あんな主人公だらけの学校に行けるか!?
「……もう十時か。そろそろ寝よう」
夜遅く起きてまで勉強のはよくないし、そんなに切羽詰まった状況でもない。
無理をせず普通に寝る。これが一番だ。
「明日は始業式だっけ……? ……まあ、どうでもいいか。どうせ行かないし」
俺、望月波留は去年の三学期から学校に行っていない。だがまあ、いじめがあったとかそういうわけではないのだが……。
そもそも、俺が通うのは県でも随一の進学校だ。そこに進学出来るだけで勉強が出来て素行がいいやつらだけなので、いじめなんて絶対とは言えないが起きないだろう。
……じゃあ何で学校サボってるんだって話になるんだが。
それは置いといて、今日も朝五時に起きて部屋を出て、一階に降りて顔を洗う。ちなみに五時起きの理由は、この時間帯だとまだ両親が起きてこないからだ。
……両親は本当にいい人だ。息子がなんの理由も言わず突然学校をさぼり始めたのに、何も言わず食事を用意してくれる。
ごめんね父さん母さん。でも、学校には行きたくないんだ……。
とりあえず、顔洗いを済ませて部屋に戻り、勉強を開始する。いくら学校を休んでるからと言っても、勉強を疎かにするわけにはいかない。今後の将来のためにも、勉強は出来るようになっていた方がいいのだ。
そして朝ご飯を母さんが運んで来てくれるまで勉強して、朝ご飯を食べてからまた勉強を再開する。
一時間ほど経つと父さんも母さんも仕事に行くので、玄関の音が聞こえると一階のリビングに降りる。そしてまだ洗われていない茶碗を洗う。家では茶碗はまとめて洗うのだ。
その後リビングの掃除をしてまた部屋に戻る。
両親には多大な心労を掛けてるから、出来るだけ助けになりたいのだ。あと、自分は元気ですよのアピールでもある。ロクに顔も合わせないのでこれくらいはやらなければ。
俺は理由も言わずある日突然学校をさぼり始めた。なので正直、両親に合わせる顔がなく、ここ三か月ほとんど顔を合わせてない。トイレや風呂もいない時か寝てるときに済している。
リビングの掃除をした後、訓練をする。出来るだけ体を鈍らせないためだ。もういらない技術だと思うが、それでも捨てるのは勿体なすぎる。それに、あの高校に在籍してるだけで何が起こるか分からない。なので、仮想敵を相手に訓練をする。
三時間ほどやって終わり、一度シャワーを浴びて昼ご飯を作る。これでも料理はそれなりに出来る方だ。……というより、向こうでは料理ができないとちょっと辛かったから、否応にも覚えただけなのだが。
昼ご飯を食べた後は勉強を再開する。六時まではずっと勉強だ。イヤホンをつけて、外部の音を遮断する。魔法を使えば早いのだが、それだと外部の音が完璧に遮断されてしまい、異常が発生しても気づけないのでイヤホンで抑える。
そうしていつもは六時まで勉強をするのだが……今日は一つ問題が起きた。
コンコンコン。
いつもはないノック音が聞こえたのだ。時計を見ると四時四十五分。母さんは帰ってきてるが、父さんはまだいない時間である。
普段母さんがノックするのは食事を運んできたときだけなので少し不審に思っていると、「波留さ~ん、起きてる?」という男の声が聞こえた。
「はあああ!?」
まさかの声に驚き、思わず椅子から転げ落ちてしまう。その拍子に、趣味で集めてるラノベの本棚に手をひっかけ、本棚を倒し、大きな音が鳴り響く。
その音に扉の先の人は部屋の中で何か問題が起きたと思ったのだろう。「波留、親から許可は貰ってるから開けるよ!」という言葉とともに扉が勢いよく解き放たれた。ちなみに、両親への信頼の証として鍵は閉めてない。
「波留、大丈夫!?」
この人は学校でも有名なリア充だ。
名は一条咲弥。スクールカーストトップに所属しており、滅茶苦茶イケメンだ。絶えず告白されており、周りによく女性を侍らしている。ちなみに学校の裏掲示板では、人の彼女をよく寝とる糞野郎的な暴言が書かれまくってる。可哀そうに。
咲弥は驚いただろう。なんせ、大きな音が聞こえて扉を開けるとそこには……大量のラノベと本棚に下半身が埋もれている男の人がいたのだから。
「うわーーーー!? 大丈夫! 今助けるよ!」
「待って、助けるのはゆっくりでいいから、本を大事に扱って……!」
「そんなこと言ってる場合か!? とりあえず上に乗っけてる本をどかすぞ!」
「ちょっと待って、お願いだから……! 俺は大丈夫だから本を大事にして!」
「つべこべ言わないで!」
「やめてくれーーーーーー!!!!!」
十分後、本を全部片づけた俺たちは、久しぶりに顔を見せた母親にお茶の用意をお願いした後、俺の部屋で向かい合って座っていた。
「とりあえず自己紹介するよ。僕は今年波留さんと同じクラスの委員長になった一条咲弥だよ。……謝るから、機嫌を直してくれない?」
「お前は悪魔だ。人の本を無残に扱おうとしやがって……!」
横から咲弥が声を掛ける。
「ご、ごめんって。それに、結局波留が自力で起きてきたからやらなかったでしょ?」
「俺が起きてこなかったらやってたって意味じゃないか!」
「だ、だって、こっちだって心配だったんだし……」
人の本を大事にしようとしないなんて、それだから……
「それだから寝取り糞野郎とかなんとか言われるんだよ!」
ブチッ、と咲弥の頭の方で何かが切れる音が響いた。
「ほう、初対面なのに言ってくれるね。よく、大して知らない人の事をそう貶せるもんだ。何様のつもりだい?」
「少なくとも、お前は俺の本を粗末に扱おうとした悪魔だ! 何様かって? 被害者様だよ!」
そう言うと、咲弥は痛いところを突かれたからか「うっ……」と呻く。そして、
「……すみませんでした」
と、頭を下げた。
頭まで下げられたら俺も意地張ってるわけにはいかない。少し溜め息をつきながら、「分かったよ」と答える。
と、そこで母さんがお茶を持ってきた。久ぶりに顔を見たが、意外に元気そうである。「若者は元気だねぇ」なんて呟きながら部屋を出ていった。
「で、お前は何しにここに来た」
本題に入る。っていうかそもそもこんな事態になったのも、こいつらが突然現れたせいである。
「担任の先生からのお願いで波留さんが学校に来るようお願いしに来た」
「……まず、『さん』つけなくていいぞ。さっきつけてなかったし」
「あ、本当? いやーこっちの方が楽なんだよね」
「まあ、それはいいとして、俺が学校に来るようにお願いされた? 何でお前らが?」
普通、不登校生徒の家庭訪問に来るのは教師ではないだろうか。
「教師より、同じ生徒の方が何が問題になってるか分かり易いだろう、という考えみたいだよ?」
「なるほど……。」
うん、結構理に適ってはいる。だけど、俺が学校に行かなくなった一因に……
「お前がいるんだよなぁ……」
「え、僕が学校に来ない理由なの!? 僕君に何かした!?」
そうなのだ。他にも原因はあるが、この二人がいるから学校にいけないのだ。
「いや、直接何かをされたことはない。そもそも、去年はクラスが違、かった、し……っていうか、今年のクラス、誰がいる……?」
「よかったー。てっきり僕たちが何かをしたのかと……。クラスメートが誰か? えっと……」
それから、あいうえお順に名前があげられる。もう名前覚えてるのか、すげぇな。
最初の数名は良かったが、五人目くらいから嫌な予感がし、最後の人まで名前を挙げられると、余計に学校に行きたくなくなっていた。
「これで終わりだけど……ってどうした? 何で泣いてるの?」
「終わった……。もう俺の高校生活無理だ……」
「え、なんで!? まだあと二年あるよ!?」
もういや、あんな魔境にはいきたくない……。
「えっと、説明してくれない……?」
「ふん、言ってもどうせお前らは信じないんだ……」
「し、信じるから、とりあえず言ってみてよ!」
咲弥はそう言ってくる。ふん、そんなこと言っても、絶対信じきれないんだ。
……でもまあ、一回説明してみるのもいいかな?
「じゃあ、説明するけど……信じるんだよな?」
「ああ、信じるよ」
「じゃあ、行かない理由の一つに何でお前がいるかだが……」
咲弥がいるせいで学校に行きたくない。その理由は……
「お前がどう見ても主人公的立ち位置にいるからだ」
「…………は?」
こいつ何言ってんの? みたいな顔をされる。でもまあ、これで信じきれないのは流石に想定内だ。
「俺の経験上、お前みたいなリア充は基本的に主人公だ」
「ごめん何が言いたいか分からない。僕が小説の主人公?」
「ああそうだ。お前みたいにリア充かつ、周りに美人やイケメンが多くて、そのうえで裏で叩かれてるやつは俺が読んでる本に出てきたことがある。ここまで状況が似てたら主人公でほぼ確定だろう」
「やっぱ意味が分からな――」
「クラスに四宮優斗ってやつがいるんだよな? 静かなめな奴」
咲弥の言葉を遮って話を続ける。
「……うん、いるけど」
「あいつも主人公だ。あいつ確か仲がいい美人がいたはずだ。異世界召喚系のテンプレと言っても過言じゃない」
「えっと、現実と妄想を混同させてない? そんなこと実際には――」
目の前で水の球を出して見せる。かつて異世界で魔王まで倒した俺にはこれくらい楽勝だ……っていうか、あっちの世界では誰でもできる。
咲弥は目の前に突如現れた水の球に開いた口がふさがらないようだ。
「そもそも、なんで俺がこんな進学校に来てると思ってる。中学のやつらから逃げるためだぞ」
中学の時も主人公がいっぱいいた。勇者召喚系の主人公だったり、転移系の主人公だったり。他にも、ラブコメの主人公だったり、現代ファンタジーの主人公だったりと、本当に多岐にわたる主人公がいた。
ここに来たのはあいつらとの関わりを極力絶つためだ。……そうだというのに。
「なんで、ここにも主人公がいっぱいいるんだよ!」
俺がそこまで言ったとき、咲弥はやっと我に返ったらしい。
「と、とりあえず君の言う事は信じるよ。ただ……」
咲弥は真剣な表情を作って俺に言う。
「親のためにも、学校に行こう? あまり親に心配はかけたくないでしょ?」
「うっ……」
そう、休むのは正直家でも勉強できるので別にいいのだが、親に心配をかけるのだけは引っかかっていたのだ。そこを突かれると痛い。
「それにきっと大丈夫だよ。多分今は、中学の時の人たちのせいで敏感になりすぎてるだけだよ。そんな簡単に異世界いく人なんていないって」
確かに、一理ある。俺は中学のあれのせいで敏感になりすぎてる可能性もあるに張るのだ。
でも……
「でも、もうあんな辛い思いしたくないよ……」
異世界に行ったり、現代ファンタジーに巻き込まれるのは本当に辛いのだ。異世界の場合は行っても帰れるか分からないし、もちろん戦うことも多い。裏切られることもある。それに、痛いのだ。死にそうな目にも合うし、死んだ方がましと思えるような事態になったりもする。だから、もう巻き込まれたくないのだ。
本気で涙を流していると、咲弥は俺を見て慰めてくれる。
「大丈夫、大丈夫だから。もうそんな目には合わないよ。僕たちの高校はそんな主人公居ない。それに、僕が助けてあげるよ」
暫く泣いた後、呼吸を落ち着ける。
「ありがとう。分かった、学校行くよ。親に迷惑かけたくないし」
「うん、そうしよう。それじゃあ、もう今日は帰るね。明日学校で会えるのを楽しみにしてるよ」
そう言って、咲弥は帰っていった。
俺はそれから明日学校に行く準備をする。まず制服の洗濯だ。しばらく箪笥に放置してて埃をかぶってたからだ。
その間に明日必要なものをすべて準備する。そして、帰ってきた父親も交えて明日学校に行くと宣言する。
二人とも、泣いて喜んでいた。やっぱり、心配させていたのだ。もう二人を心配させたくない。
洗濯が終わった制服にアイロンをかけて夕飯を食べた後、早めに寝ることにする。明日絶対に遅刻しないように。
翌日、いつも通り五時に起きたため、顔を洗って今日はシャワーを浴びる。風呂から出ると母さんがご飯を作ってたので「おはよう」と挨拶をする。母さんはそれだけで涙ぐんでいた。罪悪感が凄い。
それから朝ご飯を食べていよいよ登校だ。
およそ三か月振りに歩く通学路は、多少懐かしさは感じるが感慨深さはあまりなかった。まあ、たかが三か月なら当然だろう。
何の問題も起きずに学校に到着し、特に抵抗もなく教室に入る。
入った瞬間、周りの視線がこちらに集中するが、すぐに外れる。まあまだ二日目だし当然だろう。何人か元のクラスのやつらがいて、驚いていたが。
入り口で机を探していると、咲弥が俺に気づいて近付いてきた。
「あ、波留! ちゃんと来てくれたんだね!」
「あ、ああ。一応約束したしな。……ちなみに、俺の席どこだ。」
「あの、窓際から二番目の後ろの席だよ」
そんな風に言葉を交わして、自分の席に向かい、席に着く。どうやら、ほとんどみんな揃っており、俺が最後の生徒らしい。まだ時間はあるのに、勤勉なものである。
――その時だった。
「な、なんだ!?」
突然足元に幾何学模様の魔法陣らしきものが現れた。魔法陣は教室中の床を覆っている。
「おいおい、嘘だろ!?」
昨日、あんなやり取りをした矢先の出来事である。
「全員教室から逃げろーーー!!」
だが、もう遅かった。俺がそう言った瞬間魔法陣が一際大きく輝き、そのまま視界が真っ白になって……。
気づいたら草原の上で寝ていた。
すぐに体を起こして辺りを見ると、クラスの連中が寝転がっている。どうやら、集団転移をしたらしい。あ、咲弥が起きた。
「……あれ? ここどこ?」
「……異世界だよ、咲弥。転移に巻き込まれたんだ」
「波留……? え、ってことはまさか……」
「ああ、そのまさかだよ……!」
俺は今、学校に来たことをものすごく後悔していた。
思わず叫ぶ。
「やっぱ転移系主人公いるじゃねぇか!!」