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12.温かい感情

2話連続で投稿いているので、ご注意ください。

 お父さんと離れてレイド様と向き合う。

 レイド様の黒瞳は夕日が差し込んで深いルビーのように静かに煌めいていた。


「レイド様……、その……」


 またポロポロと涙が溢れてしまう。さっきから色んな温かくて熱い感情がごちゃ混ぜになって溢れて涙に変わっていく。

 レイド様の顔が恥ずかしくて見れない。すごくみっともなくて、恥ずかしい姿を見せてしまった自覚がある。幻滅されたかもしれない。怖くなって思わず目を伏せる。


 でも、まだ帰ってほしくなくてレイド様の服の裾を掴む。なんだか酷く人恋しい気分だった。


 レイド様が優しく頭を撫でてくれて、そっと抱き寄せてくれた。私の望んでいたことをしてくれたことが嬉しくてまた涙が溢れる。なんで分かってくれるんだろう。嬉しくて嬉しくて胸の内にどんどん温かいものが溢れる。温かい。レイド様の体温が温かくて気持ちいい。レイド様の匂いにすごくホッとする。


 レイド様の胸に顔を埋めてレイド様の背中に腕をまわすとレイド様も私の背中に腕をまわしてくれて、安心してまた嗚咽が溢れてきてしまった。


「―――あ、り、が、とっ……れーど、様っ、」


 レイド様が居てくれてよかった。


「……ううん。むしろ無神経に人の家の事情に口を挿んでごめん。だけど、どうしても見過せなかったんだ。ごめん」


 私は首をぶんぶんと振った。

 レイド様の体温が本当に気持ちいい。泣き疲れて乾いた体にどんどんと染み渡っていくみたい。


「ノア……ノアは一人じゃない。だから――よかったら頼ってほしい。俺にだけは無理せずに辛い時に辛いって言ってほしい。これからもずっとノアの力になりたいんだ」


 優しい声が上からそっと落ちてきた。


「うん…っ。うん、ありがとうレイド様…っ」


 またレイド様の体にギュッとしがみつく。強く鼓動している心音に安心して、優しく頭を撫でてくれる手に酷く落ち着いた。自分よりもずっと大きいけど、まだ未完成の少年の体。鍛えられて筋肉はついているけど、黒豹のように機能性を追求したような細くしなやかな体。

 そんな少年に救われた。まだ未完成のはずなのに、とても強くて眩しい。

 その体も心も随分と大きくて頼もしくて――遠く眩しく感じた。


「……そろそろ帰るよ。ノアもお父さんのところに戻りな?」


「うん。ありがとう…レイド様」


 本当はずっと一緒にいたい気分だったけど、そんなわけにもいかなくて、そっと手を振って別れた。

 泣き疲れた私とお父さんはぼんやりと夕飯を食べて、お互いにすぐ布団に入った。


 ベッドに入ると自然と今日の事が思い出されて、目頭が熱くなった。温かいものがこめかみを伝って枕を濡らしていく。

 目蓋を閉じるとレイド様の凛とした横顔や強い視線が色鮮やかに蘇えった。


 ―――救ってくれた、お父さんを。


 ―――助けてくれた、私を。


「……うっく……ふ…っ…」


 また涙が溢れる。


 レイド様の毅然とした横顔が、強い眼差しが焼き付いて離れない。

  

『誰が一番不幸とか辛いとか悲しいとかないんだよ。みんなそれぞれに辛いんだ。言わないだけで誰もが傷を負って生きている』


 自分だってすごく悲しくて辛い思いをしているのに、みんなそれぞれに辛いんだと認めてくれた。


 お父さんと分かりあえなくて辛い――分かるよ、と

 妻に先立たれて辛い――そうだね、と。


『人が幸せなのはその人の心の有り様がそうさせているんだ。死にたくなるようなことがあっても、そこで上を向くから人は幸せになれるんだ』


 悲しい、苦しい、辛い、「わかるよ」と「でも違うだろ」と。

 挫けるな、膝を折るな、諦めるなと高らかに言ってくれた。


 お父さんに手を差し伸べてくれた。私の背中を押してくれた。後ろ姿で生き方を示してくれた。


 眩しかった。

 少年の生き方が眩しくて眩しくてしょうがなかった。


『俺はノアに笑っていて欲しいんだ』


 嬉しかった。

 嬉しくて嬉しくてまた涙が溢れる。

 レイド様がくれた熱が心の中から消えてくれない。


 レイド様の背中を思い出す。まだ少年の背中なのにすごく頼もしく感じる背中。

 

 ―――英雄みたい、と思った。


 思って、自分の少女的思考にちょっと苦笑いした。


 でも、私達親子を救ってくれた。

 英雄。紛れもない私の英雄。


 私の英雄はこの世界の人からしたらとんでもない不細工で、でも、だからこそ人の痛みを誰よりも知っていて、人の痛みに寄り添える、そんな優しい少年だった。 


 周囲からの冷たい反応に傷つく。

 誰かの無責任な心無い一言に傷つく。

 生まれも、容姿も、環境も、才能も選べない。

 自分じゃどうしようもない理不尽に押しつぶされる。

 ―――全部わかるよ、と。


 レイド様が私と同じような不細工だったとしても、好きになってしまったと思う。本当に眩しくて頼もしくて格好よかった。


 本当に本当にカッコよかった。

 

 ―――レイド様の事が好き。

 

 今までの好きとは違う。今まではどこか、アイドルを追いかけるような好きだった。会えばキュンキュンするし、格好いいとも可愛いとも思っていた。


 今はどうしようもなく、レイド様の事が好き。


 よく透る涼やかな声が好き。

 どこか温かさを含んだ声が好き。

 ワインのように、黒く見えるのに光が差し込むと赤く煌めく瞳が好き。

 強い眼差しが好き。

 私を見ると目元を和らげてくれる表情が好き。

 ときどきくしゃりと年相応の少年のように笑う顔が好き。

 燃えるような紅蓮の髪が好き。

 真直ぐな性格が好き。

 負けても、挫けても、諦めずに戦える強いところが好き。

 長い指も、優しいところも、純粋なところも全部全部好き。

 好きすぎて涙が止まらない。――知らなかった。こんな想い。


 私の持ってるものを全部あげたい。私の全部をあげてもいい。その上で捨てられてもレイド様が幸せになるならそれでもいい、そんな風に思えてしまう。好き。すごく好き。


 目を閉じてもレイド様は消えてくれなくて。だからレイド様を想って寝た。



 *



 笑いあう親子を見つめる。

 日に透かしたアメジストのような髪を持つ美しい親子。

 そこには確かな幸せと、愛情があるように思えた。

 宗教画のようにすら感じる程の眩いばかりに美しい光景に目を細める。


 ――よかった。


 これからもノアの歩む道が笑顔と幸せで溢れていたらいいと思う。


 しばらくすると、ノアがこちらに向かってきた。 


「レイド様……、その……」


 紫紺の瞳からポロポロと真珠のような涙が零れていく。

 頬を染めながら目を伏せ、おずおずと遠慮がちに俺の服の裾を掴む。可愛らしい仕草にまた胸が締め付けられた。

 頭を撫でて抱き寄せると、自ら腕の中に転がり込んできて可愛らしく泣き縋ってくれる。

 これからもずっとノアが頼る相手が俺だったら、どんなに幸せだろう。誰にも渡したくない。一番近くにずっと居たい――そんな儚い願いを抱いてしまう。


「―――あ、り、が、とっ……れーど、様っ、」


 嗚咽を上げながら感謝の言葉を紡ぐ。

 そんな事を言ってもらえるほどの事はしていない。

 頼まれたわけじゃない、俺が勝手にやったことなんだから。


 ノアのお父さんが出てきたとき、ノアの瞳に一瞬、複雑な感情が浮かんだ。か弱くて、儚くみえるその姿も綺麗だったけど……ノアには天真爛漫な笑顔の方が似合うと強く思った。そう思ったら居てもたってもいられなかった。


「……ううん。むしろ無神経に人の家の事情に口を挿んでごめん。だけど、どうしても見過せなかったんだ。ごめん」


 ノアは首をぶんぶんと振る。

 

「ノア……」


 ―――好きだよ。


 不細工のくせに、気持ちの悪い見た目のくせに、ノアの事がどうしようもなく好きなんだ。

 だから何だってしてやりたいし、持ってるもの全てを無償で差し出してもいい。

 だから、これからもずっと頼ってほしい。


 そう言いたかった。言ってしまいたかった。

 だけど、弱ってる子に付け入るような事は言いたくない。

 だから、ギリギリで言葉を変える。


「ノア……ノアは一人じゃない。だから――よかったら頼ってほしい。俺にだけは無理せずに辛い時に辛いって言ってほしい。これからもずっとノアの力になりたいんだ」


 ずっと一緒にいられたらいいと思う。でも、きっとそれは難しいから。だから、せめて困った時に思い出してもらえる存在でありたい。都合よくいくらでも使ってくれていいから、出来ることはなんだってしてやるから、要らないって思ったらいつでも切り捨ててくれていいから、負担にならないようにするから―――だから、ノアがいつか嫌になるその日まで一緒にいさせて欲しい。


「うん…っ。うん、ありがとうレイド様…っ」


 そう言ってまた俺の体にギュッとしがみつく。それだけで本当に幸せで、嬉しくて、愛しくて、ノアに出会えてよかったと思う。

 ずっとこのままいたいけど、今はお父さんとの時間を大切にすべきだと、自分を律する。

 名残惜しい気持ちを振り払うように、最後にそっと頭を撫でた。 


「…そろそろ帰るよ。ノアもお父さんのところに戻りな?」


「うん。ありがとう…レイド様」


 最後にそう言って、ふわりと微笑んだノアの顔はトロリと蕩けそうな顔で、いつもの花が咲いたような笑顔に俺の知らない何かが加わっていた。ただ、可憐な美しさに、甘さが加わって。胸の奥がぎゅうっと熱くなる。そんな笑顔だった。

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