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4.紫色の女の子(ミニトロール)


 自分で言うのもなんだけど、私は王都の下町でかなり可愛がられている。

 飾っておきたくなるような美幼女であり、珍しい聖属性魔法の使い手であり、教会を通さずにこっそりと無料でお金の無い人を治癒してるから『天使』とか言われてる。え?羽の生えたトロールとかゆるキャラ超えて害虫だよね。駆除されそう。


 客観的に見れば無償で人のために尽くす天使(ミニトロール)



 が、しかし、私はそんないい子ちゃんでは無い。

 前世は『無償奉仕(ボランティア)』という言葉が嫌いだった。無償奉仕なんてセレブとかが自分の評判を上げるためのパフォーマンスだと思っていたし、それこそ無償奉仕の対価としてきちんと評判やブランド力を受け取ってるじゃん、とか思ってた。


 でも――それは恵まれた日本という世界で育ったから言えた傲慢で暴力的な考えだったと今では反省している。

 本当に困ってる人なんて見たことが無かったから言えた。

 飢えて死にそうな人なんて見たことが無い。

 病気にかかってるのに病院に通えない人なんて見たことない。

 ぐったりとした子供を抱えて泣いているお母さん。

 大切な人を助けてもらいたくて必死に懇願する男の人。

 手を差し伸べずにはいられなかった。

 私が治せるのに――通り過ぎて、翌日道端でその人が死んでたりしたら絶対に私は後悔する。きっと自責の念で寝れなくなると思う。そんなの楽しくない。私は頭を空っぽにしてイケメンときゃっきゃうふふしたいのだ。その為には周りの人にもちゃんと幸せでいてもらいたいのだ!周りが幸せじゃないのに一人だけラブコメファンタジーとか言えないよ。


 何が言いたいかと言うと、私は特別な人間じゃない。たぶん日本人が異世界転生したら皆『いい子ちゃん』になると思う。日本人のメンタルではきっと見捨てられない。異世界転生して気がついたけど、わたし日本人好き。みんないい人。あい らぶ じゃぱん!



 


「こんばんはー!」


「ノアちゃん!ごめんね、またお父さんに飲ませちゃった」


 私は酔いつぶれた父を酒屋に迎えに来ている。


「いいですよ、どうせ暴れたんですよね?いつもごめんなさい。けが人は…?」


「今日は大丈夫よー」


 私はお金を支払う。父はお母さんが死んじゃってからガチのアルコール中毒だ。


「嬢ちゃんのお父さんなのか…?」


「そうですよ?」


「その……お父さん……重荷じゃないか?」


「まあ、そうですね」


 しれっと答える。酒場のお客さんが気まずそうな顔をするので、心配すんな☆と(トロール)は微笑んだ。


「正直父親としてはダメ過ぎますが、妻を亡くして駄目になってる男と思えば可愛いものがあります」


 (小トロール)父親(大トロール)の髪を撫でる。自分と同じ薄紫色の綺麗な髪だ。


「幼い時の記憶が無かったら父を見限っていたと思います。でも、私にはちゃんと幸せだった頃の記憶があります。父は――母を心から愛してましたから。自分が壊れてしまうくらい誰かを愛せた父は幸せ者です」


 私は前世そこまで人を好きになったことが無いから父が少し羨ましいし、結婚してもずっとラブラブだった両親には憧れがある。いいよね永遠の愛!

 まあ、ヤンデレ気味だった父がお母さんを失ってしまえばこうなる事は0歳の頃から悟っていたしね……。お母さんが父に私をお願いしていなかったら秒で後を追っていたと思う。

 それにお酒に逃げる気持ちもすごく分かる。前世は1人でワインボトル2本を空けた後にハードリカーまで飲む酒飲みだったから。もちろん、トイレをジャックしたこともあるし、記憶を飛ばしたこともある。だから父のことは前世の業の深さが招いたものだと思って受け止めてる。


「私も……そんな恋をしてみたいな……」


『できる!!できるよお!!変な奴からは守ってあげるから!!!』


 酒場の女将さんやコックさんや常連さんが泣きながら叫ぶ。てか、私に聞いてきたおじさんめっちゃ号泣してる。

 ――もう。酔っぱらいはすぐ泣くんだから。前世の私を見てるみたい!!みんな愛してる!私も早くお酒飲みたい!反省はしてもやめられないんだよね~。



 自分で言うのもなんだけど、俺は黒騎士団でかなり可愛がられている。

 最年少で騎士団に入る才能と伯爵という家柄を持っていながら決して光をあてられない存在(不細工)、という事にかなり同情してもらってる。

 あと黒騎士団は不細工ぞろいだから皆不細工であることの辛さを知ってる――ゆえに心に傷を持つ者同士、同類に対する謎の結束力がある。


 だから突然現れた藤色の髪の美少女に最初は警戒する人間も多かった。


「レイド、お前貴族だから狙われてるかもしれない……」


「――そんなことないと思うけど」


 10歳の女の子になにを思ってるんだろう。

 ノアが狙うならこんな不細工じゃなくてもよりどりみどりだろうが。

 ……そもそもノアはそんなやつに見えないし。


「だぁっ!! お前もそのうち分かる! 俺らに近づいてくるのは皆金目当てなんだよ!」


「いや、例え金目当てだとしても俺はいいと思う。あんなに可愛い子にお前みたいなのが構ってもらえてるなんてもはや奇跡なんだからな! 楽しめ楽しめ! そんでもって傷つけ! 慰めてやるから!! 胸ぐらい貸してやるぞ」


「……いらねえ」


「俺も楽しんどけ派だな。俺達みんな一度は騙されてるもんなぁ。こういうのは一回身をもって経験しないと分かんねーんだよ」


「そういうお前は何度も騙されてるけどな」


「くっ…今度こそ本当だと思ったんだよ……なんでだジェシー!!!」


「――」


 そんな状況を一番心配していたのは団長だった。

 俺の知らない間に団長と何人かでノアの素行調査が行われていた。


「ノアは天使だった……」


 ある日団長が虚空を見つめながら俺にそう言ってきた。


「天使って……」


 確かにそう思うけど……。

 人のこと言えねぇけど、団長のその顔からその言葉は聞きたくなかった。

 似合わなさ過ぎて鳥肌たった。


 他の素行調査してたやつが皆に話しまくる。


「なんなの。あんな子いるの? 町で天使とか呼ばれてたけど超納得」


「帰り道に乞食のおじさんにリンゴあげてたんだ……」


「毎日誰かにお願いされては無料で治癒魔法かけてるんだ……」


「てかあの年でアル中のお父さんを養ってるんだ!」


「泣ける!」


「でさ、変装した俺が『重荷じゃない?』って聞いたらさ『正直父親としてはダメ過ぎますが、妻を亡くして駄目になってる男と思えば可愛いものがあります。自分が壊れてしまうくらい誰かを愛せた父は幸せ者です』とか言うんだよ!!」


「なんだよイイ女かよ!」


「10歳だぜ!」


「末恐ろしいわ!!」


 すごいな。本当に年下なのか……?

 可愛いとも思うし、尊敬に値する人だとも思う。

 

「ふうん? ほんとかなあ……? 逆に現実味がないよね」


 皆から外れた場所でテオがそう呟いてた。




「ねえノアちゃん、君『天使』って呼ばれてるんだってね?」


「ぶっ! テオさんなんで知ってるんですか? 恥ずかし!」


「まあ色々とね…? 偉いよね~、無償で治癒とか……」


 ノアが視線を落とした。誇っていいところなのに。気まずそうな表情をする。


「あはは、偉くなんかないですよ」


「謙虚だね?」


「私はただ、自分が苦しいからやってるだけで。結局全部自分の為にやってるんです」


「ふうん、そうなの?」


 テオが相変わらず感情の読めない微笑み(デフォルト)の顔で相槌をうつ。


「一応、無理言って許可はもらってるんですけど、それでも私の勝手な行動で治癒師協会の人たちにすごく迷惑をかけてるのは分かってるんです。でも、無理なんですよね……。目の前の人が死んじゃったら私は自分を責めると思うんですよ……。だから、全部自分の為にしてるんです。自分が心置きなく楽しく生きるために」


 そう言い切ったノアは凛としていてカッコよかった。

 テオはキョトンとしていた。


「自分の、ため……?」


「そうです。自分の為です。だって、レベルも上がる上に感謝までされるんですよ?」


 ノアがいたずらっ子のように笑うと、テオがくすくすと笑いだした。


「そう、分かった」


 テオが優しく笑ってノアの頭をそっと撫でようとした――ので俺がさっとノアを抱き寄せる。

 他の奴と喋ってるだけでもなんか胸がざわざわするのに、触られるのは無理だ。特にテオは俺の次にノアに年齢が近いからなんか嫌だ。


「ノアは偉いな……」


 テオの代わりにノアの頭を撫でる。


「レイドさま……」


 ノアがふにゃりと笑ったので、そのまま抱き上げてノアを医務室まで送っていった。テオは間違いなく割とノアを気に入っている。そもそも普段はあんなに他人に興味を持たないし。


 結局、黒騎士団はみんなノアに陥落した。


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