コミュニケーション
「人がコミュニケーションを取る方法として最も適しているのって何だと思う?」
「会話かな、言葉を交わす事で初めて相手と意思疎通を図ることができると思う」
「大半の人がそう言うよね。だからこそ僕は沈黙の愛を推奨したいよ」
「沈黙の愛?」
「そう、沈黙の愛。言葉を交わしていなくても意思疎通が図れる、お互いに愛を伝え合える」
「沈黙が怖くないみたいな」
「そんな感じだね。それこそが僕の求めるものかな」
彼との初めての会話。「あなたは何を求めているの?」と問うた私に返した言葉。彼の声は穏やかだったが切実な願いが込められている気がした。きっと何年も何年も苦しんできたのだろう。別に彼が特別辛くて酷い人生を送ってきたわけではないと思う。ただ絶望に特別な理由はいらないと思う。感情の受け皿から負の感情が溢れた時人は初めて絶望を実感するのだろう。
なぜ彼に話しかけたのか、正直よく分からなかった。特別人を惹きつける魅力など彼には存在しないし、どちらかというとクラスの隅っこにいるような人間だ。私はどちらかと言うとクラスの中心にいる存在だから彼とは相反する世界で生きている。決して交わることのない世界の住人。言うなれば、気まぐれだったのだろう。
「初対面の相手に…」
「馴れ馴れしかったかな?」
「ううん、全然。私から話しかけたわけだし…思った以上にしっかりした答えが返ってきたから」
「ダメだった?」
「違うの、なんで私にって」
「なんとなく…かな」
「なんとなく?」
「君とは今初めて話しているけど、そんな感じがしない。よく分からないけど君はこの世界で一番信用できる
気がする」
「嬉しい…」
「なんで僕に話しかけたのか、、訊いてもいい?」
「私もよく分からないの」
「そっか、君もなんとなくか…」
「史緒里…私の名前」
「史緒里。いい名前だね」
「ありがとう。佐々倉くんは優しいね」
「優しくないよ。僕の優しさは所詮表面上のものだから」
「そんな事ないと思うよ。少なくとも周りの男の子とは違う何かを感じる」
「そっか。僕はそこら辺の有象無象と一緒だと思うけどね。どちらかと言うと君も最近の子っぽくない」
「そうかな、私なんて量産型の女だよ」
「そうなのかな。少なくとも僕には違う風に見えた」
「褒めてる?」
「多分褒めてる」
彼は多分人が好きだ。普段そっけない態度をとっているから話すまで人が嫌いだと思っていたが、この数分でガラッと印象が変わった。常に彼と私の前には見えない壁が存在しているものの人への執着は人一倍強い気がする。判断の根拠はない。私がそのように感じたまでだ。