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半年間、好きな人を監禁した。

作者: 黄崎うい

「私には殺したい人がいるの」


 私の目の前にいる彼女はニッコリと穏や笑みを浮かべて私にそう言った。私は彼女に尋ねる。


「それは誰の事ですか?」


「さあ、それは君が考えてみて」


 彼女はこの状況を楽しそうに笑いながら私の言葉に返す。私は首を傾げてその言葉に返す。目隠しをしている彼女には見えていないがそんなことは関係ない。


「降参です。貴女のような人が殺したい人など想像もできません」


「そうね。降参ならばそろそろここから出たいわね」


 私が両手を上げて言うと彼女はそれをわかっていたかのように頷く。長く黒い髪がそれに合わせて揺れる。それを私は眺めながら彼女の言葉を聞く。


「それはできません」


「もう半年くらいになるでしょ? こんなに長い半年だなんて君に出会ってから初めてよ」



 私は彼女の事を閉じ込めている。それも半年も前に彼女を椅子に縛り付けて目隠しを付けてここに運んでからずっとだ。


 今はもう一月も終わろうとしているのに彼女は涼しげな白い清潔なワンピースを着ている。美しい彼女を困らせることはしたくなかったのだが、もう手遅れだ。


「懐かしいですね。貴女が私の両親を殺したときが。半年しか経っていないのにまるで何十年も昔の事のようです」


「……ええ、とても。何? もう二人も殺したのだからこれ以上殺したいだなんて強欲だとでも言いたいの?」


「はい。正直、そうですね」


 私は半年前、目の前にいるこの彼女の手によって見ている前で両親を亡くした。


 その日から私は彼女を幽閉し、その彼女と過ごし続けている。感謝などするつもりもなく、恨んでいるからこそ自由を奪っている。


「私たちは何時出会ったんだっけ」


 最悪なあの日を思い出し、私は沸々と沸き上がってくる怒りを噛み締めながら彼女の美しい髪を見ていると、彼女は言った。


「そんなこと確認せずとも貴女は知っているでしょう。高校に入学したときですよ。もう五年も経つんですよね、あの頃は楽しかった……」


「君は優秀、私は平凡。一部を抜粋すればそれは反転。私が優秀になって君は平凡……というよりは落ちこぼれだったよね。ねえ、昔話でもしない?」


 私は懐かしむように言い、それに同調するようにして彼女が言う。そして、本当に思い付きなのだろう、明るい口調と声色で彼女は言った。


「はぁ……構いませんよ。せっかくならさいごまで懐かしさに浸りたいですし、許します」


 私は彼女に近づき目隠しを外す。私も目の見えない女性と話続ける趣味なんてありませんからね。


「二週間ぶりくらいに君の顔を見るわね」


「二週間ぶりくらいに貴女の目を見ます」


 彼女は私の目を見て微笑んで言う。私は彼女の目を見て表情を変えることなどありませんが。


「初めは席が近いだけの人だったのよね」


「そうですね、名字の一文字目が同じなので、そんなものでしょう。私は貴女の事を初めから美しい方だとは思っていましたよ」


 私たちの高校入学当時の席は前後だった。私が前で彼女が後ろ。これは例えになってしまうが、彼女の美しさのせいで私は前から見れば逆光で顔も見えなかったのではないのかと今でも思う。私の顔など見えない方がいいのだろうけれど。


「テスト前はいつもお世話になりました」


「いえ、簡単な質問に答えただけですし。貴女は理解しても点だけは取れませんでしたよね」


「それは……。君が前にいたから緊張しちゃってね」


 私は勉強は出来る学生でした。進学校に通ってはいたけれど、その中で一番目くらいには出来たのではないかと。そんな私と比べては可哀想だが、彼女はよくあの高校に合格したと思える程に勉強というものが出来なかった。


 私達の通っていた高校は通常と同じく赤点というものがあり、それを回避しても点数が低い者は補修や追加課題の対象者となってしまう。彼女が課題から逃れたいと質問に来て私がそれに答える。理解して彼女は帰って行くのに何故か返されるテストは赤点をなんとか回避する程度のもの。モチベーションなんて物は下がる一方だった。


「そんなの言い訳になりませんよ。テストなんて前の人の事を見る訳じゃないんですから」


「そうね。私は言い訳が下手なの。知ってるでしょう?」


 私は彼女に言う。どうもこう話していると全てを忘れて決心が揺らいでしまいそうだが、彼女の服に付いた紅く渇ききっている結婚を見ると私は両親の死を忘れずに済む。


「貴女は愛嬌だけで生きている部分がありましたよね。それとコミュ力」


「君は頭の良さと運動神経でね。私以外とはほとんど話さなかったんだから。外面だけでも良ければ、君はきっとモテたと思うのよね」


 何故恋愛の話に持っていくのか。そんなこと考えずにもわかることだが、考えてしまう。彼女がこんな性格な事など知らないわけがない。五年も友人として、そのうち三年も彼女と付き合っていたのだから。


「私は普通に受け答えをしていただけです。受けとる側の問題でしょう」


「相手が嫌だと言ったらいじめなのと一緒、相手が嫌な奴だと思ったら二度と話しかけないわよ」


「でも貴女は話しかけてくれました」


 薄暗い部屋。彼女の真上にある古い電球と私が持っている足元を照らすためのペンライト。ここは傍から見ればここは劇場で私たちは演者、少し恥ずかしいことも台詞のように流せる。何故かその気分を彼女と共感できているようで彼女は笑みを浮かべている。


「そうね。私は君の肩書きに惚れてしまったから、君に少しでも好かれようと必死だったから」


「私だって初めは貴女の外見に惚れています。最低かもしれませんが、貴女に惚れる場所は他に存在しませんでしたから」


 私は成績を上位三人から落とさず、部活動も代表的な部活とは言えないが、一年の頃からキャプテンになると言われていた。その肩書きのお陰でこんな性格の私に多くの人が話しかけてはくれた。話し掛けられただけで友人とは言い難い物だったが。


「初めて聴いた。最低ね」


 クスクス笑い、冗談めかして彼女は言う。それに私も思わず笑ってしまう。私は彼女から見ても最低だったらしい。


「貴女の性格なんて、当時の私には全く関係ありませんでしたからね。惚れただけでも奇跡です」


 私は彼女の愛らしい笑みを見ていたらまた笑ってしまう。彼女の顔から視線をずらし、薄汚い天井のせいで見えないが空を仰ぎながら私は言った。きっと鉛色の分厚い雲が広がっているのだろう。その部屋の色のせいでそう思ってしまう。


「君の口から『奇跡』何て言葉が聞けるなんて。今日は人生最高に驚いた日よ」


 大袈裟な。私は彼女にとあるゲームを仕掛けようとしている。その結果によっては彼女の人生はこれから先も広がるというのに、それを知らない彼女は今日で人生が終わるのかと言うほどの口振りだ。


 あぁ、知らないからか。


「そう言いますけど貴女が六回告白してこなければ私は付き合ってなどあげませんでしたからね」


「六回じゃないわ、九回よ。勇気の回数を忘れないでほしいわね」


「威張れることではありませんよ……」


 高二に上がる頃、初めて彼女から告白された。私は恋愛なんてするつもりもなかったし、自分の時間を他人のために使うのも気が引けたのでまあ、当然断りました。


 あれは四月でした。運が良いのか悪いのか、また同じクラスで席は前後。私は気まずいものでした。彼女はチャンスだとでも思ったのでしょう。そこから三ヶ月で八回も告白されれば私は折れます。仮で付き合って上げることにしました。大事なことなのでもう二、三度言います。仮で、です。仮で仕方なく仮の彼氏をしてあげました。


 彼女はとても喜んでいた。私の部活動が終わるのを待ち、一緒に帰り、私は嫌だと言ったのに休日に遊びにも出掛けた。私が興味を持った映画、私が行きたかった本屋に部活動で使う道具を探したり。よくこれで彼女がにこにこ付いてきたものだと思う。


 ……楽しかったな。


「楽しかったわね」


 心を読んだのかと思うタイミングで彼女は言った。


「あれで楽しいとは。かなり変な人ですね。私は貴女に呆れられるためにやっていたのもあるんですよ」


「それってあれでしょ? 私が誕生日プレゼントが欲しいって言ったときに百均で買ったあの消えない消ゴム渡してきたやつとか。本当に使えなかった」


 高三だったし私も時間がなかった。偶然買い物のために立ち寄った百円均一の店で買った消ゴムを渡したのは事実だが、それはわざとではない。何が欲しいとか言わなかったから勉強に使えるものを渡したまでだ。


 まあ、それで嫌ってくれれば好都合だと思ったのも事実だが。


「私はあの成績だけは上がらない貴女が私と同じ大学を受験すると言ったことが驚きでしたね」


 私はこの国で一番と言われる某大学を受験するつもりでした。私の成績ならば余裕で合格するでしょうし、教師からもそれが良いと言われた。海外に出るつもりはなかったから最良の選択肢だ。


 それを知っているはずなのに彼女は、勉強があのポンコツな運動よりも苦手な彼女は私と同じ大学に通いたいと言って勉強を始めた。


 それを懐かしむように彼女はせっかく目隠しを外してあげたのに目を瞑って夢の中にいるように揺れる。何をやっても絵になるのは正直羨ましい。


「そんなこともあったわね。受かったんだから良いでしょ」


 受験の直前は私から彼女が自ら離れ、集中していた。ギリのギリギリ下から数えて何番目かの成績ではあったが、煩悩を払ったことがよかったのか彼女の日本一の大学に合格してしまった。私の人生最高に驚いた日になるのはその日だろう。


「そのお祝いに仮ではなくしっかり付き合うことにしましたね」


「その頃には君は私の事好きだったもんね。半年前は私よりも君の方が愛が強かったわよね」


 わざとなのかどうなのか、彼女は自分から゛半年前゛というワードを出してきた。せっかく思出話に花が咲いていたというのに私はまた嫌な気分になる。


 それに気づいたのか、性格がものすごく悪いのか、彼女は口の端を壊れるほど上げて歪んだ笑みを浮かべながら続ける。


「せっかく大学卒業したら一緒に住んでいずれは結婚したいって私の事を両親に紹介してくれたのにね。拒否されちゃって」


「……そうですね、あの理由には驚きました」


 確かに私は結婚を前提に付き合っているとして彼女を両親に会わせるために家まで連れていきました。『娘さんをください』の一つ前の段階くらいですね。練習がてら紹介をしようというような気分でした。


「あんなこと言って怒らない人がいる?」


「……貴女があんな怒り方をする人だとは何年も付き合っていて知りませんでしたよ」


 私の両親は少々……いえ、かなり考えの古い人たちだった。偶然が重なったことが悪かったのか、私の母の実家と彼女の父の実家の田舎が同じ場所でした。まあ、その実家同士というものが最悪の関係なのですが。


 詳しくは聞かされたことがなかったけれど、先祖がどうだとか言う理由で家同士の対立があった。どこかで聞いたことのある悲劇の恋愛もののようですが、私もそう思う。そんな実家で考えが古い両親、そんな反対理由を彼女は認めなかった。


 初めは口論で済んでいました。私の父が強制的に彼女を家から追い出そうとし、彼女はそれに反抗する。


 彼女がいるので連れて帰ると事前に伝えていたので私の家はよく片付いていました。変に張りたい見栄がよくわからない置物と言う形で表現されていました。その中で両親と彼女は取っ組み合いの喧嘩、まるで昭和の漫画のような喧嘩をしていたわけだ。


 彼女の手が見栄の詰まった変な置物に伸びた。私の記憶はそこまで。その後は私もパニックになり、気が付いたら両親が死んでいて彼女が血まみれでした。


 我に返った私は一つ思いました。あんなことで殺しが起きると言うのは、馬鹿らしい。


 そう思ってからまたパニックになった。とりあえずで何の癖かわからないが私は片付けた。そして、そんな趣味があったのか自分でも驚いたが、彼女を気絶させて目隠しをつけ、小さく折り畳んで旅行用の鞄に積め、ここまでつれてきた。


 殺しの現場を見て馬鹿らしいとは思ったが、今思い返せば私も充分馬鹿らしい。ついでに凶器だった物も持ってきた。


「君って案外バカよね」


 また心を読まれたような気がしたが、実際私もそう思う。


「……ところで私は最期の言葉を尋ねたと思うのですが」


 私の都合に悪くなってきたので、原点に話を戻す。今日この部屋に来て最初に私は最期の言葉を尋ねた。そしたら彼女が殺したい人がいるとか言い始めたのでこんなになってしまったのだ。


「だから、殺したい人がいるって」


「だから誰ですか?」


 同じ質問を繰り返すのかもしれない。彼女が目の前にいるのにそれが楽しいのかもしれないと思い始めている。それは、いけない。


「自分で考えて」


 穏やかな笑みで彼女は言う。私は元から出ていた答えを返す。


「私ですか」


「はい、君です」


「好きな人を殺す趣味でも?」


「君を殺す理由は今の状況以外無いわ」


「私の事、嫌いですか」


「いいえ、感覚が麻痺したのか嫌いになれないわ」


「そうですか。私もですね」


「あら、奇遇ね」


 鼻で笑いながら私が言うと、にこりと彼女が言う。それを何度も繰り返す。こんな笑いながらする話ではないとわかっているが、私たちはこの半年で変わったのだろう。


 私はこの半年間考えていたゲームの話を切り出す。


「さて、私はそろそろここから出ます」


「そう。私は?」


 私は不器用なのでうまく笑えない。それでも出来るだけ楽しそうに笑って彼女に言う。


「置いていきます。五日後、私は最寄りの警察署に行きましょう。そしたら、迎えが来ますよ」


「……それは私に死ねと言っているの?」


 五日間、縛られている彼女に生きる道はないでしょう。緊張したように表情を固めた彼女が静かに言った。


「ええ。そうですね」


 私は普通に答える。


「好きな人を殺す趣味でもあるのかしら」


「私は殺すとしたら愛した人だけですよ。よかったですね」


「嬉しくないわ」


「そうですか」


 必死に言う彼女に私は空返事をする。それに気づいている彼女はもう諦めたように優しい笑みを浮かべた。


「そう。じゃあ、いってらっしゃい」


「最後です。最後に名前を呼んでください」


 彼女の目隠しを付け直しながら私は頼んだ。ダメ元だ。


「さようなら、私の愛した瑠李(るい)君」


「……はい、さようなら。私の愛する……なごみさん」


 私は彼女を置いてその建物から出た。山梨の山奥、誰もが忘れ去っただろう廃屋に良い場所を見つけたお陰で楽しい半年を過ごせた。


 これではいけない。


 私は楽しいこれからの生活を捨て、結婚するつもりだった彼女を捨て、山を降りる。事前に調べておいたので道には迷わないだろう。小さくため息をついて私は寒い山を降りる。


 忘れていた、今はもう冬だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなか、強烈ですね。でもどこかファンタジックでもあるように思います。 最後の締めがいいですね。
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