インスタばえ
「全国の視聴者の皆様、大変長らくお待たせ致しました。
いよいよ、記念すべき〈第一回昆虫選手権大会〉が、まもなく開催されようとしています。
実況はわたくし、重村が務めさせていただきます。
それでは試合に先立ちまして、まずはレース内容の説明を行いたいと思います。
透明のパイプを折り曲げて作った全長五十メートルの特設コースを、総勢八匹の昆虫たちが一位を目指して競い合うという、今までにない非常に画期的な内容となっております。
では、ここで選手の皆さんにインタビューを行いたいと思います。
レポーターの丸小さーん! よろしくお願いします」
「分かりました。それでは早速インタビューを行います。まずは一コースのハエ選手、まもなくレースが始まりますが、今どんな心境ですか?」
「そうですね。私たちハエは、世間様に大変嫌われているので、今日は何とか見返してやりたいと思います」
「なにか作戦とか考えているのですか?」
「ええ。でも、それは今は言えません」
「まあ、それはそうでしょう。今言ってしまえば、何のための作戦か分からなくなりますからね。それでは続いて、二コースの蚊選手、調子の方はどうでしょうか?」
「調子はまあまあです。私もハエさんと同じく、世間的にいいイメージを持たれていないので、今日は何とかそれを払拭したいですね」
「ずばり、優勝の自信は?」
「なければ、ここにはいないでしょう。はははっ!」
「ほう、これはすごい自信ですね。まあ、それが過信にならぬよう、せいぜい頑張ってください。続いて、三コースのカブトムシ選手、コンディションはどうですか?」
「ええ、ばっちりです。私は前者の二匹と違って好感度が高いものですから、今日の応援の大部分は私に集中するでしょう。その期待に応えることが私の使命だと思っています。つまり、今日のレースは私の優勝で決まりです」
『わー! いいぞー! しびれるー!』
「おー! なんと、ここにきてカブトムシ選手の優勝宣言が飛び出しました。会場も割れんばかりの歓声がこだましています。さすが、人気ナンバーワンのカブトムシ選手といったところでしょうか。えー、歓声がすごくて私の声も聞き取りにくいと思いますが、このままインタビューを続けたいと思います。それでは四コースのクワガタ選手、ただいまのカブトムシ選手の優勝宣言についてどう思われますか?」
「そんなの全然眼中にないっすね。ていうか、なんで俺がこのクソ野郎の隣なんですか? 目障りなんですけど」
「あー、それはくじ引きによって決められたコースなので仕方ないんですよ。決して、我々が面白がって操作したわけではありません」
「まあ、それはいいとして、今日こそは、このクソ野郎に引導を渡してやりますよ」
「なんだと、この野郎。やれるものなら、やってみろ!」
「おー! さすが永遠のライバルと言われているだけあって、戦う前からもう火花バチバチですね。優勝争いとは別に、この両選手の戦いにも注目してみたいと思います。続いて、五コースのハチ選手、この記念すべき第一回昆虫選手権大会に、ハチ代表としてどのような気持ちで試合に臨まれますか?」
「そんなプレッシャーの掛かるようなこと言わないでくださいよ! こっちは出たくて出ている訳じゃないんですよ。ぼくは女王様に命令されて、仕方なくここに来ているんです。だから、こんなレースさっさと済ませて、早く巣に帰りたいんです!」
「おー、これはえらく消極的ですね。……いや、もしかすると、これは相手を油断させるための演技かもしれません。もし、そうだとすれば、このハチ選手はとんだ食わせ者ということになります。それでは続いて、六コースのセミ選手、体調の方はどうですか?」
「体調は常に万全です。まあ、〈太く短く〉というのが我々セミのモットーなので、今日はその生き様を思う存分見せつけてやりますよ」
「おー、自信満々ですね。それは優勝宣言とみてよろしいのでしょうか?」
「当然でしょ。どうせ短い命なんで、ここで燃え尽きたとしても、まったく悔いはありません。はははっ!」
「さあ、カブトムシ選手に続いてセミ選手にも優勝宣言が飛び出したことにより、会場がいっそう盛り上がってまいりました。あと、残るは二匹です。それでは次に、七コースの蛾選手、ただいまのセミ選手の優勝宣言についてどう思われますか?」
「まあ、それは人それぞれ…… あっ、失礼。言い間違えしました。虫それぞれの考えがありますので、私からはとりわけ何も言うことはありません。ただ、私のような見た目の悪い者が、同じように優勝宣言などしようものなら、たちまちブーイングの嵐が吹き荒れるのは間違いないでしょうね」
「そうですね。まあ、それに関しては、残念ながら私も否定はしません。それでは最後に、八コースのアブラムシ選手、ずばり優勝の自信は?」
「えー、会場および視聴者の皆様。ただいまご紹介にあずかりました、私が昆虫界嫌われチャンピオンの、通称ゴキブリことアブラムシです。
皆様は私たちを見つけると、まるで目の敵のように、殺虫剤や新聞紙を持って追いかけ回しますよね。
その度に私たちは、まさに死ぬ思いで逃げ回っています。
そういうわけで、私たちは皆様に見つからぬよう、常に陰でコソコソしながら生活しています。
正直な話、私はもうそんな生活にはうんざりです。
今日このレースに勝って、明日からは私たちアブラムシが、昆虫界トップの座に君臨します」
『ブー! ブー! ブー!』
アブラムシの優勝宣言が飛び出すやいなや、会場はまさにはちきれんばかりのブーイングの嵐に包まれた。
「うおー! これはすごいブーイングです。私の声が届いているかどうか分かりませんが、こちらからは以上です!」
「さあ、会場が異様な雰囲気に包まれている中、いよいよレースが始まろうとしています。スターターがピストルを持って台に上がり、スタートの準備はすべて整いました」
『バンッ!!』
「号音一発、八匹の昆虫たちが一斉にスタートしました。さあ、その中で一歩抜け出すのは…… 三コースのカブトムシです。続いて四コースのクワガタ、この二匹から少し離れて三位にアブラムシが付けています。以下、蛾、セミ、蚊、ハチの順で最下位はハエです。インコースの不利があったとはいえ、現在ハエがぶっちぎりの最下位です」
レースは、しばらく順位が動かぬまま展開されていたが、直線コースから曲線部分に差し掛かったあたりで、ある一匹の昆虫が……
「さあ、レースはカブトムシが首位を保ったまま、曲線コースへ突入いたしました。
……ん、おおーっと! ここで一匹逆走している者がいます。
それは、なんと……
ハチだー! 何を思ったか、ハチがコースを逆走しています。
まるで老人が高速道路の出口を入口と間違えたかのように、一匹だけ違う方向を目指していますが、本人…… あっ、失礼しました。本虫は気付いているのでしょうか?
あっ! そういえば、先程のインタビューの際に『早く巣に帰りたい』とか言っていましたが、どうやらあれは本心だったようです。
というわけで一匹脱落し、残り七匹の争いとなりました!」
レースが曲線部分の半ばあたりに差し掛かると、今度は先頭の二匹に異変が……
「さあ、レースは曲線コースのちょうど半分あたりに差し掛かってきました。
現在、カブトムシとクワガタが先頭争いをしています。
……おや? 先頭の二匹がレースを中断して、何かもめています。
ああーっと! なんとカブトムシが自慢の角でパイプをぶち破り、そのままクワガタの体を持ち上げましたー!
クワガタも必死に抵抗していますが、そんなのお構いなしに、今度は地面に叩きつけたー!
瀕死のクワガタを横目に、勝ち誇ったような顔でレースに戻ろうとするカブトムシですが、果たして今から追い上げることは可能なんでしょうか?
ん…… おっと! 瀕死状態だったクワガタが起き上がり、なんとカブトムシの体を自慢のはさみで挟んだー!
今度はカブトムシが苦痛に顔をゆがめています!
さあ、カブトムシはこの危機をどう乗り越えるのでしょうか?
この二匹の行方も非常に気になるところですが、レースの方も実況しなくてはいけないので、一旦レースに戻ります」
ハチに続いて、カブトムシとクワガタが脱落し、残り五匹でレースは展開されていたが、曲線部分を過ぎたあたりで、今度はあの二匹が……
「さあ、ハチに続いて、カブトムシとクワガタの二匹も脱落してしまいました。
レースは残り五匹で展開されています。
現在、先頭はアブラムシ、続いて蛾、以下、セミ、蚊、ハエの順となっております。
……あれ? 今度はアブラムシと蛾が、パイプ越しに何やら言い合っています。
レポーターの丸小さーん! この二匹がなぜもめているか、近くで状況を確認してください!」
「分かりました! では、さっそく近づいてみます。えーと…… うわー! 二匹とも、とても放送できないような汚い言葉を使っています! この見た目の悪い二匹が、お互いの欠点を言い合っているという、まさに醜い争いが行われております!」
「というわけで、なんと残るは三匹のみとなりました。現在、先頭はセミ、続いて蚊、ハエの順となっております。
脱落者が続出したため、先頭は目まぐるしく変わっていきましたが、最下位のハエだけは、最初から変わっていない状況です。
ああっと! 私の言ったことが聞こえたのか、ここへきてハエがものすごいスピードで追い上げています。
そういえば、先程のインタビューの際、作戦を考えているとか言っていましたが、このラストスパートがそうだったのでしょうか?」
作戦通り、今まで死んでいたふりをしていたハエは、果たしてこのまま優勝することができるのか……
「さあ、いよいよハエが二位の蚊に近づいてきました。
蚊もここまで頑張ってきた意地を見せたいところでしょうが……
あっと! 蚊は無抵抗のまま、あっさり抜かれ、これでレースはセミとハエの一騎打ちとなりました!
さあ、レースもいよいよ残り五メートルとなりました。
先頭のセミは、まさに命を削らんばかりの必死の形相で逃げています。
そのセミにハエがどんどん近づいていきます。
あと一メートル、五十センチ、十センチ…… そしてついにセミをかわして、そのままゴール!
やりました! 優勝したのはハエです!
スタートで出遅れたと見せかけて、その間、力を温存し、ラストスパートにかけるという作戦が見事に当たりました!
というわけで、第一回昆虫選手権大会を制したのは、インスタートのハエ。
これが本当のインスタばえだー!!」




