閑話
一人の人間がいた
その人間はかつて天使に命を救われたことがあった。
暗い部屋の中で塞ぎ込んでいた自分の前に現れた、あの美しい姿が、まぶたに焼き付いて離れなかった。
願わくば、もう一度・・・そんなことばかり頭によぎってしまう。
食事をとっている時
入浴している時
仕事の休憩中
寝る前 起きたとき
日課になった散歩をしている時
ふとた瞬間、あの天使のことを考えてしまっている。
もう一度。そんな思いに支配されていくのを感じていた。
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明け方、およそ人の出入りがあるとは思えない森の中に入っていく人間の姿があった。
後悔は無かった。
胸に湧き上がる呪いのような感情のままそれを選択したのだ。
その手に一本の縄を持ち、まだ日も差さない、霧のかかる森の中に消えていった。
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しかし人間は知らなかった。
自ら命を終わらせた魂は、決して天に上ることはないということを。
焦がれる思いを寄せた存在に会うこともなく、その身を地に落とすことになることを。