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10.正式に配属されました

 それから10日後、私は正式に黒騎士団配属となった。ただし、求めがあれば他の所にも行くという事になっている。本当は無理なところを団長さんがかなりゴリ押ししてくれたらしい。


 医務室のお姉様方は、黒騎士団への異動に喜ぶ私に『不細工専門(B専)』という称号を下さった。けど、最後の日はみんなが送別してくれた。


「いつでも遊びに来てね!……ふぇ…っ……」

「わたくし……寂しい……」

「ほんとさみしい……いかないで……」

「お姉様!! 私も、私も、さみしいです……っ!」

「これ、私からのプレゼントよ」

「あっ! 私もあるのよ!」

「わたしも!!」


 とあれこれお姉様方から貢ぎ物(送別の品)をいただいた。

 エッチな恋愛小説だったり(お姉様の大切だと思う箇所に線を引いてくれていた)、赤と黒の下着だったり(いつチャンスが来てもいいようにあらゆるサイズのものが詰め込まれていた)、男性に使う媚薬だったりと色んな想いのこめられたプレゼントに私は涙ぐんだ。なんて可愛らしい人達だったんだろう。大好きだ。




「今日から正式に黒騎士団の治癒師になったノアだ!」


「本日付で黒騎士団に着任しました治癒師のノアです。まだまだ若輩者ですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます!!」


 割れんばかりの大歓声に包まれた。

 そうだよね、みんなこの世界の子供たちが見たら泣くレベルの不細工(イケメン)だもんね。

 みんな私が普通に接すると最初泣くもんね。


「職場に天使きたあああ!」「超大切にするっ!!」とか色々な声が飛び交う。


「さて、優秀な治癒師がいるから安心して訓練できるな? お前らいくらでも怪我しろよ?」


上級治癒魔法(ハイヒール)は1日5回まで使えます!」


「うっかり腕切り落としちまっても大丈夫だからな?」


 歓声がピタリと止む。


「首以外でおねがいします!」

 

 場がシーンと静まり返った。


 え、あれ? 騎士団だから勇ましい方がいいのかと思ったけど、幼女の声だったから場が締まらなかったのかな?


「即死以外は! かならず! わたしが! たすけますっ!!」


 イケメンを減らすわけにはいかないわ!と万感の思いを込めて卒業式の答辞のように大きな声で言うと団員さん達の笑顔が引きつった。


 え、あれ?


 私が本当に黒騎士団に来てよかったのかと不安になって団長を見上げると「さすがノアだな」と優しい瞳で微笑まれて、私はデレデレと笑う。


「そう言う事だから、お前らこれからは遠慮なく殺れ!!!……手ェ抜いてたら、俺が、直々に相手してやるからな?」


 団長がニヤリと笑う。


 え、あれ?


 じっと団長を見つめると、大きな手で優しく頭を撫でてくれたので、ご機嫌になった私は先ほど心に引っかかった何かを綺麗サッパリ忘れた。




 騎士団の午前中は走ったり筋トレしたりと体力づくりがメインなので、その間は私は事務室で1人で黒騎士団の事務仕事をしている。……素晴らしい。実に素晴らしい時間だ。今まさに私がこうしている間にもイケメンたちの筋肉が育っているのかと思うと、半ニヤになってしまう。しかし、一人で机に向かいながら半ニヤでいる(ミニトロール)という放送事故のような映像を見られるわけにはいかないので必死で真顔を取り繕う。

 というのも、時々テオさんが出たり入ったりするのだ。テオさんは難しい書類を処理したり、私に仕事を教えてくれたりしている。今も目の前で速読しつつ、すごい速さでペンを動かし、次から次へと書類を片付けていく。仕事ができるテオさん、しゅてき。私の上司は仕事のできる腹黒騎士です。なにそれ尊い。


「本当ノアちゃんが来てくれて助かったよ」


「今まではテオさんが1人でやってたんですか?」


「俺6割、団長2割、レイド1割、その他1割ってとこかな。騎士団は脳筋が多いからさ」


 そう言ってテオさんが肩をすくめた。


「それは大変でしたねー。ところでテオさんは訓練はいいんですか?」


「俺は基礎練はみんなの半分くらいしかやらないから大丈夫だよ。そういう約束で入ったしね。そもそも頭使う方が得意なんだ」


「ふふっ。確かにそんな感じしますね。……なんで騎士団に入ったんですか?」


「最初は文官だったんだけどね、この見た目でしょ? 結構バカにされて」


 あう…。酷い。誰よ!イケメンを苛めるなんて私が殴り込みに行ってやる!


「ふふっ。そんな顔しないで? 本当にノアちゃんは優しいね」


 手を止めたテオさんが、斜め前の席から私の顎を子猫を可愛がるみたいに人差し指でなぞる。

 これをされるとなされるがままというか、上目遣いでテオさんを見つめるしかなくなるわけで……。しかし……こういうペットぽい扱いにちょっとキュンときてるあたり私も大分アレである。うん。


「それにね? こうみえて優秀だったからバカにした人達もちゃんと最後はみんなとても反省してくれたんだよ?」


 さすが私の上司! キュンとします!


「バカにした人達が最後には悔しそうに喚く姿を見るのもすごく楽しかったけど、ある日団長に出会ってさ」


 ん?ちょっと待って。サラっと爽やかに言われたけど、凄いセリフじゃなかった?腹黒にドSまで加えるおつもりですか?


「『お前、黒騎士団に来ないか?』って言われて、丁度おバカさん達を相手にするのも飽きてきたところだったし、なんか来てみたんだよね。そしたら不細工ばっかで傷の舐めあいしててさ。本当バカみたいだと思ってたんだけど、ぬるま湯に浸ってたらこういう穏やかなのもいいかなあって」


 にこっと甘やかに微笑む。


「そしたら、ノアちゃんにも会えたしね」


 ツン、と私の唇を押しながらテオさんがキラキラと笑う。

 きゃーっ! リアル王子様だあー!!

 蕩ける。テオさんのキラキラに腰の骨が蕩けてしまう!トロールからスライムに生まれ変わってしまいそう…!




 私が黒騎士団に配属になってから騎士団の訓練は以前よりも遥かに過酷なものになった。

 団長が言った「うっかり腕切り落としちまっても大丈夫だからな?」は冗談なんかじゃなかった。その日から普通に真剣での訓練が月一から週一に変わったのだ。


「痛い? 当たり前だろ! 戦争行って痛さで固まるのか? その間に死ぬんだよ!! 慣れろ!!!!」


 との事だ。恐ろしや……。

 私も血だらけの団員さん達をもう見慣れてきた。

 そして―――苦し気な顔をしたイケメン騎士様達が「ノアちゃん……っ!!!」と必死に呼びかけてくれる様や、治癒した後に心の底から「ありがとう」と言われキラキラと微笑まれる合わせ技に毎回心の中で悶えている。

 く……っ!!駄目よノア!!絶対に顔に出しちゃダメ!!

 彼らは本気で痛みを堪えて、そこから解放されてホッとしているだけなのに、まるで自分を必死に求められてるみたい、とか。苦しげな顔がエロい、とか。そこからの笑顔のギャップのたまらない、とか。痴女的思考が決してバレてはいけないんだから……っ!去れ煩悩!うなれ私の表情筋!!



 真剣での訓練は、私がハイヒールを残り1回かけられるくらいになるまで続けられる。それくらいになるとぐったりと木陰のベンチで横になる。このぐったり感は超過酷なスイミングスクールの帰り、って感じかな。若しくは海で浮き輪で遊んでたら沖まで流されて命かけて泳いで陸に戻ってきた直後ぐらい。もう動けません。


「ノア、水飲むか?」


 そう言って休憩時間になるとレイド様がお水を持ってきてくれる。


「うー…ごめんね、レイド様」


「気にすんなって」


 ぽんぽん、と頭を撫でられる。うへへ~しあわせ。


「これだけやってればレベル上がってるんじゃないか?」


「そうかも。1日に発動できる回数が明らかに増えてるし」


「一度確認したら?」


 そう言いながらレイド様がさりげなくお菓子の入った袋を私の手に置いてくれる。

 なんて優しくて気が利くのだろう。ありがたく頂きます。騎士様しかも美少年からのお恵み。それだけで最高のスパイスです。チョコを持つ手も震えます。ありがとう。ほんとありがとう。あ……おいし……。最高のごちそうです。そんなアホな思考を表に出さないようにキリッと真面目な顔でトロールは答える。


「確認したいんだけど、なかなか測定器の周りに誰もいなくならなくて。自分で言うのもなんだけれど、かなり優秀だから他の人に見られると誘拐されかねないんだよね」


「なるほどな…」


 そう言いながらレイド様が私のすぐ横に腰を掛ける。ちょっと動けば触れ合える距離にドキドキしてしまう。 


「それなら、黒騎士団で借り切ってあげるからその時一緒に測ればいいよ」


 不意にテオさんが後ろから声をかけてきた。


「テオ。そんなこと出来るのか?」


「簡単なことだよ。教会に俺たちが一斉に行けば皆んな居なくなるでしょ?」


 私は二人の会話を聞きながらお菓子を食べて、コクコクと水を飲む。ぷはぁ。生き返ったあ。甘いもの補充すると体力が回復するんだよねえ。数値とか見えないけどきっとMPとかも回復してる気がする。


「レイド様ありがとう。元気出た!」


 そう笑って言うと、レイド様も目元を和らげて微笑ってくれる。


「よかった。まだ沢山あるから遠慮せずもっと食べろよ?」

 

「でも、これ以上食べたら太っちゃう……」


『――は?』


 レイド様とテオさんの声が被る。


「……ノアちゃん、沢山食べたら太れるとか思ってる?」


「えっ、うんそう……だよね?」


「ノア……」


 レイド様が信じられないものを見る目で私のことを見る。


「ノアちゃん、容姿は神様が決めた容れ物だから何してもあまり変わらないんだよ?努力によって変わるのは筋肉がつくかどうかと日焼けするかしないかくらいの差しか生まれない」


「は!? え!? そんなバカな……っ!!」


「ノア、食べて太れるなら俺たちは今頃こんな体型をしていない」


 レイド様もテオさんも生温い眼差しで私を見つめている。


「うそ……じゃあ私のあのダイエットは一体!?」


『だいえっと?』


「痩せたかったから食事制限してたの」


 しょぼん、と肩を落としていうと2人は驚きに目を開かせる。


「嘘でしょ……? なんでそんな事を?」

「嘘だろ……? 本気でそんなんで体型が変わると思ってたのか?」


 2人は驚きから立ち直ると肩を震わせ始めた。


「てか、食事変えたら体型が変わるとか……っ!なんだよそれ!!」

「くく……っ、可愛らしい発想だね?……ぷ、」

「いやいやいや、普通ですから!! って、えぇー?」


 衝撃の新事実だ。どんなに食べても太らないだなんて素敵すぎる。だけど、食べたものはどこへ消えていくんだろう。異世界不思議すぎる。



 2人には爆笑されてしまったけど、どんなにお仕事が過酷でもイケメン騎士様達を眺め、触り、治癒する幸せな日々だ。ああ、もう本当にご褒美でしかない。最高。仕事が生きがいってこういう事だろうか?じゅるり。





 レイド様は毎日騎士団からお家まで送ってくれるし、朝も迎えに来てくれる。


 今日も大通りまでレイド様の家の馬車で送ってもらって、その後は降りて石畳みの細い小路を2人で並んで歩く。

 手を繋ぎたくてレイド様の手をチラっと見ると、視線に気がついたレイド様が気恥ずかしそうに視線を彷徨わせたあと手を差し出してくれた。

 きゅぅぅん!なんて可愛い。私は嬉しくて笑顔でその手を取る。もちろん恋人繋ぎだ。

 レイド様の少し照れている表情、自分の手を包み込む長くて節くれだった指の感触、爽やかで甘やかなレイド様の匂い。胸がふわふわしてすっごく幸せな気持ちになる。

 ご機嫌に歩いていると、おもむろにレイド様が呟いた。


「ノアはさ、嫌じゃ無いの?」


「え? なにが?」


「その……俺と手を繋いでるとすごく見られるだろ?」


 確かに。すれ違う人たちはみんな二度見してくるよね。完璧な美少女(トロール)と超絶不細工(イケメン)の組み合わせだしね。レイド様は騎士団の外では外套を着てフードを目深に被っているのにスタイルとオーラだけで不細工(イケメン)さが滲み出てしまっているらしい。ポテンシャルが半端ない。


「レイド様は気になる?」


 周りからは私が脅されてるか、お金持ちを(もてあそ)んでるように見えるんだろうなあ。私からしたら、完璧な美少年がトロール的少女と恋人繋ぎをしながら歩くという、地球に夢と笑いと希望を振りまくような微笑ましい光景なんだけどなあ。


「え、俺は別にいいけど」


「ならいいよ?」


 レイド様が困ったような顔をする。

 ぴとっと手を繋いでいない方の腕をレイド様の腕に巻きつけた。


「は?  の、あ?」


「こうしてれば、脅されてるとか思われないでしょ?」


 ニコッと笑って言えば、レイド様の貌が赤く染まる。よし! 嫌がられてはいないようだ!

 うへへ。物は言いようで、完全に自分がしたかっただけです! 美少女(笑)だからこそできるパワープレイ!

 

 ちらり、と周りを見る。……あまり気にしないようにはしてるけど、私は胸が痛いんだ。周りからレイド様へ向けられる白い目が想像以上に厳しくて。

 青くなるくらいだったらいい、蛆虫を見る目ような嫌な目を向ける人もたくさんいる。もし私だったら心がぺしゃんこに潰れて外に出られなくなるくらいの冷たい冷たい目。そんな中でも腐ることもなく投げ出すこともなく真っ直ぐにしゃんと生きているレイド様を心から尊敬する。


 考え始めたら、堪らなくなってレイド様の腕にぎゅうぎゅうとしがみついた。


「ちょ、のあ!?」


 レイド様は驚いて切れ長の目を見開いた後、頬を朱に染めてぷいと反対を向いてしまった。


 可愛い。レイド様の照れた顔の破壊力にキュンキュンして死にそうになる。

 うん、この世界の人たちがおかしいんだよ!

 こんなに格好良くて、強くて、優しくて、気遣いもできて、照れ屋さんで、いい匂いがするのに!


 悔しいので、こちらを二度見してくる人たちに対して、「はは、すまんね諸君、君たちが放置しているこのアイドルは私のものだよ」的な感じでどや顔を披露してやった。






 ノアが黒騎士団配属になってから俺は朝と夕方のノアの家までの送り迎えをずっとしている。俺みたいな不細工に付きまとわれるとか普通だったら恐怖でしかないだろうけど、少しでも一緒に居たくて、ノアが手をつないでくれるのが嬉しくて、つい付きまとってしまう。でも、ノアは必ず俺と手を繋いでくるし嫌がっていない……はず。てか、そうでなかったら俺は完全に有罪だ。――やばい、大丈夫だよな、俺!?


 ノアはすれ違う人みんなが振り返るくらい可愛らしい外見をしているのに、俺みたいなヤツにも優しくしてくれる天使で、しかも魔法の才能まである。最底辺の不細工である俺が望んでもいいような相手では決してないけど、ノアが嫌がるまでは側にいたいと思う。――ノアが変わっている奴でよかった。


 今日も大通りまで家の馬車で送って、その後は石畳みの細い小路を2人で並んで歩く。

 初めて俺を見る人間は青ざめるか、嫌忌の目を向けてくる。そして、その次に隣にいるノアを信じられないものを見る目で見る。

 そんな周囲の光景を知ってか知らずかノアはじっと俺の手を見つめている。


 ――今日も手を繋いでいいのかな。

 

 手を差し出すと、花が咲いたような笑顔で嬉しそうに俺の手を取って指同士を絡めるようにつなぐ。可愛い。すっげー可愛い。


 自分の手を包み込む柔らかな指の感触と、上気した頬せいで少し艶が刷かれた貌。可愛らしい声音に、ふんわりと香る優しくて甘やかな少女の匂い。目が合うたびに嬉しそうにニコニコしてくれる。息苦しさと喜びと幸せがごちゃ混ぜになったような想いで胸がいっぱいになる。でも、俺は嬉しいけど――、


「ノアはさ、嫌じゃ無いの?」


「え? なにが?」


「その……俺と手を繋いでるとすごく見られるだろ?」


 こんな不細工と手をつないで歩いて恥ずかしくないのか?

 すれ違う人たちの驚いた顔とか気にならないのか?


「レイド様は気になる?」


 きょとん、とノアが見上げてくる。


「え、俺は別にいいけど」


 慣れてる。当たり前の感覚だ。当たり前の差別。当たり前の拒絶。当たり前の嘲笑。

 でも、それでもノアと手を繋いでるだけで、歪んだ周りの景色がかき消されて、今が嬉しくて楽しくなる。心配なのはノアだ。 


「ならいいよ?」


 なんでもないことのように、罪もなく笑う。

 ノアはこれだけでどれほど俺が救われてるのかなんて知らないんだろうな。

 ノアは少し考えたようなそぶりを見せた後、手を繋いでいないほうの手を俺の腕に絡めて嬉しそうに顔をぴとっと腕にすり寄せる。


「は?  の、あ?」


 え、え、ええ!?


「こうしてれば、脅されてるとか思われないでしょ?」


 そう言ってニコッと笑う。胸がぎゅっと苦しくなる。

 可愛い。死ぬほど可愛い。そして、嬉しい。

 心臓がバクバクとうるさく鳴る。

 どうしてこんなに懐いてくれるんだろう。手を繋いでくれて、すり寄ってくれて、腕を組んでくれる。――甘い期待を抱きそうになる。


 くそっ、と心の中で小さく呟いた。


 ダメだ。それは幸せな夢だ。叶わない希望だ。

 ノアは変な所で常識がないから今は構ってくれてるだけなんだ。自分は一生女の子とは無縁で生きていくのだと思ってた。それなのに、誰かを好きになる喜びを知った。だからそれだけで十分なんだ。

 

 そんな事を考えていると、俺の腕にぎゅうぎゅうとしがみついてくる。


「ちょ、のあ!?」


 えっ、ていうか急になに!? 何があった!? 嬉しいけど!

 俺にぎゅうぎゅう抱き着いてきながら、俺を下から見上げてきて嬉しそうにニコニコと笑う。なにこの可愛い生き物。可愛いすぎて心臓がもたないんだけど。

 落ち着くために顔を逸らす。心臓が落ち着いたころに、顔を戻したら、ノアは真っ白な頬を紅潮させながら自慢げな顔して周りを見渡していた。思わず触れてみたくなるような愛らしさにノアと目があった人たちが柔らかな表情になる。

 なんとなくこっちを向いてほしくて、つん、ともっちもちのほっぺたを押すと、パッとこっちを見て「初ツン頂きました……」とか嬉しそうに訳の分からないことを言う。


「今のが嬉しいのか?」


「うん突然何のご褒美かとおもったよ!ありがとう!」


 ふにゃっとまた笑うので、こっちまで笑えて来てしまう。




 そうこうしてるうちにノアの家の前までついた。王都は人口が集中していて土地がないから平民は集合住宅で生活している。ノアも3階建の建物の2階に親子二人で住んでいるらしい。いつもみたいに別れようと思ったとき、一瞬だけノアの瞳が揺れた。それはほんの一瞬だったけれど、その瞳に浮かんだ色は複雑で――挫折、虚無、寂寥、そして自責、そんな、普段のノアからは想像もできない色だった。

 視線の先を辿(たど)るとノアと同じアメジストの髪をした儚げな美貌の男性が居た。男性だけど「美人」という言葉がぴったりな人だった。


 ――ノアは辛いとか誰にも何も言わなくて、いつも楽しそうにしてるけど、やっぱりお父さんがこんな状態で悲しくないわけがないんだ。それでもいつも花が咲いたように笑っている。

 すごくいじらしく思えて、胸が締め付けられた。

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