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◆1◆

 

 それは、運命とやらを操る神のたちの悪い冗談だったのか――あるいは幼い願望が見せる夢だったのか。

 子ども心にも忍び寄る戦禍の兆しが感じられる、ある国境の山間で、ふたりは出会った。

 大国の貴族の子と小国の平民の子。通常ならば成しえぬその触れ合いは、だからこそ慎重に真摯に育まれた。


 それでも、別れのときはやってくる。

 住んでいた土地を離れ、貴族の少年が西の王都にゆくことになったのだ。


「――これをおまえにやる。親友の証だ」


 最後の日、少年は自分の首にかけていたペンダントを外して渡した。金細工のそれは装飾品ではないゆえ少々武骨で、子どもにはいささか大ぶりに映る。


「母上の形見だ。これまで俺を守ってくれたのだから、きっとおまえも守ってくれる」

「いいの?」

「親友だからな」

「……ありがとう。じゃあ、僕も」


 くすぐったそうにペンダントを首に受けた相手が、奥の戸棚から小さな木箱を持ってきた。

 取り出したのは、蒼い石の嵌まった銀の指輪。海の碧でも空の青でもない、宇宙にも等しい紺青から溢れ出した光が、そのまま銀となって輪を描いたような指輪だ。


「僕にはほかに宝物がないから。君にあげるよ」


 少年の指に指輪をくぐらせ、微笑む。


「これでずっと親友、だね?」

「もちろんだ」


 指を絡ませて誓った想いを、何と名づけるべきかは分からない。だが、そこに灯った感情は、確かにお互いの行く先を照らすぬくもりとなった。


* * *


 城砦都市アルカサルに長官として赴任して、七日目の朝。

 ジリオール・アルベルトの元に急報が入った。傭兵崩れの野盗が数名国境を破り、修道院の教会に向かうのが目撃されたという。


「人数は三~四名。全員武装している模様です。間の悪いことに、教会には日曜学校の子どもたちがおり、おそらく人質にするつもりかと」


 ジルはすぐさま副官に警備隊の出動を指示すると、報告にきた少尉一名を伴い、みずから出張った。街外れの古びた修道院まで馬を走らせる。

 朽ちはてた鉄門に到着する直前、木造の教会から数発の発砲音が響いた。騎馬のまま門を越え、警告の怒声とともに扉を蹴破って銃をつきつける。

 瞬間、目を瞠った。


 くすんだステンドグラスから差し込む日の光が、祭壇にいる人物をぼんやりと照らしている。

 火の消えた蝋燭を蹴散らし、行儀悪く壇上に腰かける人物の服の色は黒。

 豊かなドレープが緩やかにひるがえり、両手に構えたライフルからは一筋の煙がたち昇って、先刻の音の出所を告げていた。

 モノクロの布に覆われた下で、同じく見開かれていた薄い青の瞳が、笑みに細まる。


「お役目ご苦労様です、アルベルト長官。聖マルガレータ修道院へようこそ」

「シスター。これはあなたが……?」


 互いの銃口が向けられた先には、神に許しを請うように通路半ばでうずくまる、いかにも柄の悪そうな男が四人。武器を投げ捨て、手や足を押さえて呻き声をあげている。

 壇上のシスターは、それを一瞥して肩をすくめ、無言で微笑を深めた。


 若いが十代ではなく、世間では花盛りを過ぎたと評されそうな妙齢の肢体を僧服に包み、胸には星霊修道会を示す星十字のロザリオ。頭部を覆うベールの色は白で、まだ誓願を終えていない修練中のシスターだと分かる。

 ところがその手にあるのは、聖書でも十字架でもなく、黒光りする正真正銘のライフルだ。

 女にしては低くかすれた声音が、穏やかに長官の注意を引きもどす。


「閣下。恐れ入りますが、この方々をお引き取りいただけますか?」

「あ、ああ」


 右手の拳銃の行き場を失った長官は、わずかに息をついて銃口を下に向けた。

 唖然とした顔で後ろからやって来た部下をうながし、床に転がる野盗たちを捕縛させる。臭気のただよう水溜りの傍には、黒っぽい丸い欠片が散らばっていた。通常の弾丸ではない。


「ゴム弾か」

「神の家で殺生をする気はありませんので」

「シスターに銃の心得があるとは知らなかった」

「……ほんの自衛程度です。お恥ずかしい」


――〝ほんの自衛程度〟で、傭兵くずれが四人魂を抜かれているんだが。


 もの柔らかな口調もひかえめな微笑もまさしく神に仕えるものだけに、ジルは胸中に湧きあがる違和感をもてあました。

 さすがにここまでくれば安全と判断したのか、シスターは慣れた手つきで引き金を固定し、ちゃき、と安全レバーを戻してライフルを胸の前に持ち上げた。


「なるほど、城砦都市では修道院にも銃の装備がされているのだな」

「単なる趣味です」


 どうやら自分はこの街のことを学ぶ必要があるのではないか。それも早急に。

 就任一週間目にして初めて、ジルは、この赴任先と住人たちに強く興味を惹かれるのを感じた。

 同時にそれが、運命の歯車が再び重なりあった瞬間であったとは、気づきもせずに。



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