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13.ふつつかな、娘ですが。


「―――びっくりした」


 朝、準備をしているとお父さんが起きてきた。

 いつぶりだろう、朝起きているお父さんを見るのは。


「………おはよ……」


 気まずげにドアの入り口付近に立っているお父さん(大トロール)


「おはよっ。お父さんの分も準備するね?」


 私が微笑んで言うと、おずおずと躊躇いながらテーブルに向かって歩いていく。


 こんな時、お母さんだったらなんて言うかな、と考えて――思い至って、くすっと笑う。


「暗……っ!!!」


 茶化すように言うと、きょとん、としたお父さんと視線が絡む。


 しばらく2人で見つめ合って――『ふっ』とまだ少しぎこちなく笑いあう。


 2人で朝日を浴びながら黙々とパンを齧って牛乳を飲む。そんな当たり前の筈の日常が震えるほどに嬉しくて幸せで、もう一度この光景に出会えてよかったと、心の底から思うことができる。それで――またレイド様を思い出して、心の中でありがとう、と伝えた。


「―――ノアは」


「ん?」


「――ノアはあのブサ……赤髪の少年が好きなの?」


 お父さんが気まずそうに聞く。


「うん、そう……好き。すごく好き、超好き、大好きなの…」


 好きという言葉が愛しく思えるくらい好きで思わず顔が綻ぶ。


「そうか―――強い子だったね……」


 お父さんがぎこちなく微笑む。


「うん…っ!」


 私もハニカミながら答えた。


「それから、レイド様は不細工なんかじゃないからね?」


「――――」


「いやほんとに!!」


「――――強い子だね」


「うん…っ」


「――――禿が三年目につかぬって知ってる?」


「?」




 朝、いつものようにレイド様が迎えに来てくれた。

 朝日を受けて黒の外套に身を包んだレイド様が格好良すぎて呼吸が止まって、心臓が痛いくらいに鼓動する。


「ノア…?」


「お、おはっ、おはようごじゃいまふ!!!」


 ぷっ、とレイド様が笑いだす。


「朝からなんだよ、ノア……くくっ……」


 そんなクシャっとした笑顔もカッコ可愛くてキュンと胸が締め付けられる。

 心のカメラでシャッターを切りまくって、速攻で心のアルバムのお気に入りページにしまい込んだ。


 カッコいい。本当にカッコいい。刺すような涼やかな美貌に、長い手足、身体は引き締まってるし、肌も陶器みたいだし、信じられないくらい良い匂いするし、性格も優しくて温かくて面倒見がよくて、ぴゅあぴゅあで、しかも騎士様……奇跡の生き物だ。尊い。両の膝の皿を割り、大地に平伏して毎日レイド様を拝みたい。


「おはよう、ノア。行こうか?」


 ふわっと微笑まれてそれだけでクラクラして、呼吸が苦しくなるし、心臓が握りつぶされたみたいに苦しい。

 やばい。私に笑いかけてくれた。幸せ。心臓が壊れそう。


 お父さん(大トロール)が後ろから現れて、レイド様の格好良さに死にそうになっている(ミニトロール)の横に立つ。

 心なしか涙ぐんでいて――私の女の勘が緊急警報を発令していた。


「レイド様……ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくおね「気が早ああああああい!!」


 この天然お父さん(大トロール)めっ!!

 今、嫁にやるつもりだっただろっ!

 いや、嫁にもらってほしいのだけど…。ぽ。


 レイド様は「ぶはっ」と爆笑していた。

 あん!そのお顔も大好き。ほんと好き!全部好き!



 お父さんと別れて今は小路を二人で歩いている。


「1日で随分とお父さんと仲良くなったんだな?」


 レイド様が目を細めて笑う。


「うん、ありがとうレイド様。レイド様のおかげ…」


 朝からはっちゃけてくれた天然(大トロール)のおかげでレイド様への緊張は少しとれた。少しだけ感謝している。でも、レイド様の瞳が私を映してることが嬉しくて恥ずかしい。変な所はないか不安になって無意味に前髪とかを触ってしまう。


 ちょん

 

 不意にレイド様の手に私の手が触れてしまって、心臓が跳ねあがる。

 あわあわと手を離そうとするまえに、スルリと捉えられてしまった。

 ボン、と顔が赤くなるのが分かる。


「ノア?」


 レイド様が怪訝そうに私を見つめる。


 えっ、ちょっと待ってちょっと待って、私昨日まで普通に自分から繋いでいたはず!!

 なんでどうして一体どうやって!?

 昨日で今までの経験値が全てリセットされてしまった…?

 心臓がドキドキと破裂しそうなくらい動いているし、頭は真っ白になって、でも顔に熱が集まって口をはくはくさせてしまう。


「――ふうん?」


 レイド様がニヤニヤと笑ってしゅるり、と恋人つなぎにする。

 ふわあああっ!!?完璧な美貌の少年騎士様の長い指がトロールの指と絡まり合っている!!

 嬉しい。ドキドキして心臓が痛くって、でも嬉しくって、触れ合ってる指が愛しくてじわっと涙が出てきた。


「―――へえ?」


 レイド様が意地悪そうにニヤニヤとして私を見つめる。

 私はビクリと肩を震わせた。やばい、なんかレイド様のいじめっ子スイッチが入ってる。


「は、恥ずかしいから、見ないでっ!」


 手を繋いだままレイド様の背中に隠れるように腕にくっつく。だけど、くっつけたのが嬉しくてそのままずっと歩いた。レイド様はそんな私を見てクスクス笑う。


 馬車へのエスコートですら、いつもと違って緊張してしまう。

 真正面に座られてもあまり会話ができない。


 楽し気に目を細めるレイド様。そのお顔も素敵です。写真を撮りたい。

 

「今日のノアは……なんか可愛いね」


 顔がまたしても赤くなるのが分かった。

 嬉しいし、恥ずかしいし、嬉しいし、もうどうしたらいいのか分からなくて両手でニヤける顔を隠した。


「可愛くないから……っ」


「可愛いよ。だから隠さないで」


「…う、…むりっ……」


「隠さないで」


「…や…っ、見逃してください…!」


「だめ。隠さないで」


 優しい声で言われるけど、声に愉し気な色が潜んでいる。

 ダメだ。いじめっ子モードだ…。

 そろそろと手をどかすとやっぱり、楽しそうな笑みを浮かべたレイド様がいた。


「あう……」

 

 カッコよすぎて好きすぎて嬉しすぎてジワリと涙が浮かぶ。

 カッコいい。好き。超好き。レイド様と一緒にいれて超幸せ。好き過ぎて、幸せ過ぎて、こんな日々がずっと続いて欲しくて、そんなセンチメンタルな事を考えたら、涙が零れた。ずっとレイド様と一緒にいたい。いれるかな…こんな日々が続いて欲しいな。


「え……」


 レイド様が目を見開き、慌てる。


「ごめん!そんなに嫌だった!?ごめん!ごめん!」


 レイド様が立ち上がって私を抱きしめながら背中をさすってくれる。それがまた嬉しくて幸せで胸がきゅんと痛くなって、更に涙が零れた。だめだ、好き過ぎてわたし完全にめんどくさい女になっている。

 でも、欲望に忠実な私はどさくさに紛れてレイド様の背中に手をまわしてぎゅうぎゅうと抱き着いた。レイド様の体がピクッと一瞬固まったけれど、ため息とともにすぐに弛緩して、私を抱き上げて膝の上に乗せてくれてギュッとしてくれた。なにこのご褒美。好き。幸せ。好き。


「ごめん、ちょっと苛めたくなっちゃった…」


「意地悪な顔も凄く格好いいし、実は超好き………」


「は……?え…?」


 顔を上げると真っ赤になって、驚きに目を見開いているレイド様がいた。照れた顔の破壊力にまたキュンキュンして呼吸が苦しくなる。


「……っ、嫌なんかじゃなかったよ。昨日からちょっと情緒不安定で…ごめんね…」


「そっか。こっちこそ、なんかごめん」


 見つめ合って2人でへへっと笑いあう。

 そのままレイド様に体を預けてまたギュッと抱き着くとレイド様も抱きしめ返してくれた。レイド様の体温は甘い。脳がしびれるくらい甘くて、ホッとして、気持ちいい。


「あったかい…」


「そうだな」


 心の中で好き、と告白した。




 レイド様の事を本当に好きだと思ってから、いつもの風景がちがって見える。なんだか全てが輝いて見えて、馬車のガラス越しの見慣れた王都の街並みも素敵な絵画みたいに見えるし、訓練場の青空も急にみずみずしく見えて、その辺に咲いている花でさえ特別なものに見える。世界があんまりに眩しくて、私は太陽を見る時みたいに、息を吸いながら目を細めた。

 というか、レイド様がカッコよく見えすぎて辛い。いや、違う。恋心フィルター無くても元から異常にカッコよかった。でも本当にカッコいい。剣を持ってるときの鋭い視線にハアハアしてしまうし、手で汗を拭う姿すらワイルドでキュンとしてしまう。尊い。涙が出そう。


「ノアちゃんは本当にレイドの事が好きになっちゃったんだね」

「えっ!?」


 テオさんに指摘されて、顔に熱が集まってしまう。


「ふふっ。今日はずっとレイドしか見てないでしょ?」

「そ、んなことは……ありますけど…」


 テオさんが優しく頭を撫でてくれる。


「レイドに飽きたら俺の所にこればいいからね…?」

「あ、飽きたりしません…っ!」

「いつでも待ってるからさ」


 くすくすと笑って、テオさんは訓練に行ってしまった。


 


 帰りになるとまた馬車の中で2人きりになれてすごく嬉しい。本当は隣同士で座りたいんだけどなあ、と物欲しげに見てしまう。


「ノア、どうかした?」


「……ナンデモナイヨ?」


 危ない。顔に欲望が現れてしまっていたか。トロールなのだから気をつけなければならないというのに。


「――ノアのお父さんにさ、再就職先に黒騎士団の事務員はどうかな、ってそれとなく伝えておいてくれる?団長とテオにも確認して了解は得ているからさ…」


「え…っ?」


「まあ、さすがにこんな地獄絵図みたいな場所じゃなくても、ノアのお父さんならどこでも働けるだろうけど」


 レイド様がそう言って、なんて事も無いかのように笑った。


「…っ、レイド様……ありがとう」


 私達親子の事を思い遣って、心を砕いてくれて嬉しい。そのために行動してくれて、時間を割いてくれて、本当に本当に嬉しい。優しくしてくれて、嬉しい事をいっぱいしてくれて……私はレイド様に何を返していけるんだろう。


「……うれしい。でもどうして?どうしてレイド様はこんなにしてくれるの…?」


「ノアに笑っててほしいから。それで、俺の事頼ってくれたら嬉しいから」

 

「……たよる?」


「頼ってほしいんだ。ノアが困ったり、辛かったり、何かあったりしたときに誰よりも近くにいて、真っ先にノアの力になりたい。何かあった時にノアに顔を思い出してもらって、頼ってもらいたい―――それが、俺の望みだから」


 強い眼差しで真っ直ぐに私を見つめて言う。


「―――なんで?どうしてそんなことを言ってくれるの?」


 レイド様は1度口を開いたけど、何かを飲み込んだかのように閉じて、曖昧に微笑って私の涙を手で拭ってくれた。


「ノアは今幸せ…?」


「うんっ、うん、もちろん、幸せだよ」


「よかった」


 そう言って微笑む。さっきよりも少しだけ深い笑みだった。


「私は……レイド様に何もしてない…っ。そんな風に言ってもらえるような事、何一つしてないよ」


「笑いかけてくれるだろ?」


「そんなの当たり前の事だよ…っ」


「俺にとっては当たり前じゃないんだよ」


 レイド様はとても綺麗な笑顔で微笑んだ。

 その笑顔に胸が痛んで、レイド様の姿が涙でぼやけて溶けていく。そんな私を見てレイド様が困ったように笑った。


「どうして…」


 どうしてこんなに優しい男の子がこんな悲しいセリフを言わなきゃいけないんだろう。レイド様に対して優しくない世界が大嫌いになりそうだ。


 ―――俺はノアに笑ってて欲しいんだ。


 昨日を思い出す。ドブの底みたいな世界だとレイド様は言った。ーーそれなのに、そんな理不尽な世界で生きているのに、レイド様はどこまでも優しかった。その事が悔しくて、やりきれなくて、また胸が熱くなって、涙が溢れた。

 私は好きだよ。レイド様の事が本当に本当にすごく好きだよ。全部まるごと好き。自分の事なんてどうでもいいくらい好きだよ。


「好き」


 ぽつり、と自然に口から零れ出た。

 顔を上げると、呆然とした表情のレイド様がいた。


「レイド様の事が好きです」


 喉の奥が熱い。胸の底から熱くて温かくて涙ぐむような感情が溢れて止まらない。


「大好きです」


 ぐすっ鼻が鳴って、また大粒の涙が溢れる。


「………っ」


 レイド様は一瞬感極まったような表情になった後、ぎゅっと眉をひそめて苦しげにその美貌を歪めた。


「――嬉しいよ、ノア」


 そう喘ぐように言ったレイド様の声は震えていて、溢れ出る感情に必死に蓋をしようとしているかのようだった。


「でも、だめだ」


 ひぐっ、と情け無い声が自分の喉から漏れた。

 思わず目を伏せると、私の目にはレイド様の握りしめられている手が映った。血の気がなくなって真っ白になるほど握りしめられていた。


「…な、んで…?ど、うして?」


 レイド様は一度目を伏せたあと、私をじっと見つめて諭すように言った。


「俺、不細工なんだ。本当に不細工で、気持ち悪くて―――皆から嫌われてるんだ……」


「―――」


「ノアから好きって言ってもらえて嬉しい。すごく嬉しい。死ぬほど嬉しい。――だけど、だめだ。俺はノアと全く釣り合ってない。ノアは、……ノアはこの先もっともっと綺麗になっていく。だから、ノアには俺なんかじゃなく、もっと見た目も身分もいい素敵な奴が絶対いる」


「そんな事ない!!」


 レイド様は更に苦しそうな顔をする。


「……俺、貴族なんだ」


「――?」


「……けど、ノアに貴族らしい事をさせてあげられない。――ノアならどんなドレスも似合うよ。買ってやりたいし、宝石でもドレスでもいくらでもなんでも買ってやる……」


「―――」


「けどさ、こんな見た目だから………素敵なドレスを着たノアを、綺麗なノアを、夜会にも、社交界にも……そういう煌びやかな世界には、俺は、絶対に連れて行ってあげられない……」


 レイド様は泣き笑いの表情を浮かべていた。


 私はレイド様のこれまでの人生を知らない。だけど、どんな思いで今こんな事を言ってくれてるのだろうと思うと胸がすごく締め付けられて痛かった。


 ――誰もが傷を負っている。


 そう言ってくれたレイド様も、心の傷に今も苛まれていて、だから、優しい彼は私の事を考えて身を引こうとしてしまっているんだ。

 悲しい顔に笑みを貼り付けて、自分の事を後回しにしながら。(ただ)、私の事を思って身を引く――。焦燥感が生まれた。引き止めなきゃ、こんな優しい男の子を一人になんてさせちゃダメだ…。


「――レイド様は私のお父さんを救ってくれた、私を助けてくれた……」


 正論で論破するのではなく温かく応援してくれた。

 だからこそ、お父さんも私も前を向けた。


「今朝、お父さんと一緒に朝食を食べられたの。それがどれほど嬉しかったか分かりますか?」


 胸が震えるほど嬉しかった。もしかしたら二度と見れない光景で、二度と味わえない幸せだと思っていたから。


「私の英雄なんです」

 

 正義なんて国を挙げて高らかに掲げたって、立場が変われば、ある日突然逆転してしまう脆くて恐ろしいものだ。でも――


「やなせたかしさんも言ってました、逆転しない正義があるとすれば『それは献身と愛だ。弱者を助ける事である』って」


「やなせたかし?」


 私は何でもない、と首を振る。


「正義は振りかざすのではなく、困った人にそっと差し出す手こそが正義なんだって。―――レイド様は私達親子を温かく叱咤激励してくれた。お父さんに手を差し伸べてくれた。私の背中を押してくれた。だから、私にとっては真実、正義の英雄――」


 レイド様はギュッと眉をひそめていた。瞳には涙の膜が薄く張っていて、必死に堪えているように見えた。私はニコっと笑う。


「レイド様は私の英雄なんです」

 

 レイド様の瞳がさらに水気を帯びて、ゆっくりとした瞬きと同時にそれが零れ落ち、頬をつたって一筋の透明な軌跡を描いた。なんて綺麗なんだろう。


「のあ……」


「レイド様のことが、好きです。大好きです。私に出来る事ならなんだってしてあげたい」


 自然と顔が綻ぶ。


「ノア……」


  レイド様は涙を目に溜めながら、焼け尽きそうなぐらいじっと私の事を見つめる。


「だからね、ドレスとか夜会とか全く関係ないんだよ? レイド様のそばにずっと居たいの。いさせて?」


「……っ」


 レイド様がしてくれたようにそっと手でレイド様の涙を拭く。

 その手の上にレイド様の手が重ねられて、熱い視線が絡んだ。見つめあって、レイド様が瞳を閉じて、いとおしむように私の手にその頬を擦りつける。

 言葉にならない思いが熱い吐息になって、レイド様の形のいい口から漏れ出た。何回か繰り返し熱い息を吐いた後、

 

「――――好きだよ……」


 レイド様はその一言を絞り出すように掠れる声で呟いた。

 

「―――どうしようもなく好きなんだ」


 また一筋の綺麗な涙がレイド様の頬を伝った。


「うん」


 強い眼差しで見つめられる。

 

「大好きだ」


「うん」


「好きなんだ」


「うん、私も」


 嬉しくて涙が溢れて止まらない。


 ぐいっと強い力で腕が引っ張られて、レイド様にぎゅっと抱きしめられた。 


「―――――好きだよ、ノア。どうしようもなく、大好きだ」


「うん、私も」


 ボロボロ泣きながら、そっとレイド様の背中に腕をまわした。


 レイド様は苦しいくらい私の事を強く抱きしめて、私の頭に顔を埋めた。伝わる体温は温かくて、吐き出される息は熱く震えていて、私を必死に抱きしめる腕も震えていた。声を押し殺して静かに泣いてるレイド様に胸が締め付けられて、小さく震えるレイド様の体を私も強く抱きしめ返した。

 大丈夫だよ、ずっと傍にいるよって伝わるといいな、と思った。こんなにも好きでいてくれたのに、私の事を想ってずっと何も言わずにただ傍に居てくれたと思うと辛くて、悲しくて、愛しくて、いじらしくて、また涙が溢れた。しばらく私たちは黙って抱きしめあった。


「ノア……」


 レイド様は愛しそうに名前を呼ぶ。


「はい」


 見上げると、レイド様の眦が赤く染まっていた。


「ごめん。情けないとこ、見せちゃったな」


 少し照れたようにレイド様が笑う。


 ぐいっと背中にまわった腕に強く抱きしめられて更に体がぴったりとなった。上から覆い被さるようにレイド様の美貌が迫ってきて、おでこにちゅ、とキスをされた。また胸が熱くなって、涙に変わっていく。


「伝える言葉、間違えた」


 クスッとレイド様は笑った。


「後悔、させないから」


 こつん、とおでことおでこをくっつけると、凄く至近距離にあるレイド様の黒い瞳が甘く切なそうに細められた。


「誰よりもノアの事を大切にする」


 神に誓うように


「誰よりも幸せにする」


 自分に誓うように


「誰よりも好きでいる」


 私に誓うように


「誰よりも何よりも」


 一つ一つの言葉を


「ノアのことが好きだ。大好きだ」


 心を込めて紡がれた。


 ―――嬉しくて幸せで愛しくて。感情が溢れて涙が頬をつたう。


「だからずっとそばにいて」


 レイド様の潤んだ瞳がとろりと甘くなる。私もじっとその綺麗な瞳を見つめる。


「ずっと側にいるよ。レイド様が嫌がっても、もう離してあげないから」


「ばか。それはこっちのセリフだから」


 見つめあって微笑み合う。ぽすん、とレイド様の胸に顔を埋めると、ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱きしめられた。お互いの存在を確かめ合うみたいにずっと黙って抱きしめ合っていると、レイド様がポツリと零す。


「あの日ーー」


「ん?」


「ーーー医務室に行って、ノアと出会えて、本当によかった…」


 スリ、と愛しそうに私の頭に顔を擦り付ける。


「うん…、わたしも」


「幸せ過ぎて、夢みたいだ……」


「夢だったらやだ……」


「俺も……」


『――ふ』


 抱き合ったまま二人でくすくすと笑いあう。


「レイド様……」


「ん?」


「……ふつつかな娘ですがどうぞ末永くよろしくお願いしますね」


 ニコッと笑うとレイド様の頬が薄っすら赤くなった。

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