔を離して、しまったとばかりに手で口を覆った。

 首から顔、耳の先まで真っ赤になったレイド様があわあわと狼狽えながら必死に謝る。


 え、舐めた? 

 え、舐めた? 

 え、わたしを?


 何とも思っていない女の子を、妹だと思ってる女の子を舐めたりしないよね?

 叫びたい気持ちをおさえてぷるぷると震えてしまう。

 い、いけるぞ――!!


 びば!美少女!最高だ!

 (トロール)は完全に調子に乗った。


 ますますあわあわとするレイド様。


「最悪だ……っ! ごめん!! 何でもする!!」


 俺様系の顔立ちのレイド様が、切れ長の目を悲痛そうに伏せて、叱られた子供みたいになっている。……なにこれ可愛い。胸がキュンキュンと締め付けられる。


「ええ……?」


 そんな大事じゃないよ? むしろごほうびだよ?

 

「本当ごめん、とりあえず洗いに行こう!」


 水場の方へ向かおうとするレイド様の手を引く。


「いやです」


 今日はこのまま午後を過ごすんだい。


「ええ……?」


 と、レイド様も困ったように眉をハの字にする


「ええ……?」


 ダメな子を見る様な目で見られても、私は洗いたくないよ?

 夜は流石に洗うけどさ。

 

 調子づいた私はレイド様の肩に手を乗せて背伸びをする。……届かない。


「レイド様、しゃがんで?」


 困惑した顔の美少年は私のお願いを素直に聞いて、スッと腰を落としてくれた。


 首筋に顔を近づけるとまたいい匂いがして――ぺろっ、と舐めてみた。


「――は?」


 すっと離れる。私も恥ずかしいし、きっと今は真っ赤な顔をしているだろう。


「――これでおあいこ?」


 ニコッと笑った私の前には、赤くなりながらも何かを(こら)えるような表情をしたレイド様が立っていて、潤んだ黒い瞳が年齢にそぐわない色気を放っていた。



 *




 自分の訓練の番が終わってノアの方を見たら団長と楽しそうに話していた。ノアは何も悪い事をしていないのに、訳の分からない苛立ちがフツフツと胸の内に湧く。


 さっきまで団長達と居たテオがこちらに向かって歩いてきた。


「レイド、そんな怖い顔してるとノアちゃんが引いちゃうよ?」


「……」


「ノアちゃんはレイドのものじゃないんだよ?」


「そんな事ぐらい知ってる」


 くすくすとテオが笑う。


「だからその不貞腐れた顔止めろって言ってんの」


 舌打ちしたくなる。

 自分でもひどく子供じみた態度をとってしまっている自覚はあるので、他人に指摘されると決まりが悪い。俺はイライラする感情を落ち着けるように深く息を吐き出す。


「訓練、そろそろテオの順番だろ。もう行けよ」


「はいはい」


 テオがふふっと笑って去っていく。

 年も1番近くて同じような不細工のテオは、本当の兄達よりも兄弟っぽい。なんだかんだ1番仲がいいとは思っている。 


 

 団長と別れたノアがこっちに向かって駆けてくる。遅い。走ってるのにすごく遅い。けど俺の方にぱたぱたと走って来る姿は可愛いからいつも待ってしまう。

 

「レイド様! おつかれさまです」


 ノアが笑うとまるで花が咲いたかのように空気が柔らかく華やぐ。


「ん」


 ノアの頭をそっと撫でた。さっきの団長の手を上書きするようにぐしぐしと撫でる。


「――ノアは団長の事が好きなのか?」


「へ?」


「……なんでもない」


「好きですよ?」


 グシャッと心臓が潰れたような気がした。


「テオさんもみんな好きですよ?」


「そういう好き?」


「はい」


「ふうん」


 なんとなく面白くなくてノアの方を見ずにぼんやりと皆の訓練風景を眺めていた。


 ちょん


 心臓が跳ねた。ノアの手に俺の手が当たってしまったらしい。

 慌てて少し手を引く。


 しまった。最近距離が近すぎたかもしれない。

 不細工なんだから自重しなきゃいけないのに。


 ちょん


 ん? あれ? また?



 チラリと隣に立つノアを確認する。頬を朱に染めて、恥ずかしそうに下唇を軽く噛んでいるノアと目があった。――指は触れ合ったまま。


「……っっ」


 気がついた瞬間、思わずバッと前を向く。顔に熱が集まる。


 ――手、わざとだ。


 え、ちょっと待て……なんでだ。

 


 すり



 柔らかな指で俺の人差し指を撫でられた。

 ドキドキと心臓がうるさくなり始める。

 ノアはさっきよりも赤くなってギュッと目をつぶった。


 可愛い。


 ノアの人差し指を自分の人差し指で優しく捕まえる。

 ノアが顔をあげてこちらを見た気配がしたけど、恥ずかしすぎて顔を合わせられなくて反対側を向いた。

 ドキドキと心臓がうるさいし、顔に熱が集まっていく。


 ノアから触れてきたし、いいんだよな?

 そういうことだよな?

 勘違いだったら死にたくなるけど。

 いや、大丈夫。

 嫌がったらすぐ離せばきっと大丈夫。


 2人の間に静寂が流れる。

 

 指から伝わる温もりが甘くて、意識がどんどん指に集中していく。


 ――もっと触りたい。


 喉がゴクリと鳴る。

 試しに親指でくにくにとノアの人差し指をなぞってみる。

 柔らかくて、小さい。

 ノアの中指が遠慮がちに動いて俺の指を優しく撫でた。


 そっとノアを見てみると、俯いてしまって表情は見えなかったけど髪の合間からちらりと覗く白い耳が赤く染まっていた。

 むず痒いような甘ったるい気持ちが胸の中で暴れる。――もっと触れたい。


 俺はノアの中指を捕まえた。

 階段を上るようにゆっくりと

 ノアの薬指を捉えて

 小指も捉えて

 そっと握りしめる。


 触れ合っているところからノアの熱が伝わってくるようで、空気がどんどんと甘さを孕んでいく。熱に浮かされたように頭が愚者(ばか)になっていく。


 そっとノアの指が開いたかと思うと十本の指が絡まりあった。触れ合う面積が一気に増えてまた鼓動が大きくなる。

 お互いにずっと前を見て視線は交わらないけど、意識は完全に絡まり合う手にあった。


 やってしまった。――好きだ。

 ストン、と胸の内に落ちる。

 ――ノアの事が好きだ。


 全く釣り合わないから好きにならないように気をつけてたのに。既にどうしようもなく好きだ。

 不細工のくせにずいぶんと身分不相応な人に恋してしまった。


 ……本当は心のどこかで気が付いていた。たぶん出会った時から惹かれてた。

 自覚して認めてしまえば恐ろしいほど強烈にその気持ちは大きくなって溢れてくる。


 動物が愛情表現としてスリスリと体を寄せるように親指でノアの手を撫でれば、ノアも同じように撫で返してきてくれた。

 それが嬉しくてニヤけそうになるのを抑えながら、そっと静かにお互いの手を味わうように優しく指で撫で合う。

 柔らかな小さな手と指に陶然とする。

 胸の内に甘ったるい幸福感が溢れて心臓が痛い。

 口を聞くことも無く、1本1本の指を愛撫するように十本の指と手のひらを使って、どんなかたちをしているかをひとつずつ確かめるように絡めて感じ合って()きつける。2人で絡ませあった指をまぐらわし、いとおしむように(こす)り合わし、じゃれ合う仔犬のようにお互いの親指を押し付けてまた絡め合う。

  

 そんな指遊びに夢中になっていると不意にノアの体が近づいてきた。


 ドキッと心臓が跳ねる。

 なんだろう? 少しずつ少しずつ近づいてきている。

 ん? あれ?


「――何してるの?」


 ノアは悪戯が見つかった子供みたいな顔をして青ざめた。

 可愛い。ニヤニヤと顔を歪めてしまう。


「ねえ? もしかして匂い嗅いでた?」


 真っ赤になって涙目になる。

 泣きそうな顔になって「ごめんなさい……」と消え入りそうな声で小さく呟いた。


「別にいいけどさ。どんな匂いだった?」

 

 顔を青くしたノアが「……ぁ、ぅ……」と言葉にならない声をだす。

 可愛いな。つい苛めたくなる。


「ねえ、どんな匂いだった?」


 優し気に微笑みながら、同じ言葉を圧を変えて繰り返す。

 それだけでノアは真っ赤になって小さくふるふると震えた。


「……いい匂いだった……」


 目を逸らしながら気まずげにそう小さく呟くノアが可愛すぎてブフッと笑ってしまう。


「う――! いい匂いをさせるレイド様がいけないと思います! こんな誘惑に勝てるわけがないっ!」


 子猫が威嚇するような愛らしさを浮かべながらノアが睨んでくる。


「いや、どう考えても汗臭いだろ」


「レイド様の汗は匂いません。イケメンだからでしょうか?」


「いけめん? というか匂いが無いとかないからな?」


「いえっ! あります!」


 ノアがふんす!と拳を握りしめて無防備に俺の胸に飛び込んできた。

 スンスンと鼻を鳴らす。

 改めてされるとちょっと恥ずかしい。

 

「ほら、いい匂いしかしない」


 頬を赤らめてニコッと無邪気に笑う。


 ……可愛すぎて胸が痛くなる。

 どうしてこんなに懐いてくれるんだろう?

 嫌いな奴の匂いとか普通かがないよな?

 ――じゃあいいかな。 

 俺もノアとつないだままだった手を少し引っ張って、ノアの首筋に顔を埋めた。

 視界がノアの真っ白な首筋で一杯になる。新雪みたいで吸い込まれそうなくらい綺麗だった。

 スン、と匂いを嗅ぐと優しくて甘い香りが胸いっぱいに広がって意識が朦朧とする。


「……ノアの方がいい匂いがする」


 もう1度スン、と鼻を鳴らす。白くて可愛らしい花についた朝露のように淡くて可憐な少女の甘い香りに頭がクラリとする。美味しそう――手をつないで頭が愚者(ばか)になっていたのも悪かった。


 ペロッ――と白い首筋を舐めてしまった。


「ふ、ぁ…っ!」 


 可愛い声。もっと聞きたい。

 ん? あ、れ? え?


「う、わっ!! ごめん!! ごめんノア!!!」


 あ、ありえない!

 やってしまった!!

 最低だ!! 死にたい!!

 羞恥心と申し訳なさでいっぱいになる。

 ノアが真っ赤になってぷるぷると震えている。


「最悪だ…っ! ごめん!! 何でもする!!」


 そうだ。ノアが優しいから調子に乗った。

 こんな不細工に舐められて可哀想に震えている。

 終わった。

 もうこれからは今までみたいに接してくれないかもしれない。

 いや、それよりも今はノアだ。


「本当ごめん、とりあえず洗いに行こう!」


「いやです」


 とノアが眉をハの字にして俺を見上げる。


「ええ……?」


 俺も思わず同じセリフで返す。どういうこと……?


「ええ……?」


 とまたしても同じ言葉を発したノアが困った子を見る様な目で見上げてくる。


 ええ? 待って俺の察しが悪いのか?

 顔を手で覆おうと思って気づいた。手がまだ握られてる……?


 ノアが悪戯を思いついたみたいな顔をして俺の手を引いてつま先立ちをする。


「レイド様、しゃがんで……?」


 とりあえずしゃがんでみる。


 ノアが動くよりも一瞬だけ早く、俺はノアの意図を察した。同時に身体じゅうの細胞がわっと一斉にわき立ち、体が固まる。心臓はバクバクと痛いほど音を立てる。


 ノアの可愛らしい美貌がゆっくりと近づく。

 とびきり甘いもので優しく首を絞められるような甘く切ない息苦しさを覚える。

 小さくいい匂い、と呟いた後――ぺろっ、と可愛らしく舐めた。


「――は?」


 本当に?


 ノアがスッと離れる。


「――これでおあいこ?」


 頬を赤らめたノアがハニカミながら可憐に笑った。

 あまりの可愛さに熱いものが胸の奥から駆け上ってきて、喉元を切なく衝き上げて来る。俺は唇を噛んでそれを顎の辺で喰い止めた。やばい。可愛すぎてやば――


『お、お前ら!!! 訓練場で淫らな事はするなあああああ!!!!』


 ノアと2人でびくぅ!!!と肩を跳ねさせる。

 振り返ると休憩時間の一緒だった団員達が生気の失った顔で立っていた。


 見られていたことが恥ずかしくてこれ以上ないほど体が湯だつ。


『みだら……』


 ぽつりと零した声は見事にノアと被って思わず目が会う。

 ノアも首まで真っ赤だった。

 お互いに真っ赤になって目を合わせて――


『……ぷっ』


 と気の抜ける笑いをした。2人でくすくす笑いあう。


「ねえ、レイド様……」


「ん?」


「敬語、やめていいですか?」


「当たり前だろ。それに敬称もいらない」


「んと。様は残す方向で……」


「?」


 ノアがえへへ……と誤魔化すように笑う。

 そんな姿も可愛いので、まあいっかと思う。



 ♢    ♦


(休憩時間の被った団員達)


「え、ちょっと待って。あれ見ろよ」

「え」

「レイドもノアちゃんも…手ぇつないでるだけであんなに真っ赤に……?」

「ぐああああ!!! むず痒い!!!!!!」

「やっべ! 甘酸っぺえ!!」

「うああああ! 見てるこっちが恥ずかしい!!」

「砂糖吐く!!!」

「あああそうだよな、まだ10歳と13歳だもんなっ!」


「……てかさー」

「……なんだよ」

「『王都で1番の美少女が地味でブサメンな俺の事だいすき』とかさ」

「待て。分かった。『完璧美少女の幼馴染はなぜか俺の事大好き』とかだな?」

「なるほどな。『モブが天使なアイドルに告白した結果』とかだな?」

「そーそー。男なら1度は妄想すんじゃん?」

『………』

「くっそ!!」

「まじレイドくっそ」

「死ねばいい」

「ん? 何やってんだあいつら……?」

「ノアちゃんが背伸びし……、舐めた?」


『……』


『お、お前ら!!! 訓練場で淫らな事はするなあああああ!!!!』

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