1章 風のうわさ
重い雰囲気から一変して、外は解放されたように澄んだ空気が肺へと入り込み、長閑な光が路面を照らしていた。周囲の土地に比べやや高地に位置するその通りからは城下町の一部を一望できた。朱色で統一されたやや鋭角な屋根の家が街道に沿って並んでおり、面する側面にはアーチのかかった木製のドアと、均等に配置された窓があり、時折猫などの小動物が陽に当たって微睡んでいるのが目にとれた。
明るいがひんやりとした石畳の裏路地を勇み足で抜けて城下の大通りへでるとそこは大いに人でにぎわっていた。外に置かれた木製の椅子が鉄でできた丸いテーブルがあって、そこを中心に猫のような耳を付け、体も長い体毛で覆われた獣人が囲んで談笑していたり、上半身がヒューマンだが下半身が蛇の若い女性の二人組がガラスのショーケースの前で2つの尾が地を這うのを止めて、中の服を見ながら歩いていたり、はたまたローダルクのように背の小さいドワーフなどが朱色の屋根を補修していたりと様々だ。
多種多様な人種・部族がサラダボールのように混ざっているが、今はたった一つの話題が人種を超えて占有しているようである。近々始まるかもしれない内戦のうわさがいたるところから聞こえてきた。
「大学に入ったのに戦争なんぞに駆り出されて、学位が取れなくなったらどうしよう。」とぼやく眼鏡をかけた学生。
「内戦なんか起こりっこないだろう。王様は南部と話をつけて条約を結ぶなりするに決まっているじゃないか。起こったら100ギルやるよ。」
「何を言ってる。起こるに決まっているだろう。内戦になった時にどっちが勝つかって聞いているんだよ」と賭けをしようとする若者
「北部ガレニアに光を」と先導しようとする宗教家、
「もう内戦の話はやめてよ」とヒステリックに叫ぶデート中の女性などである。
ライナスも最後に聞いた「内戦の話はやめてよ」との提案に関しては全くの同感だった。ここのところ、このように毎日そんな話が聞こえてくる。心がおかしくなる。なぜ皆そんなに戦争がしたいんだとさえ思う。
考え込むように足元へ目が向くと、そこには見慣れた小動物がそこにいた。大きな耳をそば立てて、尾を振りながらテクテクと近づいてくる。家に置いてきたはずとは思っていたがついてきたのだろうか。
「リュカ!」そう呼ぶとその動物はさらに尾を激しくさせて走ってきた。器用にライナスのボトムスに爪をかけて登り、まるで定位置であるかのように彼の肩に収まった。
「お前も、内戦なんか嫌だよな?」わかりもしないであろうが、話しかけてみる。
「キュルウ?」と情けないような、愛くるしいような声を出しながら、その小動物は首を傾げた。ライナスは大きなウルウルとした瞳の上の額をなでてやった。
ー戦争のうわさなどどうでもいいか。まあ今はそんな時ではないしな。
遠くの内戦よりも近くの用事である。先ほどの女性の意見に心の中で首肯しながらも、目的地へと歩いて行った。