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5.美中年軍人とミニトロール。

 レイド様と出会ってから一月が経過した。最近の私は休憩時間になるとお姉様達と一緒に医務室を出る。出てすぐにお姉様達と笑って別れる。お姉様達は左に、私は右に行く。逸る気持ちが抑えられなくてパタパタと駆け出してしまう。


 ひっそりとした石造りの高い柱の並ぶ回廊をすぐ右に曲がれば、高い窓から差し込む光線を浴びたレイド様が腕を組んで壁に気怠げにもたれかかって立っていた。これなんていう絵画ですか? いくらですか? 必ず競り落とします。


「ノア、走ると転ぶぞ?」


 レイド様が首を少し傾げて呆れたように笑う。

 かっこいいいいん! そのアンニュイな雰囲気がエロいです。

 迎えに来てくれる時は黒い騎士服の上を着用してくれているのもかなりポイントが高いです。帰りはカットソーだけだったりするときもあって二度美味しいですありがとうございます。


「転んでも自分で治すし大丈夫!」


 そう言うと、くすっと笑って壁から体を起こして私を横抱きにする。静かな回廊に腰に指した二本の剣だけがカチャと静かな音を鳴らした。


「でも痛くない方がいいだろ?」


 顔を覗かれて諭すように微笑まれて、私は頬が染まってしまう。


「……また照れてるの?」


「うー、だって……」


 こんな美少年に抱き上げてもらえるとかご褒美ですし、でも自分の中ではこんなデブスでごめんなさい重たいですよね、という申し訳なさがあるのですよ。言えないですけどね!


 そんな私をレイド様はニヤニヤと意地悪そうな顔で見ている。ちなみに揺れも音もしないけどレイド様はサクサクと訓練場に向かって歩いている。

 あと、革靴で大理石の上を歩いてるのに音がしないってどういうこと?


「ふつうは俺みたいな不細工に触られたら顔を青くするか歪めるんだけど……ノアは警戒心がなさ過ぎて心配。変質者には気をつけろよ?」


 私がユルユルなのはレイド様だからです。届けこの想い!!


「……あと、テオにも気をつけろ」


「ん? テオさん?」


「………歳が近いから」


 きゅぅぅぅん!


 なにこれ嫉妬?

 う、嬉しい!

 恋! 恋の種が育っていますよ。うへへ。





「はあ……レイド様が今日も尊い……」


 男の子の真剣な表情ってどうしてこんなにもかっこいいのだろうか? ちなみに今日は二対一でレイド様が二十代くらいのイケメンふたりと撃ち合っている。


 レイド様は13歳にして実力は騎士団で10本の指に入るというから驚き。超超美少年の上に強いとか。ああん! しゅてき!!


 それにしてもここは本当にパラダイスだ。どこを見てもイケメン騎士様がいる。バラエティーに富んだ色んなイケメンがひしめき合い一所懸命に鍛えている…ここが桃源郷か。まじ楽園。痴女は今日も堂々とエロい目で貴方達を愛でています。


 だけど、騎士団に一ヶ月程通っていて気になる事がある。それは……団長がいつまで経っても私と目を合わせてくれない事だ。いつも(トロール)の事は視界の端でぼんやりと認識してるぐらいだろう。もしかして団長は私のことを嫌いなのかな? あのデブス毎日来やがってみたいに思ってたらどうしようかな。一応治癒(仕事)もしてるけど邪魔だった…? やだ、イケメンに嫌われるとか泣ける。


「ノアちゃんどうしたの?」


「テオさん……」


 甘く微笑みながらしゃがんで目線を合わせてくれる。優しい。自然と幼女と目線を合わせてくれる人って少ないんですよ。


「団長って私の事が嫌いなんでしょうか…?」


「どうしてそう思うの?」


 テオさんがキョトンと軽く首をかしげると緑色の前髪がさらさらと流れた。木漏れ日のようなエメラルドでとても綺麗。優しげなお顔とよくあってる。


「一度も目が合わないんですよね」


「…なるほどね。それは面白いね?」


 テオさんがにっこりと微笑む。ああ…垂れ目のテオさんが微笑むとすっごく甘くてキュンとします。


「ねえノアちゃん、一緒に団長の所に行ってみようか?」


 少しいたずらっ子みたいな響きを含ませてそう言うと、私の返事を聞く前に縦に抱き上げてスタスタと歩き始めた。明らかに団長の背後から忍びよっている。


「(10秒くらい息を止めててね?)」


 私はこくりと頷いた。


「団長…」


「あ?」


 テオさんによってライオンキングのオープニングシーンのように掲げられた私と振り返った団長の目が合う。

 ズサっとすごい勢いで団長が私から離れて顔を逸らした。


「てめっ……テオ!!」


「ふっ……くくっ……あ、やばい…ごめっ……」


 テオさんはすぐに私を縦抱きに戻してくれて肩を震わす。


 ひたすら肩を震わせるテオさん。

 団長は苦々しくテオさんを睨んでいるけど、私を見ようとはしない。


「(団長に私の事嫌い?って可愛く聞いてみてよ)」


 あっ。テオさんヤメテ。

 耳元でこしょこしょ話されるのは苦手なの。

 くすぐったくてぞくぞくするの。

 (いわん)やイケメンをや。

(ましてイケメンだったらなおさらだ)


 私は目だけでテオさんに頷く。


「だんちょ、わたしのこと……きらい?」


 目をうるうるっとさせて上目遣いで小首をかしげる美幼女(ミニトロール)。舌足らずな話し方で攻めてみた。おえっ。


 団長はこっちを見て一瞬ぽかんとした後あわてて顔を逸らして


「嫌いじゃねえよ……」


 と眉間の皺を深くしてバリトンボイスで苦々し気にぽつりと呟いた。


 私はその光景に心が震えた。

 団長の耳が赤く染まっていたのだ。

 

 え? え? なにこの人。


 かんわいいいい!


 私とテオさんの視線が自然と絡む。

 私は慈愛をこめて微笑み、テオさんも花が咲いたようにふわりと笑った。

 ――私たちの間に会話はいらなかった。


 瞬間2人でニヤっと同時に黒く笑う。



 テオさんが団長との間合いを一瞬で詰める。


「テオ!! いい加減にしろ!!」


 怖い顔で睨みながらサッと距離を取る団長。

 しかし、もはや今の私には威嚇しながら震えるノラ猫にしか見えない。可愛い。可愛すぎる。

 

「だんちょ、どうしてにげるの? 逃げちゃ、ヤ……」


 今にも泣きだしそうな顔をする美幼女(小トロール)。あわあわと固まる醜男(美中年)


「逃げちゃだめ」


「うっ」


 固まる団長に私はノリノリである。

 客観的にみたらデブスの幼女にしつこく追いかけられて戸惑う美中年という恐怖映像だけれど、そこは(イケメン好き)のメンタルで乗り越えてみせる。


 テオさんが私を抱き上げて、いい笑顔で間合いを詰めてくれた。これでやっと団長さんと目が――合わない。片手で目元を隠されてしまった。でも隙間から少し覗く目は恥ずかしげに伏せられて頬が薄っすら朱に染まってる。可愛い。なんだこの可愛い人。

 

「テオ、止めろ……っ。ノアが泣く……!」


 腰にクるような低く甘い声で必死に制止を呼びかける団長に嗜虐心がそそられる。

 

 私がそっと手を伸ばすとびくぅっと面白いぐらいに肩が跳ねた。

 私が微笑んでそのまま両手を団長の頬に添えるとピシッと固まる。

 テオさんはさっきからずっと笑いを堪えてプルプル震えている。


「どうして? 泣いてませんよ?」

 

 (トロール)は嬉しくてにっこり笑う。


「……」


 はあああ。近くで見ると本当カッコいい。男らしい形のいい太い眉、獣のような鋭さをもった切れ長の目、高くしっかりとした鼻や顎に、厚い唇。危険な男の色気と甘さをたっぷりと詰め込んだ超ド級の男前だ。年月がこの人の色気を研ぎ澄ませていったに違いない。神様ありがとう。


「……」


 短く切りそろえられた髪も瞳も黒。逞しい上腕二頭筋は太くてガチガチだ。精悍なその顔は私を睨んだまま固まってる。でさ、さっきから気になってたんだけど――


「だんちょ、息してなくない?」


「うん。してないね」


「もう1分ぐらい経ったよね? そろそろ死んじゃわないかな」


「殺しても死なないから大丈夫」


 ニコッと後ろでテオさんが黒く笑った気配がした。


「だんちょー?」


 団長の頬をなでると、ハッとなって、視線が頬に添えた私の手からゆっくりと私の腕を伝って私を捕らえた。


「あったかい……やわらかい……手……?」


 そう(かす)れたバリトンボイスで呟いた。やんっ! エロい孕む!


「やっと、目が会いましたね」


 私がニッコリ笑うと、顔が薄っすらと赤く染まった団長の口が「は?」と言わんばかりに少し開く。


 そんなお顔も美しいです。


 手が力無くどけられ、強い漆黒の瞳が私を見据えた。


「ノアは俺の顔を見ても平気なのか……?」


「もちろんです」


 むしろずっと見ていたい。

 頬ズリしてもいいですか? セクハラ? 外見は幼女なので見逃してください。


「……っ、無理しなくていい。お前が優しいやつなのは知ってる。だから無理に顔を見たりしなくていい」


 団長の黒い瞳が、風に吹かれる木の葉のように頼りなくゆらり、ゆらり、と揺らめく。強い1人の男性に似つかわしくないその瞳の動きが、ひしひしと私に団長の孤独とか悲しみとか怯えとかを伝える。


 この世界は美醜に厳しい。


 前世だけでも分かるよ。


 辛いよ。

 気にしないようにしたって、心無い一言や冷ややかな周囲の反応は剥き出しの心を滅多斬りにするし、そういう傷って多分一生癒えない。超美形の団長は想像を絶するような悲しい思いをいっぱいしてきたんだろうな……。


「無理なんてしてない。私は団長の目が好きです。団長と目が合わないと嫌われているのか不安になります」


「それは悪かったな。だけど、顔は見ていて気分がいいものじゃないだろう? あえて見なくていい。俺はそれで慣れてるからな。適切な距離、ってやつだ」


「……。テオさん下ろしてください」


「ん? はい」


 テオさんは面白そうに目を細めた後、私を地面にそっと下ろしてくれた。


 団長が目をつむって重々しいため息をついた。


「……テオ、お前後で覚えておけよ?」


「ふふっ。そういえばもうすぐ財務部との会議がありましたね? 誰が折衝するんでしょうね?」


「もういい……」


 再び重いため息をついた。

 なんだろう、テオさんの笑顔がちょっと怖い。


 私は私のしたいことをすべく団長さんのすぐ近くに行って手をそっと握った。


「えへへ、手、おっきい……」


 分厚くてゴツゴツしてて、でも指は長くて……もう手まで色気たっぷりですね? 好みです。


「ノ、ア?」


 驚愕の顔をしてこっちを見てる。


「私は団長の顔が好きです。だから見ますし、無理なんてしてませんから!」


 そのまま団長の大きな手を自分の頭の上に置く。


「なでなでして……?」


「……は?」


「だんちょーのこと好きだから、ノアなでなでしてほしいっ!」


 くらえ幼児ぶりっこ!

 ぐえっ。私は自分で自分の精神にとどめを刺した。

 まさに1ショット1キル。死にたくなるような羞恥心に襲われます。


 しかし、弱々しい瞳をした美形を放って置くなんてイケメン愛好家じゃない。

 私は団長をドロドロに甘やかしたい!


「は?」


 あんな羞恥プレイをしたんだよ?

 これで反応が返ってこなかったら私羞恥心で死ぬからね? ね? だんちょーお願い。


 私の願いが通じたのか団長は一度、数センチ単位で手を動かしたかと思うと、びくりとして手を離した。しかし怯えたと思わせたくないのか、戸惑いながらも再び大きな手をそっと私の頭に乗せた。何だか猛獣が恐る恐る懐いてくるみたいで可愛いなあ……と思いながら、私はニマニマと見守った。


「ノアは、そんな細い首で生きていけるのか?」


「えっ……?」


 私がパッと顔を上げると困惑したような顔の団長がいた。


 えっ? トロールに対して……細い首?


「手も小さいし、肩も小さい。食べてるのか?」


 おいおい、そりゃないぜ?

 みてよこのわがままボディ!

 嘘みたいだろ……? どんなに断食しても減らないんだぜ?


 この時、私はこの世界の美醜感ではなく自分の目が狂ってるのではないかと半ば頭が()きそうになった。


「えと……とりあえず食べてますよ?」


「俺が触ったら壊れそうだ……」


 壊れているのは自分の目か、それとも世界の美醜感なのか、はたまた団長の目なのか、私は意識が遠くなった。絶句した私に救いの手を差し伸べてくれたのはテオさんだった。


「ちゃんと可愛らしい二重顎ですし、子供はだいたいこんなものですよ?」


 あ、よかった。壊れてるのはこの世界の美醜感か私の美醜感だ。目は無事だった…。

 けど泣きたい。イケメンに二重顎を指摘されている。泣きたい。

 なんだよ可愛らしい二重顎(笑)って。ホメられてるのに全く嬉しくない。

 ……心に潤いが欲しいな。


「だんちょー、もう一回撫でてください」


 団長の瞳がうっすらと潤む。


 ――適切な距離、ってやつだ。


 そう団長は悲しげに言った。

 私には団長の心は分からないし、想像する事しかできないけど――多くの人から(うと)まれ蔑まれる――自分は誰からも求められない存在だって、見捨てられているんだって感じて。孤独だよ。そんなの辛い。

 

 孤独ってさ、無人島にあるんじゃなくて人と人の間にあるんだよ。1人でいて感じるものよりも、周りに人がいるのに感じる孤独の方が何倍も辛い。


 だからさ、私の気持ち受け取ってよ。

 私は団長のこと好きだよ?団長も嫌いじゃないなら仲良くなろ?


 

 団長は眉間の皺を濃くしたまま揺蕩う瞳で私を捉え、口を開けてまた閉じた。


「だんちょ、おねがい」


 ――触って? 嫌がらないから。

 適切な距離なんて悲しい言葉で片付けないでよ。


 はあ……と深いため息を吐くと、ぽそりと呟いた。


「痛かったり、嫌だったりしたら言えよ?」


 急に眉間の皺がとれて、呆れたような顔で優しく微笑むから胸がキュンと鳴った。

 それからひどく優しく、繊細なガラス細工を扱うかのようにそっと撫でられる。


「えへへへ」


 こんな美形に不器用な優しさを見せられてデレデレになった私はだらしなく笑ってしまう。

 テオさんは何か納得したように笑って静かに離れていった。


「だんちょ、おかわりください」


 少し潤んだ漆黒の瞳は見てみない振りして欲望に忠実におねがいした。

 美幼女(笑)だもん。いいよね?


「……お前は変わってるな」


 団長は口を開けたかと思うとすぐに閉じて、少し逡巡してからそう小さく呟いた。泣きたいような笑いたいような安堵のような複雑な表情に顔を歪める。そんな普段決して周りに見せないような頼りない顔がわたしの母性本能を揺さぶる。


「レイドの事もそうだけど。……もしお前がいたら……」


 団長は言葉を切ると、一瞬決まりの悪そうな顔をして「糞……っ」と苦々しく呟く。すぐにいつもの少し悪そうな顔になって、私の頭をそっと撫でた。


「もう()けねーよ。じゃあな」


 口許を歪めて笑って、そっと去っていった。

 はうん! カッコいい。

 きっとさっきまでの団長はもう二度と見れないんだろうけど、強い男の弱い部分が見えるとか本当一生の思い出です。心のアルバムのお気にいりに登録して、たまに思い出して悶えさせていただきますありがとう。



 

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