廃ビルとコーヒー
缶コーヒーを地面につく。
芝や苔の生えた灰色のコンクリートの上に座っていた青年は視線を変える事なく置かれたコーヒーを手に取る。そのまま口元に持って行くとコーヒーを運んできた誰かにボソリと呟く。
「この景色は好きか?」
立っていたのは少年だった。少年は振り向き帰ろうとしていたようで、既に後ろに向いていたその身をこちらに捻った。同時に「え?」と一言聞き返す。
「この景色は好きか?都市まるごと水に沈んだこの光景がだよ。俺は存外好きなんだ、この景色。」
少年は彼の視線の先を見る。
見えるのはツタが張り緑に汚染された無数の高層ビル。一部は崩れ水面に上層階が突き刺さっていた。若干鳥たちがビルの間を渡り交差させ、その様を水面に晒す。その水面がかのビルをも巻き込んで反射させ、ある種の幻想のような現実が広がっていた。
綺麗だと思った。だが純粋にそうだとは思えなかった。人の最後ではなく街の最後。都市の遺体を目の当たりにしているのだからただただ綺麗とも思えない。
青年はもうコーヒーを飲み干し空にするとその現実の水面に投げ入れた。
「さあ行こう。もうここともおさらばだ、また次の街に行くぞ。」
ぼくの来た道を彼は戻る。ぼくはこの景色を忘れまいと思う。荷物の入ったバッグを強く握り僕は、彼の後を追って車に乗り込んだ。
まだ僕たちは死んではない、まだ僕たちの道は終わってない。割れたコンクリートを車は進みだす。